海色の少女

千歌と曜

第1話 幼馴染の女の子

 俺、神楽ヒロには、幼馴染の女の子がいる。

 名前は、如月清夏(きさらぎ さやか)。

 海のように透き通る瞳と髪が印象的な絶世の美少女。

 海の妖精がいるとしたら、きっとこんな子だし、「この子は海の妖精だよ」と紹介されれば、「本当にいたんだ」と、そのまま信じてしまうだろう。

 雰囲気が神秘的な空気をまとっているのに、グラビアアイドルが裸足で逃げ出すようなグラマラスボディなのも正直最高だ。

 性格は爽やかで明るく、誰とでも2秒で仲良くなれるし、この海辺の町の人たちも、学校のみんなも清夏を慕っている。

 それに比べて、俺はと言えば、平凡を絵に書いたような普通の少年。

 可もなく不可もなく、さりとて、何か特別な能力を持っているわけでもないということしか表現のしようがない。

 つまりは、清夏みたいな美少女とはどう考えても関わりあうことなどできないタイプなのだが、そこはそれ、俺はチート級の幸運に恵まれていた。

 幼馴染。

 そう、これである。なんの努力もいらない。俺は生まれた瞬間から、如月清夏の幼馴染という、ある種特権階級と呼んでなんら差し支えない身分だったのだ。

 俺と清夏の両親は学生時代から仲が良く、お互いの結婚式には当然参加する間柄だし、家も隣同士で建てたりしてるし、当然のようにお互いの家を行き来してたまにはふた家族合同で泊りがけの旅行に行っちゃったりもするほどの仲良しぶり。

 必然、俺と清夏は、生まれた瞬間から今の今までずっと一緒だった。

 空気というのはそこにあるのがあって当たり前で、だけど、なくなったら生きてはいけない大切なもの。

 俺にとって、清夏はまさにそういう存在であり、そんな彼女と四六時中一緒にいることができるのは、マジで宝くじに当たる以上の幸運だと思う。

「ヒロ、朝だよ。起きてー」

 そして、高校生になった今も、俺と清夏は一緒にいる。

 今日も今日とて、目覚まし時計がまったく意味をなさない俺を、清夏がわざわざ起こしに来てくれる。

 季節は、夏。

 海辺の町にはちょうどいい季節で、夏休みも近いことから、いやがおうにも夏への期待が膨らんでしまう。

「んぅ……ありがとう、清夏」

 こう。こんな美少女に毎朝起こしてもらえるというのは男子としてやばすぎるくらいに恵まれていると思うし、正直、無粋な目覚ましの音で起こされるより、清夏の澄んだ綺麗な声で起こされる方が百万倍も嬉しいので……俺の寝起きが悪い主な原因はまさにそれだったりする。

「なかなか寝坊癖が治らないよね、ヒロは」

 そういいつつ、ちょいちょい俺のねぐせを指で治してくれる清夏。あー、幸せだわ。恋人同士なら、今すぐ清夏を抱きしめたいレベル。

 だが、俺もわきまえている。俺たちは幼馴染ではあるが、恋人ではない。だからこそ、その線を踏み間違えると、大変なことになりかねない。

(……でかっ!)

 と、言いつつ、俺の寝癖を直すために前かがみになっている清夏の胸の破壊力に目を奪われる。

 高校一年でこのスタイル……このままグラビアアイドルデビューしてもなんの不思議もないほどに魅力的な体。

 思わず、ごくりとのどがなりそうになる。

「~こらっ、どこ見てる!」

「~あ、ごめん!」

 と、思わず清夏の魅力に魅入っていたら、注意されてしまった。

 清夏は俺からぱっと離れると、両手で自分の胸を隠すようにして頬を赤く染めている。

 そんな恥じらう姿もまた可愛いのだが、わざわざ起こしにきてくれた幼馴染への対応としては最低の部類に入るだろう。

 マジで反省しよう。男の子だもんみたいな開き直りはしない。マジで反省だ。

「ホントごめん!」

「もう、スケベ。朝ごはんできてるから、すぐに来なよ」

「うん、ありがとう」

 まだ顔を赤くしたまま、清夏は部屋を出て行ってしまう。当たり前だけど、いたたまれなくてこれ以上の俺と二人きりにはなれないよな。

「さて、着替えるか」

 しかし、まあ、どうするか。

(どきどきどきどき……)

 日に日に、清夏は可愛くなる。

 どこがどうというより、全体的に。

 それは、俺が清夏を好きだからというのもあるだろうし、実際に、清夏の美しさが日に日に増しているというのもあるだろう。

 問題は、この気持ちをいつまで抑えられるか、だ。

 もうこれ以上ないくらい清夏を好きだと思い知っているのに、時間がたつと、さらに清夏への気持ちがあふれるのだから驚きだ。

「やばいよな……」

 俺と清夏は幼馴染。

 幼馴染であって恋人ではない。

 そして、男子の「この子、俺のこと好きなんじゃね?」という予感は、ほぼ99%外れると相場が決まっている。

 俺としても、同じこと。

 清夏が俺に優しくしてくれるのは、幼馴染だからで……好きだからではない可能性の方が高いのだから。

 万が一、ふられたら、もうこれまで通りの関係ではいられない。

 つまり、もうこうして、清夏にお越しに来てもらうこともなくなってしまう。

 それが怖いから、どんなに清夏を好きでも、それを気取られないようにふるまっているんだけど……

「限界が近いよなあ……はあ」

 清夏が明けてくれた窓の向こうには、どこまでも広がる青い海と空という爽やかな景色が広がっている。

 だが、いまだ曇り空な俺の心は、俺にため息をつかせるのだった。

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