聖壁の聖女

かたなかひろしげ

長所を伸ばそう

 子供の頃からマジックウォールだけは得意だった。


 普通の呪文に少しだけ私のアイデアを加えたオリジナル。物理攻撃には弱いけど、悪霊とかの攻撃にはよく耐える。ちょっとした自慢だった。コツは簡単だ。魔法学校で初めてマジックウォールを唱えた時の興奮はいまだに忘れられない。あの光るだけの壁が、何故か幼少の私には、男のエロい胸板に見えてしまったのだ。


 そもそも、 思い込みの激しい子供だった私は、もう、一度そう考えてしまったら、そういう風にしかみえなくなった。

 ある日、隣で同級生の子が作ったマジックウォールと、私のマジックウォールが並んでいるのを見て、思いついてしまった。そう思いついてしまったから仕方が無いではないか、二人の男が胸板を寄せながら、愛を語らう尊い光景を。


 そこでふと考えたのだ。

 胸板のようなマジックウォールを二枚作って、二枚をそっと擦り合わせたら、とても尊い光景になるのではないかと。子供の妄想心というのは、時に無駄にすごいものだ。


 そこから、私の魔法訓練の大半は、マジックウォールの呪文の改良に充てられた。

 周囲の子供達は地味な防御呪文の練習になど、早々に見切りを付け、見栄えのする攻撃呪文の呪文を始める中、私はマジックウォールに胸板のような筋肉美をもたせることにひたすら集中した。


 そもそもマジックウォールは無属性の魔力を壁にして立ち上げる、というだけの単純な魔法である。そこに筋肉のような凹凸をつけていくには、実に繊細な魔力のコントロールを要する。

 朝昼晩、なんなら寝ている時も私はマジックウォールを傍らに立てて、胸板の完全再現に、青春のすべてを注いだ。


 そうして学校を卒業する頃には、筋肉の繊維質ひとつひとつにまで、イメージを膨らませ、微細な魔力を練り上げることで、ほぼ完全な成人男性(筋肉質の!ここ重要)の胸板をマジックウォールで再現することに密かに成功していた。


 さて。胸板の再現という人生の目標にひとまずの達成をみた私は、魔力で立派にそそり立つ胸板マジックウォールを見つめていると、次なる欲望が湧き出ていることに気がついた。もっと、こう、男性の胸板はキラキラしていなかっただろうか?


 そう。私が幼少の頃に脳を焼かれた映像の中の胸板は、もっとキラキラと輝いていた。

 しかしマジックウォールは無属性魔法であるが故に、それほど強い光は出せない。ひとしきり思い悩んだ私は、無属性魔法で胸板を輝かせることを諦めることにした。そう、同級生が唱えるキラキラと輝く、ホーリーアローや、学校にたまに訪れる聖女様の使う、結界魔法のあんなキラキラ!あれが私の胸板マジックウォールには足りなかった。


 つまり、キラキラは光属性があればいいのだ!という事実に気がついたのだ。

 そこから、学校を卒業するまでの私は、水を得た魚のように、光属性魔法の習得に全精力を注いだ。欲望というのは恐ろしいもので、昼夜を問わずキラキラを突き詰めることだけを考えていた私は、殆どの光魔法を習得するまでにはそう時間はかからなかった。


 基礎を習得してからは、応用の時間である。胸板マジックウォールの周囲に光の結界を薄く貼って光輝かせる。これは我ながらなかなか良いアイデアだった。夜道に連れて歩くと、巨大ランタンのように使うことが出来るし、不審者も何故か寄り付かない。なにより光の中に胸板マジックウォールがそそり立つ姿は、なんともエモい。


 しかし或る意味それだけである。私の理想する胸板は周囲だけではなくて、もっと、こう、胸板自体もキラキラとしていた。そう、脳を焼くような輝きが、この胸板にはまだ足りないように思えて仕方なかったのだ。

 そこで私は、胸板マジックウォールから聖属性の範囲回復魔法を放つことを思いついた。これにより、胸板は癒やしの光を放ち、綺羅びやかな「尊さ」を演出することができるに違いない。成功した時の様子をにやにやと妄想しながら、私は更に聖魔法の追求に執念を燃やしたのは言うまでもない。


***


 かくして学校を卒業後、私はそのまま光魔法を極めたい、というそれらしい理屈をつけて、千葉県の教会に入ることにした。勿論、理想とする光り輝く胸板を完成させることが目標である。


 実際、修道院の寮に入ってみてわかったのだが、シスター向けの女子寮は腐女子の巣窟であった。私以上の男好きが、やましい欲望を宗教倫理で無理矢理押し殺しては、日々を慎ましく過ごしており、そんな彼女達と私が仲良くなるのは必然の流れと言えるだろう。


 その一方私は、今ではすっかり七色に光り輝くまでに強化が進んだ胸板マジックウォールを、そんな彼女達の前で披露してしまった。自分の性癖の開陳デビューである。ひかれたらどうしようかと緊張したものの、彼女達の胸板をうっとりと見つめる熱い眼差しに、そんな心配は杞憂であることを思い知らされた。胸板が嫌いなシスターなど、この世にはいないのだ。


 貞潔であることを守りながら、男の胸板に寄り添える欲望を実現できる私の胸板マジックウォールは、そんなシスター達に大人気となった。


 夜な夜な寮の私の部屋では、胸板に寄り添って妄想に花を咲かせる乙女たちが通い詰めていた。そんな他のシスター達の惜しみない妄想、協力もあり、行き場のないリビドーを、私の胸板マジックウォールはたっぷりと込めて魔改造されていった。


 中でも最大のアイデアは、周囲の人間の欲望や性欲などから力を得て、聖なる力を増幅させらる魔改造も加えることが出来た点だ。このおかげ私の胸板は、物理攻撃、魔法攻撃の防御のみならず、特に死霊や悪魔には絶大な破壊をもたらす壁として完成を遂げていた。だが、勿論私の中でこの呪文の用途は「観賞用」である。欲しいのは聖属性の持つ「キラキラする光」であり、攻撃力や聖力といったものは、おまけなのは言うまでもない。


***


 そんなある日、教会都市は、無数の死霊とアンデッドを従えた悪魔に襲われた。


 教会都市の堅牢であったはずの防衛線は、敵の圧倒的な物量作戦により次々と瓦解。

 まだ陽が高いうちに攻めてくるという、敵の慢心もあったのかもしれないが、教会都市には聖職者も多く、日中はなんとかよく守れていたと言えるだろう。

 だがしかし、そもそも数的優位がある上、スタミナが尽きることがない死霊達に、人間側の守りは苦戦を強いられ、夕刻には遂に都市中央にある、教会と修道院に敵の軍勢が迫っていた。


 私は腹を括った。事態がここに至り、修道院のそれぞれのシスター達も修道院の防衛に参加するように指令が下ったからだ。


 とはいえ私は、修道院の警備についてくれた騎士達の姿を見て、いらぬ妄想に精を出していたのは言うまでもない。普段は騎士達もあまり寄り付かない修道院に、筋骨たくましい騎士様が集まっているのだ。


 それはもう、こんなイベント、全力で楽しまなくてどうするのだ、という気持ちである。

 こんな緊急事態にも関わらず、ろくでもない妄想を膨らませている私をよそに、騎士達の前には、いよいよ無数のアンデッドの軍勢が迫ってきていた。


 私はついに腹を括って、「いつものように」胸板を作成する呪文を唱えた。

 後先考えず、私の持てる魔力と、いつものように周囲のシスター達の欲望を吸い上げた胸板は、いつものように金色に輝き、教会の屋根の上に輝く十字架よりも高く、修道院の建物もよりも広い大きさで発動した。


 周囲には推し仲間のベンジーのアイデアで魔改造した、攻撃魔法シャイニングピラーの光柱が周囲を回る。そしてアンのアイデアで魔改造した神聖魔法ホーリーが、まるでミラーボールの如く胸板の上空に輝き、その恒星のような光球からは、刺すようなレーザーが無数のアンデッドの軍勢を薙ぎ払いはじめた。


 そもそも私の胸板マジックウォールは、キラキラを実現するために、その周囲に強い聖結界を張り巡らせていた。聖結界は、死霊系へのモンスターへの特攻効果とは別に、味方への強化魔法バフの効果もある。それは術者が詠唱時に選択することになるのだが、私は当然、「筋力強化」一択で呪文を練り上げた。やはり胸板なのだから、リアルな胸板も応援するべきである。という当然の帰結と言えよう。


 そんな不純な目的で練り上げられた胸板ではあったが、教会騎士達に囲まれた今の状況には大変に有意義なシナジー効果を生み出した。普段は苦戦していた強力なアンデッドの守りも、胸板の光のそばにさえいれば、力任せに打ち砕くことが出来る。この事実は、あまりの戦力差に士気をくじかれかけていた騎士達の威勢を、大いにぶち上げた。


「リッチの身体を力任せに切り倒すことが出来るぞ!こんな強化魔法は初めてだ!!」


 よくよくみれば、騎士たちはそんな一過性の喜びに身を任せて、胸板の展開する結界内に入ってただでさえ弱体化しているアンデッド達を、なますのように次々と斬り伏せてゆく。あー、この強化魔法、胸板と上腕部だけの強化に特化してるから、当然そうなるよね……みんなゴリラかな?


 そもそも、巨大な胸板を中心とした広範囲の結界に踏み込んでいるだけで、弱いアンデッドは自壊を始めてしまう。すると、非常識に巨大な胸板マジックウォールですに軍勢による力押しでは分が悪いと察した悪魔は、離れたところから攻撃呪文を放つ作戦に切り替えはじめた。


 だが、なにせこの胸板、ただ周囲をキラキラさせている以外は、「ものすごく大きくて密度が高いだけのマジックウォール」である。それ故に攻撃呪文への防性は抜群である。

 私が「かっこいいから」という理由で魔改造された胸板は、呪文を防ぐ反応をすると、無駄にキラキラと輝くようにしておいたので、悪魔の魔法を受け止める度に、周囲は魔法の輝きで、まばゆいぐらいの光の奔流が暴れまわっているようにさえ見えた。


 そんな胸板マジックウォールの理不尽な活躍のおかげで、都市防衛の趨勢すうせいはいつの間にか、人間側に傾いた。あれほどドヤ顔で、攻撃魔法を連発していた悪魔も、胸板に群がる騎士ゴリラ達の活躍でいつの間にか霧散している。


 すると、大聖堂の守りを担っていた聖女様が私の方に来て、目を丸くさせながら言った。


「都市を丸ごと守れる、これほど大規模な儀式魔術は私にすら使えません。もしかして、貴女も聖女だったのですね。この呪文はどういう呪文ですか?」


 「せ、せ、性癖です!」


 やらかした。

 ものすごくやらかした。本音を言ってどうする。


 どういう呪文かを尋ねられているというのに、動揺した私は、この呪文の馴れ初め、こともあろうかその本質をバカ正直に答えてしまったのだ。私の名誉のためにも、聖女からの質問だから本性を答えてしまった、と言うことにしておいて欲しい。ワタシワルクナイ。


 私の赤裸々な独白に、周囲のシスター達がどよめく。

 慌てて隣にいたベンジーが咄嗟にフォローを入れてくれた。やはり持つべきものは推し友である。


 「そ、そうです。聖女様、これは聖なる壁、聖壁ですっ!」


 追いかけるようにすかさず、後ろにいたアンもフォローを続けてくれる。


 「星羅様の聖壁ですわ!」


 なんだか声だけ聞いていると、まるで私が変態みたいな響きだが、おかげできっと司教様には「聖なる壁」として伝わったに違いない。日本人で良かった、日本語、最高。


***


 かくして、私の「性癖」から生まれた「胸板」は、教会に正式に「聖壁」として記録されることとなった。都市を救った私自身も、その活躍から聖女推薦をされてしまう羽目になった。聖女推薦というものは、シスター如きの身分では、そもそも拒否できないものだと知った。


 そしてその推薦は、あの時現場にいて私の「胸板」を見たばかりに、その輝きに脳を焼かれてしまった無数の騎士達に全員一致で賛成され、おまけに「聖壁の聖女」なる大層な通り名を頂くこととなった。当然、事情を知るベンジーやアンなどからは、「性癖のおかげですわね」、「いっそ性女さまを名乗ってみては?」などと揶揄われているのは、言うまでもない。


 その後、「私の守護につく近衛騎士の服装は、上半身は裸であること」などと調子に乗って聖女の職権を乱用してみたところ、冬の寒さに耐えかねて、近衛騎士が流行り風邪で一時壊滅したりもしたが、まだ私の性癖は教会にバレていない。

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