「つけてください」から始まった、ぬい活。
夏乃鼓
「つけてください」から始まった、ぬい活。
--俺は、山田悠人(ゆうと)。ブラック企業に勤めている、社畜2年目。毎日、苦手なパソコン業務と電話対応。終電で自宅に帰り、寝たらまた出勤する生活を送っている。パソコン業務のことでいつも課長に怒られ、俺には夢も希望もありゃしない。……ついでに、彼女もいない。
「……はぁ。今日も課長の機嫌が悪かった。」
ため息混じりに小言が出る。終電で最寄り駅を降り、トボトボとボロアパートに向かう。そんな俺とは対照的に、夜中でも恋人や友だちと騒いでいる奴らがいて、羨ましいやら鬱陶しいやら……。
そんな気持ちを抱えつつ、疲れた体に鞭打ってアパートの階段を上る。上りきって俺の部屋のドアの前を見ると、何かが落ちている。
「何だ?ぬいぐるみキーホルダーとメモ?」
俺は、2つ共拾い上げて、マジマジと見る。ぬいぐるみキーホルダーは、スマホくらいの大きさで、どうやらカワウソっぽい。2つ折りにされていたメモを開くと、軟らかい書体で『つけてください。』とだけ書かれていた。
「…………新手の詐欺か?」
ダメだ、疲れていて頭が回らない。とりあえず、俺はその2つを家の中へ持って帰り、ローテーブルの上に2つを置いた。そして、そのままベッドにダイブして、気絶するかのように眠った。
翌日は、12連勤明けの休日。昼過ぎまでぐっすり寝て、俺の体力はかなり回復した。カーテンを開け、伸びをしながらローテーブルを見ると、昨日拾ったカワウソのぬいぐるみキーホルダーとメモが目に入った。
「それにしても、何で俺の家の前に落ちてたんだ?このアパート、野郎ばっかしか住んでないから、落ちてるのがめっちゃ不自然……。やっぱり、『落し物、あなたが盗みましたね!バレたくなければお金を……』的な、新手の詐欺か……?」
独り言を言いながら、頭の中をグルグル回転させる。落し物を拾った経験がないからだ。
「……でも、このぬいぐるみキーホルダー、何か悪い気はしないんだよな~。もちもちした手触りで、つぶらな瞳にピンクのほっぺで、可愛くて癒し系のぬいぐるみだし。……よし、このぬいぐるみキーホルダー、少し大きいけどカバンにつけよ。」
俺は、普段使いのカバンにカワウソのぬいぐるみキーホルダーを取り付けた。ついでに、《ルートラちゃん》という名前もつけた。……一気に愛着湧いてきたな。ぬい活している人の気持ちが分かってきたかも。
お腹が空いた俺は、ルートラちゃんと共に、家から近くにある馴染みのコンビニまでお出かけした。俺は、慣れた手つきで弁当・飲み物・スナック菓子をカゴに入れて、レジへ持って行く。
(……あれ?こんな店員いたかな?)
毎日寄っているコンビニだから、店員はほとんど把握しているんだけど、高校生?大学生?くらいの女の子の店員がレジ打ちしている。楽しそうにニコニコしながらやっているから、茶髪のポニーテールも動きに合わせて揺れている。
「合計で1980円になります!」
店員のハキハキした声でハッとして、急いでカバンの中から財布を探す。カバンに付いているルートラちゃんが、店員さんの視界に入る。
「お客さん、カワウソ好きなんですか?」
「……へっ?……あ、はい。」
「そのぬい、可愛いですね!私、ぬいめっちゃ大好きなんですよ!!しかも、動物のぬいを集めてるんですけど、カワウソも良いですよね!!」
「あ、そうですね……。」
「お客さん、この後予定ありますか?私、今日は15時でシフト上がるので、よかったらぬい語りしましょう!」
「……いい……ですよ。」
店員さんの迫力に負けて、お誘いを受け入れてしまった。商品のお金を払い、15時になったらまたこのコンビニで集合することになった。
一旦、ご飯を食べに家に戻ってきた。お弁当をチンして食べているが、味が脳内に伝わって来ない。どうして初対面の女の子とこんな展開になっているのか、不思議で仕方ない。
「もしかして、ルートラちゃんの力……?」
俺は、無意識にルートラちゃんに向かって呟いた。
15時。時間ピッタリにコンビニに到着した。俺を見掛けた店員さんは嬉しそうに手を振っている。店員さんはレジの奥の事務所スペースに行き、俺にも聞こえる声量で「今日もありがとうございました。お先に失礼します。」と上の人に挨拶している。俺より年下なのに、つい感心してしまった。
数分後、私服になった店員さんがやって来た。ぬい好きとあって、カバンには犬のぬいぐるみがぶら下がっていた。
「お待たせしました!ちゃんと来てくれたんですね!嬉しいです!じゃあ、どこでぬい語りしますか?」
「ファ……ファミレスかな?」
「ファミレス、いいですね!それなら、あそこのゾウゼリヤにしましょう!」
この子の活力、俺にはめちゃくちゃ眩しい。
コンビニから歩いて数分、ゾウゼリヤに着いた。食べ物やドリンクバーを注文し、飲み物を取ってきたタイミングで、女の子がふと我に返った。
「あぁっ!私、自己紹介してなかったですよね?!」
「何なら、俺もまだ……です。」
「私、原田梨瑚(りこ)。20歳。デザインの専門学校に通っていて、将来の夢は絵本作家です!」
「……俺は、山田悠人。24歳。ブラック企業でパソコン業務をしている、冴えない会社員です。原田さん、元気があっていいね。俺なんか、夢も希望も何も……。」
「山田さん!ネガティブ思考はダメですよ!それに、私と4歳しか違わないじゃないですか!山田さんだって全然若いです!」
「あ、ありがとう。それにしても、こんな冴えない人に声掛けちゃダメだよ?俺は違うけど、世の中危ない大人だっているんだからさ。」
「山田さんなら、大丈夫ですって!そんな可愛いぬいつけてるんですから!私の勘が言ってます!ふふっ。」
原田さんは、ここで初めてフニャッとした笑顔になった。……正直、ちょっとときめいてしまった。いやいや、正気を保て、俺!
「そういえば、山田さんはそのぬい、どこで買ったんですか?」
「え……いや、その……。信じてもらえないかもしれないけど、俺の家の前に落ちてた。『つけてください』ってメモと一緒に。」
「そうなんですか?!めっちゃ謎じゃないですか!!ちなみに、そのぬい、見て触ってもいいですか?」
「あ、どうぞ……。」
そう言って、ルートラちゃんをカバンから外し、原田さんに手渡した。
「うわぁーー!!もっちもち!!しかも、つぶらな瞳でめちゃキュート!!ピンクのほっぺもプリティー!!」
「原田さん!周り見てるから、ちょっと落ち着いて……。」
「……はっ!すいません、あまりの可愛さにぬいぐるみへの愛が溢れてました。」
「そんなに、ぬいぐるみが好きなんだね。」
「そうなんですよ!日々、新発売のぬいぐるみをチェックしてるくらいです!」
“エッヘン”とでも言いそうなくらい、原田さんは得意げだ。かと思うと、急に眉間に皺を寄せて“うーん……”と考え始めた。
「でも……おかしいですね。」
「ん?」
「私、動物のぬいぐるみは全部調べてるはずなんです。でも、今山田さんが持ってるぬいぐるみ、初めて見たんですよ。しかも、タグも何もついてないから、作った人も分からない。」
「確かに、言われてみればそうだね……。」
「でも、この素晴らしいぬいのクオリティ!作った人はただものじゃないです!私、断言します!」
「おぉ……そうか。」
「少し気になったんだけど、何で原田さんはぬいぐるみがそんなに好きなの?」
「……私、幼い時にお母さんを病気で亡くしたんです。誕生日にもらったくまのぬいぐるみが、お母さんからの最後のプレゼントで……。そこから、ぬいぐるみがとても愛おしい存在になって、ぬいぐるみが好きになったんです。今では、ぬいぐるみのおかげで毎日楽しいですよ!ぬいぐるみをくれたお母さんに感謝してるほどです!」
「……そっかぁ、そんなことがあったとは知らず、聞いてごめん。だから、ぬいぐるみが大好きなんだね。」
急なエピソードに、俺は思わず泣きそうになった。原田さん、めちゃくちゃいい子じゃないか。
しばらく、俺は泣くのを堪えるように原田さんを眺めていた。すると、原田さんは何か閃いたようで、明らかに頭の上に電球マークが光ったように見えた。
「山田さん!!そのぬいをアウスタグラムで公開したらどうですか?そしたら、いつか作った人にたどり着くかもしれないですよ!」
「いやいや、俺がぬいの写真を撮った所で、いいねがつくわけないでしょ……。」
「またネガティブになって〜。ほら、私のカバンについている犬のルプちゃんと写真撮りましょ!ちなみに、この子の名前ってありますか?」
「……ルートラちゃん//」
「ふふっ、可愛い名前。じゃあ、ルプちゃんとルートラちゃんのはじめまして写真、撮りますね!」
\\カシャッ//
「山田さん、どうですか?可愛いですよね!」
「……ぬいぐるみたちは可愛いけど、画角が可愛くない!どうしたらそんな角度になるの?!さては……!原田さん、過去にぬいぐるみを撮った写真見せて!」
「は、はいっ!こちらです!」
原田さんのぬい写真を見て、俺は愕然としてた。どの写真もスマホで撮ってるはずなのに、ぬいぐるみがブレていたり、画角が不自然なほどななめだったり、画面全体が暗かったりと、綺麗に写っている写真がほとんどない。
「こんなこと言うの良くないけど、原田さんって写真を撮るの下手?」
「……バレましたか。イラストは得意なんですけど、何故か写真撮りが壊滅的にダメでして……。」
「それなら、俺が写真撮っても良い?」
「どうぞどうぞ!よろしくお願いします。」
\\カシャッ//
「これでどう?」
「め……めっちゃ綺麗じゃないですか!しかも、アングルも背景も最高!ぬいたちの距離感も最高!心なしか、ルートラちゃんも笑っているように見える!……山田さん、最高じゃないですか!!」
「ははっ、それはありがとう。……俺、大学では写真部に入ってて、写真を撮るのが趣味だったんだ。社会人になってから、全然やらなくなっちゃったけど……。」
「そんな……もったいない!!山田さんは、絶対アウスタに向いてます!!私が保証します!!」
また周りから視線が集まる。
「原田さん、落ち着いてって!……分かりました、分かりましたよ。原田さんがそんだけ言うなら、俺やりますよ!」
「やったー!!それなら、山田さんはアウスタのアカウントを作って、写真を撮ってアップしてください。場所決めやアイテムは、私がしっかり準備します!」
「……原田さんも一緒にやるの?!」
「もちろんです!役割分担が大事ですからね!ということで、さっそくアウスタのアカウント作成を…………。」
そんなこんなで、原田さんの指示のもと、その場でアウスタのアカウントを作成し、さっき撮った写真を投稿した。
「せっかくだから……」と、お互いのLIENを半ば強制的に交換している間に、数十件のいいねがついた。
「……マジでこんなことあるんだ……。」
「すごいじゃないですか!!これなら、私たちで天下が取れますよ!」
俺は、驚きすぎてドン引いている。一方で、原田さんはキャッキャと喜んでいる。
「これからも、ルートラちゃんの撮影を、一緒によろしくお願いします!」
「……よ、よろしく。」
「もう仲間なのに、しゃべり方が堅いですよ〜。私のことは、『梨瑚』って呼んでくださいね、悠人さん!」
「……はぁっ?!//」
話をしていたら、外はあっという間に暗くなってきていた。原田さ…梨瑚のお父さんが心配性で、門限があるんだとか。急いで次回の撮影の日時を決め、ゾウゼリヤの出入り口で解散した。
ルートラちゃんと一緒に歩く夜道。
落し物を拾ってカバンにつけた。ただそれだけで、こんなことが起きるなんて思ってもみなかった。この急展開に、正直まだ頭の中が混乱している。
だけど、今まで得たことの無い不思議な感覚だ。明日からの地獄の仕事も、耐えられるような気がしてきた。次の休みには、梨瑚と一緒にルートラちゃんの撮影ができる。これが、「ぬい活」というものなのだろうか。
(俺は、この時点ではまだ、この気持ちが恋だとは知らなかった……。)
こうして、ネガティブ社畜男子とポジティブ学生女子の、アウスタへの道が始まったのだった。
「つけてください」から始まった、ぬい活。 夏乃鼓 @Natsunoko12
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