ハリネズミ、冒険者ギルドのマスコットキャラに就任する

ユルヤカ

ハリネズミ、冒険者ギルドのマスコットキャラに就任する

「うーん……よく寝たっ!」


深い深い眠りから覚めた彼女は、自分の手を見て、それはもう木々がびっくりして揺れてしまうほど驚きました。仕方ないかもしれません。彼女はハリネズミになってしまっていたのです!人間だったはずの彼女は、眠りから覚めたらハリネズミになっていたこの状況が信じられませんでした。


「ほっぺもちもちー!針はやわやわー」


信じられていたみたいです。それどころか堪能していますね。

普通のハリネズミに比べて針がやわらかい個体だったみたいで、どれだけ力を込めて硬くなりません。この子の針は飾りのようです。


「とりあえず森を探索してみよー!」


とっても綺麗な森の中をゆっくり歩いていると、フクロウさんがやってきました。


「チクチクや、今日は元気そうな顔をしておるの。きっといいことがあったんじゃな」


彼女が宿る前のこのハリネズミはチクチクという名前でした。

とっても臆病で、他のハリネズミの後ろにずっと隠れていました。そして針が硬くならないことをずっと気にしていたのです。


彼女はチクチクという名前を気に入り、チクチクと名乗ることにしました。

チクチクはフクロウさんに挨拶をして、さらに森の中を進んでいきます。


「あーっ!美味しそうなきのみー!」


チクチクは木の近くに落ちている美味しそうなきのみを見つけました。

ちょこちょこと走っていくと、きのみの前にリスさんが現れました。


「ごきげんよう、チクチクさん。このきのみは私がもらってもいいかしら?」

「リスさん、そのきのみは私が先に見つけたものだよ。だから私のもの」

「あらあら、いつもより堂々としているわね。いいわ。そのきのみはあげるわ」


リスさんはきのみをチクチクに渡して、どこかへ去っていきました。

チクチクはリスさんからもらったきのみを早速かじりました。モグモグ。モグモグ。甘い味とレモンのような柑橘系の酸味がマッチしていて、贅沢な一品です。チクチクはぺろりときのみを平らげました。

そんな時でした。


『レベルアップしました』


チクチクの頭の中にそう声が響きました。

チクチクは人間だった時にたくさんゲームをやっていました。その時の知識からレベルアップがどういうものなのか、理解していました。


「もしかして私、ご飯食べたら強くなれるのっ!?」


チクチクは他のきのみも食べてみました。

すると頭の中には決まってあの声が流れるのです!チクチクはきのみをたくさん拾って食べることにしました。お日様が沈むまで何度も何度も、きのみを食べました。


チクチクが100個目のきのみを食べた時、いつもとは違うセリフが頭に流れました。


『レベルが上がりました。条件を満たしました。針がグレードアップされました。弱い針1/3 → 2/3』


その瞬間、チクチクの体中を、温かくて、わくわくするような、光り輝くような不思議な力が駆け巡りました。


◇ ◇ ◇


チクチクはあれから毎日のように、きのみをたくさん食べるようになりました。

仲間のハリネズミは虫を食べていますが、チクチクは虫が苦手で、食べようとは思えませんでした。


「これで200個目っ!」


『レベルが上がりました。条件を満たしました。針がグレードアップされました。弱い針2/3 → 3/3 条件を満たしました。弱い針が普通の針にグレードアップされました』


その瞬間、また不思議な力がチクチクの体中を駆け巡りました。

何が変わったのかな、とチクチクが力を入れると、針が硬くなりました。チクチクは念願の普通の針を手に入れたのです!


「チクチク、最近森中のきのみを食い荒らしているそうじゃあないか」


喜んでいるチクチクの元に、オオカミさんがやってきました。

オオカミさんはこの森のボスで、森の動物をまとめています。そんなオオカミさんにチクチクは目をつけられてしまったのでした。


チクチクはオオカミさんにぺこりとお辞儀をして、言いました。


「森のきのみは誰かのものって決まってるわけじゃないじゃんっ。ダメなの?」


オオカミさんはため息をついて、やれやれというふうに首を横に振りました。


「何にもわかってないな。チクチクのせいで森の動物は食べるものが少なくなっているんだ。俺たちはみんなで暮らしている。そうだろ?一人で暮らしているわけじゃあないんだ」


オオカミさんはそう言ってチクチクの体をポンポンと叩きました。

チクチクはオオカミさんの言葉を聞いて、改心しました。これ以上、この森のきのみを食べては迷惑になってしまう。そう思うと、まだまだレベルを上げたかったチクチクにとって、この森は窮屈に感じられました。



次の日、チクチクはオオカミさんに今までのお礼を言って、森を出ていくことにしました。オオカミさんはチクチクにそこまでする必要はない、と言いましたが、チクチクの話を聞いて、森から出ることを認めてくれました。


森から出る時にリスさんやフクロウさんが、見送ってくれました。

チクチクは今までこの森でこんなにも暖かい動物たちに囲まれて過ごしていたんだな、と思い少し涙が出ました。


「みんなー!今までありがとうー!」


チクチクはみんなに見送られて、森から広大な世界へ足を踏み出しました。


◇ ◇ ◇


チクチクは森から出て、ずっとまっすぐ歩きました。

たまに落ちているきのみや山菜を食べて、レベルも上げながら進みました。おひさまが沈もうとしている頃、休めそうな洞窟が見えてきました。

チクチクは日が暮れる前にたどりつこう、と走って洞窟へ向かいました。


「ここで今日は一日休もうっ」


チクチクは壁際で丸くなって眠りました。

そんなチクチクに少しずつ近づいている何者かの姿がありました。しかし、チクチクはぐっすりで気づく様子がありません。


「グワァァァ」


洞窟の中に住んでいるモンスター、グールがチクチクに襲いかかりました。

グールの大きな声を聞いて、チクチクはようやく目を覚ましました。目の前に迫るグールの手に驚いたチクチクは針を硬くして身を縮こまらせました。


グサッ!


グールの手にチクチクの針が刺さり、グールは奇妙な声を上げました。

チクチクはその隙を見て、急いで洞窟から逃げ出しました。チクチクは全力で走りました。グールが追いかけてきている気がして、とても怖かったのです。

しばらく走ると、とても明るい場所が見えてきました。チクチクはそこに吸い込まれるようにして、入っていきました。


その明るい場所というのは、人間が住んでいる街でした。

体の大きさが30cmほどしかないチクチクから見て人間はとても巨大でした。どこを見ても巨人がいる。普通のハリネズミだったら怖くて逃げ出してしまうような場所でした。しかし、チクチクは人間の頃の記憶を持っているので、怖くありませんでした。


「迷い込んじゃったのかな……大丈夫?どこからきたのー?」


一人の少女がしゃがんで、トコトコ歩いているチクチクに話しかけました。

チクチクは目の前に現れた絶世の美女に当てられて、美女の手に飛び込みました。


「可愛いー!とりあえず今日はうちに連れて帰って、明日ギルドに捜索願出してみようかな」


少女はそう言うと、チクチクを手に持って、歩き出しました。

チクチクはどこに連れて行かれるのかわかって、にっこにこで連れられていきました。


「ただいまー」


少女が家に着くと、チクチクは少女の手からふかふかの毛布の上に降ろされました。少女は手を洗い、目の前で着替え始めました。チクチクは女の子ですが、目の前の美女が着替えているところを見るのが申し訳なくなりました。チクチクは毛布に顔をうずくめて、着替え終わるのを待ちました。


「よしっ、それじゃあ一緒にお風呂入ろうねー」

「……!?ちょっ、ちょっと待って!」


少女はチクチクを抱えて洗面台に行こうとしました。

しかし、突然しゃべったチクチクを見て目を見開きました。


「えっ……喋れるの……?」


チクチクは全力で首を縦に振りました。

少女は首を縦に振っているチクチクを見て、しばらく固まっていました。


◇ ◇ ◇


チクチクは少女に自分がどう言う状況なのか、洗いざらい全て話しました。

もともと人間だったことは信じてもらえませんでしたが、喋れる不思議なハリネズミということは認めてもらえました。


少女は冒険者としてモンスターを退治して生計を立てている人で、まだ16歳の若い女の子でした。チクチクは少女に冒険者ギルドに連れて行ってもらう約束をして、その日はぐっすり眠りました。


次の日、目を覚ますと、チクチクはお風呂の中にいました。

びっくりして辺りを見回すと、鼻歌を歌いながら体を洗っている少女の姿がありました。チクチクは昨日なんとか一緒にお風呂入ることを回避したと思っていましたが、回避できていなかったのです。


お風呂でたくさん撫でてもらったチクチクは嫌がっていたことを忘れて、ご機嫌でお風呂から上がりました。少女が着替え終わると、朝ごはんのパンを食べて、ギルドに向かいました。


「ここが冒険者ギルドだよー」


少女の声で手からぴょっこり顔を出すと、目の前にれんが造りの大きな立派な建物がありました。


少女はギルドの扉を開けて、中に入っていきます。

チクチクは中の西洋のような建物のつくりを見て、ワクワクした気持ちでいました。


「アリサさん、ちょっといいですか?」

「あらリンちゃん、どうしたの?今日も依頼?」

「いえ、今日はこの子を登録しようと思って……」


チクチクは少女、リンの手から顔をぴょっこり出しました。

アリサさん、と呼ばれた受付員はチクチクを見て、目を見開いてチクチクに手を伸ばしました。


「可愛いー!!何この子ー!どこで見つけたの?」

「昨日道端でちょこちょこ歩いてて」

「やだー!可愛いー!」


アリサさんの声が大きかったのか、周りの冒険者がみんなチクチクとリンの方を見ました。そしてその場にいた全員、こう思いました。



か、可愛い……!!



心を奪われた冒険者たちはチクチクを撫でたり、手に乗っけたり、たくさん愛でました。チクチクは最初は嬉しかったものの、だんだんと疲れてしまい、途中から寝てしまいました。


そんなチクチクの寝顔も可愛いと冒険者たちは大盛り上がりし、とあることが決まりました。


「みんないいわよね?」


「「「「「明日からチクチクは冒険者のマスコットキャラクターだ!」」」」」


知らないうちにチクチクは冒険者ギルドのマスコットキャラクターに就任してしまったのです。それも、満場一致で。


◇ ◇ ◇


チクチクがマスコットキャラクターになってから、1ヶ月という期間が過ぎました。チクチクは冒険者ギルドにある食堂で、レジ係として働いていました。冒険者はチクチクがきてからというもの、推しに貢げるから、という理由でたくさん料理を注文するようになりました。


チクチクも最初は嫌がっていましたが、賄いでご飯がたくさん食べられること、お給料がもらえて、お菓子もたくさんもらえること、などたくさんいいことがあることから、だんだんと楽しく仕事をするようになっていました。


「お会計は銀貨一枚と銅貨八枚ですっ」

「チクチク、今日はグール討伐なんだ。応援してくれる?」

「がんばってねっ!」

「うぉー!!これは最高のドーピングだー!!」


チクチクはあれからたくさんの料理を食べて、たくさんレベルが上がっていました。しかし、まだ針は普通の針から進化した、ちょっと強い針。まだまだ、戦えるような強さではありません。


「たくさんご飯食べて、いつかとっても強い冒険者になるんだっ!」


チクチクはそう言って、手を上に突き上げました。


「いつまでもいてくれたらいいんだけどねぇ……」


料理長はそう言いながら、今日のチクチクの賄い、トマトリゾットを作り始めました。


チクチクは今日も、マスコットキャラクターとして働き続けるのです。


◇ ◇ ◇


「本当に可愛いわー、この子」


私はそう言いながら、テレビを消した。


「まさか、手違いで死んでしまった人をハリネズミに間違って入れてしまうとは思わなかったけど……まあ結果オーライかしら」

「どこがだい?」


頭を抱えながら、メガネをかけた男が近づいてくる。


「そもそも、君は手違いで人を殺してしまってるんだ。それに手違いでハリネズミって……君はどこまで愚かなんだい?」

「仕方ないでしょ。私だってやりたくてやったわけじゃないのよ。反省だってしてるわ」


メガネをかけたうざいこいつは、大きなため息をついた。

私だってこうしたくてやったわけじゃない。事故よ、事故。


「反省してる人は、ハリネズミの行動にナレーションしたりしないと思うのだけど」

「なっ……!あんたいつから見てたの!?」


こいつはメガネをクイッとあげて言った。


「最初からだよ」


私は恥ずかしさのあまり倒れそうになった。


◇ ◇ ◇


読んでくださり、ありがとうございました。

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