詐欺師の噓の噓

ツキシロ

詐欺師の嘘の嘘

「おい、お前。俺と契約しないか?」


悪魔が、人気のない路地で男に語りかけた。


「な、なんだ……?俺は疲れてるのか……?」


「疲れてないぞ。俺は悪魔だ。取引しよう」


「取引……?」


「ああ。お前に『言ったことが噓になる力』を授けよう。代わりにお前の魂をもらう。どうだ?」


「なんだと……」


「お前が一番欲しい力だろうな。どれだけ噓をついても、嘘の嘘……つまりは、本当だったことになるんだから」


男――詐欺師は、息をのんだ。


「……いくらでも、騙し放題ってことか?」


悪魔はにやりと笑った。


「ああ、もちろん」


「……契約したい」


「契約成立。今からお前に力を授ける。じゃあな」


悪魔は闇に溶けるように姿を消した。


詐欺師は、心臓の鼓動が早まったまま落ち着かなかった。




詐欺師は、さっそく知人で試すことにした。彼をカフェに呼びつけた。


「なあ、実は俺……『言ったことを嘘にできる』んだよ」


知人は、不審そうな顔をしている。


「はあ、そうなのか?」


「ああ。何かやってみるか?」


「まあ見るだけなら……」


「よし、そうだな……」


トーストやコーヒーを運んでいる店員が、詐欺師の目に入った。


「いくぞ。『あの店員は、コーヒーをこぼさない』」


「嘘になる……コーヒーをこぼすってことか?」


「ああ」


二人は、テーブルに向かっていく店員の様子をじっくり観察した。店はそれなりに混んでいて、通路に狭い所もあるが、軽い足取りで席に向かっていく店員。


……何事もなく、店員はコーヒーを客に届けた。


「あれ、おかしいな」


「おいおい、つまらん嘘はやめてくれ」


「あ、待て!おい帰るなって!」


詐欺師はひとり、飲みかけの2つのグラスが置かれたテーブルに取り残されてしまった。




落胆した詐欺師が帰宅すると、悪魔がいた。にやにやと笑っている。


「あ、この前の!」


「よう、調子はどうだ」


「どうだじゃないだろ!俺の言ったこと、全然嘘にならなかったぞ!」


「おや、そうなのか」


悪魔は涼しげな顔で答えた。詐欺師は、怒りをにじませる。


「お前……悪魔だっていうなら、契約違反は許されんぞ」


「なあ、まさかお前……『言ったことが嘘になる力がある』と誰かに言っていないだろうな」


「なんだと……?」


「だって、そうだろう。『言ったことが噓になる力が』の嘘は、『言ったことが嘘になる力が』なのだから」


「……まさか!」


「そうだ」


詐欺師は、がっくりと肩を落として、うなだれてしまった。


「仕方がないな、魂は売らなくていいさ」


「いいのか?」


「今回ばかりは同情するぜ」


「……すまないな」


悪魔は、とうとう――笑いが抑えきれなくなった。


「くくく……!!」


「な、なにがおかしい……?」


「おいおい、詐欺師のくせに、こんな簡単に騙されるなんてな!」


悪魔は高笑いしながら、闇に溶けるように消えた。


誰のサインもされていない契約書を残して。

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詐欺師の噓の噓 ツキシロ @tsuki902

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