文実失格

@kaorukishi

短編

「文化祭。我が部は演劇を行う」

 四角い顔の先輩の言葉に、角刈りの先輩が吠える。

「部長! 演劇なんて、演劇部じゃないんだから!」

「文実の方針だ。今年から、それ相応の準備を伴う企画しか通らなくなるらしい。すまん、安田」

 津久田さんという女子の先輩も、ひどい、とうつむく。この場に似合わない綺麗な人で、私は少し不安になる。

 挙手すると部長は、何だ、と四角い顔を袖で拭った。

「あの。私さっき廊下でそこの津久田先輩って人に……」

「佐和子先輩って呼んで?」

「……拉致られただけで。ここって、何部なんですか?」

 すると、物を知らん奴だと言わんばかりに部長は黒板に文化祭、と書き、末尾に「部」と一文字添えた。

「文化祭部だ。ようこそ」

「文化祭部?」と、私は首をひねる。

「部活は面倒。クラス企画も参加したくない。けど文化祭は人一倍楽しみたい。そんな人のための文化祭部だ」

 うん、うん、と津久田先輩も悪びれることなく、

「私も佐和子先輩って呼ばれたいだけで、後輩におごったり面倒見たりは嫌なの」

 呆れた集団だった。

「でも、一緒に頑張るうちに絆が深まっていくのが文化祭のだいご味なんだじゃないんですか?」

 ふん、と鼻で笑ったのは、同じクラスの山下くんだ。

「正論だな。ご立派ご立派」

 教室ではずっと漫画を読んでばかりの彼は、今はニヒルに足を投げ出している。津久田先輩が小さな声で、

「カイ・シデンみたいでしょ? 彼はね、文化祭を斜めに見てる自分を、誰かに見てほしくてうちに入部したの」

 と、教えてくれた。カイ・シデンが誰かは知らないけど、他の人たちとどっこいどっこいなことだけはわかる。

「正論の何が悪いのよ」

私はポッケにねじ込んであった腕章を取り出した。気づいた部長が、目を丸くする。

「お前……その腕章は……!」

「もういいですか? こっちも忙しいんで」

 腕章には、『文実』の真っ白な二文字。

 嘘でしょ、と津久田先輩が口を覆った。安田先輩がなぜか、クソッ、と机を叩く。とんでもない裏切りを犯したような反応のなか、山下くん一人が不敵に目をつむる。

「やれやれ。文実様がこんなところに何のごようで?」

 いつもは物静かで声をかけにくいけど、今日は様子がおかしいおかげではっきり彼に物が言えそうだった。

「山下くんもクラスの準備ちゃんと参加してよ。今だって、みんな頑張ってるんだよ?」

 はいはい、仰せのままに、とかやれやれ感を出してくるかと思いきや、山下くんはじっと押し黙ってしまった。

「聞いてる?」

 ニヒルな山下くんは、教室の山下くんに戻ってしまっていた。私はまた、彼を見ていることしかできない。

 おい、山下、と口を開いたのは部長だった。

「行ってこい」

 パチっと目を開いた山下くんが、でも、と渋っても、

「けどじゃない。行ってこい」

 四角い顔が西日に柔らかく照らされていた。

「部長の言うとおりだぜ。クラスの奴らに、思いきり見せつけてやれ。お前の、ニヒルな姿をな?」

 と、安田先輩がウィンクをすると、あ、うん、いいんじゃない? と津久田先輩も背中をおす。

そして部長は、おい、山下、と歯を見せて笑った。

「カゼひくなよ」

 山下くんは、目をしょぼしょぼさせたかと思うと、いきなり両手と両膝を床にくっつけ、大きく声を張った。

「長い間、クソお世話になりました‼」

 四角い顔にも、涙が浮かぶ。念のため机の下を覗き込んでみる。当然だけど、部長の足はちゃんと二本だった。

 教室を目指し歩いていると、十月の空気がヒヤリと私の腕をつつく。身震いして、あのさ、と声を発した。

「やっぱり、シャンクスの左腕ってさ……」

「天竜人の証をなくすためわざと近海の主に食わせた」

 素早く答えたあと山下くんは、あ、ごめん、となぜか謝ってきた。なんで謝るの、と訊ねると、一応ネタバレかもしれないから、と彼なりの気づかいだったらしい。

「平気。私、毎週ジャンプ買ってるから」

 堂々と口にしておきながら、自分が男子小学生みたいじゃないかと恥ずかしい。だけどその不安は、次の瞬間には、かき消されていた。

「そっか。だからずっとローのシャーペン使ってたんだ」

 歩く速度が落ちた。それだけじゃない。命令無視の足は、行先まで勝手に変更している。仕方ない。私は腕章を腕から抜き取ると、ポッケにねじ込んだのだった。

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