死人の家
志水命言/ShisuiMicoto
死人の家(完結)
草花が包み込む田舎。一軒の人家がある。そこには睦まじい若夫婦が住んでいた。
朝、日が昇り色を取り戻す世界。庭も照り、赤、青、黄、紫、白の花々が色を付けていった。新たに白百合が綻び、一層に庭を鬱々と繁茂させる。
「花葉(かよう)、白百合が咲いたよ」
「白百合?……あぁ、本当。綺麗な白ね」
出窓から目を遣る夫婦。この時も、常に、行く末を知ることは無い。だから、ただ静かに、時は流れていた。
昼、その家には夫の友人である国見(くにみ)が訪ねて来た。中に招こうとしたが、国見が「ここで良い」と言うので、玄関先で話していた。
「……それで、奥さんは元気にしているか?」
「あぁ、今は眠っているがな。前に言っただろ、病弱体質が災いしている、と」
「そうだったな、悪い。にしても、相変わらずの庭だな」と言い国見は庭に遣る。
「今朝、白百合が咲いた。妻とも話していたよ。それで、結局何の用だ」
苛立ちを含んだ声色で、それにより国見は庭から引き戻される。
「あのな……変な噂話があるんだよ。何か腐った匂いがする、って」
「どこから?」
「島崎(しまざき)の家からだ。だが……俺には花の匂いしか分からないな。ま、何かあるなら言えよ、行人(ゆきと)」
そう言い残した国見は足早に去ってしまった。何かを隠しているような苦笑で。国見の真意は分からずではあるが、行人は花葉の元へ戻った。
「それはきっと私の所為ね。幼い頃から不思議ちゃん、と言われてきたもの」
「そんなことは無いよ。花葉は素敵な人だ。自責ばかりする必要は無いよ」
「ふふっ、行人さんにそう言って貰えると安心するわ。ありがとう」
穏やかな温かい空気が流れていた。ただ、ただ和む。そのような日々は永遠に感じさせられるもので、終わる日のことなど想像する方が難しい。掴んだ砂が指の間を擦り抜けて行くように、終わる時は一瞬。
夜、行人は昼に国見に飲みに誘われて出掛けた。訪れたのは平家の一室、国見宅。その際の国見の第一声は、
「臭っ……!」
「何が臭いだ」
「臭いと言うより腐臭だぞ。お前、昼間何をしていたんだ?」
「特に何も。妻と過ごしてただけだ」
行人は思い当たる節が無く、ただ顔をしかめて首を傾げる。国見はそれに飽きれ、溜め息を吐くと口を開いた。
「……お前に失礼だと思って黙ってたが、言うわ。お前の奥さんを越して来てから見ていない。それが病気故であっても、医者の往診も無い。そうだろう?」
「妻が医者は嫌だと言うから。外にも出たく無い、と言うし……」
「ならば、その付いている二つの目でしっかりと見て話してみろよ。言いなりでどうする。対等になれよ」
行人は帰って話すよう諭された。しかし渋り躊躇うのを見兼ねた国見は行人と共に島崎宅へ。
「花葉、ただいま。国見が付いてきているがね」
「お帰りなさい、行人さん。お友達も一緒なの?珍しいわね。こんばんは、国見さん」
行人は隣の国見に得意気に、
「な、ちゃんと居るだろ?」
「お前……」
国見は目を見開いて後退りながら言葉を続ける。
「……ちゃんと見ろよ。現実を、見ろ……!」
寝台に座っていた花葉は人の姿であっても人の姿では無い。一部白骨化した死人であった。つまり行人は生人の花葉を幻覚幻聴していたのであった。執心していた花葉の、愛する妻の現実を、行人は初めて知った。だが、泣き崩れる訳でも、驚く訳でも無かった。ただ、知っていたかのような清々しさを感じさせられる無表情であった。
「行人、警察を呼んでくる。ここに居ろよ」
国見は疲れ切った、フラフラとした足取りで来た廊下を後にした。
行人は変わらぬ顔で、花葉に近付く。
「花葉」
呼んでも、死人に口なし。返事は無い。行人は花葉を抱きしめて一言。
「どうして置いて行ってしまったの」
あれから直ぐ行人は花葉の亡骸を抱え、近くの森を駆けた。谷の方へ、何かに吸い寄せられるように。迷い無く、ただ一直線に。
行人が花葉の亡骸と共に、谷へ飛び降りたのは、直ぐのことだった。
それから旧島崎宅は死に近いモノたちが集うと言われ、死人の家と呼ばれる様になった。死人の家は萌える草花に包まれ、今もその場所で、あなたのことを待っている……かもしれない。庭の白百合が咲く時。誰かが何かから醒める。
死人の家 志水命言/ShisuiMicoto @Shisui_Micoto
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