偽物魔法少女

☒☒☒

第1話

 魔法のコンパクトを持っていた。

 サンタさんに頼んでクリスマスの朝に私のもとにやってきた魔法のコンパクト。

 それはテレビの向こうで活躍する、アニメの魔法少女とおそろいだった。

 私は自分が魔法少女になれると信じていた。

 魔法のコンパクトが来る前から、魔法を使う練習をしていたし、魔法のコンパクトが手元に来てからは何度も呪文を唱えて魔法のコンパクトを覗き込んだ。


 だけれど、私には才能がなかったみたいだ。

 だから、今はつまらないOLをしている。

 魔法少女になれないのなら、せめてもっと面白い大人になりたかった。

 誰もが知っている会社でみんなを笑顔にするものを作るとか。

 町のお菓子屋さんで町中の子供たちの誕生日ケーキを作るとか。

 せめて、誰かに「すごい」って言ってもらえる仕事に就きたかった。


 あの魔法のコンパクトは何処に行ったのだろうか?


 ふと、退屈な日々の中で思い出した。

 あのコンパクトが手元にあったころ、私の人生は確かに輝いていた。

 微かではあったけれど、あのコンパクトの近くだけは光を放って、私の人生が他の人より特別なものであるように感じられていた。

 平和な日々が愛しくて、人生に意味があるように感じられていた。

 ちょっとした困難は人生をドラマチックにして、私の成長をうながした。


 なのに、どうして私はこんなつまらない大人になってしまったのだろうか。

 きっと、あの魔法のコンパクトを失ってしまったせいだ。

 魔法少女になれたはずの私はコンパクトを失ったせいで、つまらない大人になってしまったのだ。

 そうだ、テレビにでてくるのだって、みんなコンパクトをもった現役の魔法少女たちだ。

 引退した大人になった魔法少女の人生はつまらないからテレビにでてこない。


 そうだ、私の人生がつまらないものになったのは魔法のコンパクトがないせいだ!


 じゃあ、私の魔法のコンパクトを取り戻そう。

 私はどこにあのコンパクトをやってしまったのだろう。

 少なくとも自分の手元にはない。

 一人暮らしのアパートにはもってきていないし、実家に置いてあったら片付けが大好きな専業主婦の母が捨てていいか聞くだろう。

 あんなに大切だった魔法のコンパクトは何処にいったのだろう。


 頭を整理するために散歩をする。

 一人暮らしをしていると言っても生まれ育った町だ。

 子供の頃から親しんだ場所はどんなにぼんやり歩いても危険なことはない。

 少し気分を変えようといつもより遠くに歩く。

 すると、ふと空き地があるのが目に入る。

 いまどき、空き地なんてめずらしい。

 ゆっくりと空き地をながめていると、空き地の隅に人影があった。

 最初は人というか、白っぽいぼんやりとした影のようなものだった。

 ふと、とある都市伝説を思い出す。

 最近有名なあのオカルトな存在。

 だけれど、目を凝らすと違った。

 そこには私と同じくらいの背の女性がいた。

 年齢は私より上だろうか、いや、同じくらいかもしれない。よく、若いと言われるので自分の見た目を基準に人の年齢を比較して判断するのが難しいのだ。


 そして、その女性はぶつぶつとなにかをつぶやいていた。


     「……、……%!、……」

 私はぞっとした。

 そのつぶやいている言葉に覚えがあったのだ。

 そう、子供の頃あこがれた魔法少女が変身したときの呪文だ。

 しかも、それを私は自分のためにオリジナルのセリフを付け加えていた。

 なのに、その私のオリジナルまで完全に一致している!


 子供の頃の玩具を探していたら、自分の亡霊にでも出会った気分だ。

 だけれど、そんなノスタルジーなものなんてあるわけない。


 私

 が

 ま

 じ

 ま

 じ

 と

 観

 察

 す

 る

 と、


 その白い影の女性にはどこか見覚えがあった。

 そうだ、ミクちゃんだ。

 小学生の頃、ちょっとだけ仲良くしたことがあるミクちゃん。


 そうだ、あの魔法のコンパクトはミクちゃんにかしてあげたんだった。

 ミクちゃんが落ち込んでいたから。


 ミクちゃんはあの頃すこしおかしかった。

 それまでは普通だったのに。

 いつもおなかをすかせていたし、洋服もいつ選択したのかわからないくらい襟が黒ずんでいた。靴もサイズがあっていないから、いつもかかとをつぶしてはいていたっけ。

 それまでは普通の子だったのに。

 お母さんが家にいないせいらしい。

 それで、私は親切に魔法のコンパクトを貸してあげたんだった。


「お願いが叶うよ。魔法少女になれればね……」


 そうして、ミクちゃんの魔法少女になるための修行ははじまった。

 空を飛べるように高いところから飛び降りたり、毎日コンパクトに魔法の呪文をとなえたり。

 最初は私もつきあってやっていたのだけれど、だんだん飽きてしまってそれっきりだった。

 魔法のコンパクトは私のだけれど、まあ、いいかなって思っていた。

 そのころには私は大人と子供の間にいて、魔法少女になれないことを理解したつもりになっていたから。

 ミクちゃんが魔法処女になりたい願望から卒業できるまで貸しといてあげようとおもったのだ。


 だけれど、どうやらミクちゃんはまだ魔法少女になろうとしているらしい。

 私の魔法のコンパクトになにやらつぶやいている。

 まだ、魔法少女になれないことに気づかない子供から卒業できないのだろう。

 なんて愚かなことだろう。

 もしかしたら、どこか問題があるのかもしれない。

 福祉につながる必要があるひとなのかも。

 私はかつての友人を哀れな目でながめながら、観察する。

 ミクちゃんはおまじないを続ける。

 お願いごとも一緒に。


    「……、……%!、……。……○○ちゃんが死にますように~」

 私の名前を唱えていた。

 私はぞっとして、その場をさった。

 後日、その近所の人を装って通報した。不審者がいるとして。


 魔法のコンパクトは戻ってきていない。

 この前、あの魔法のコンパクトと同じモデルが中野ブロードウェイで高く売っていたのでなんとかして彼女の家族に連絡をとって返してもらいたいなと思っている。

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