ひかりの輪郭

不思議乃九

【掌編】ひかりの輪郭

午後の公園は、砂埃を含んだ薄い膜のような光に満たされていた。

熱を保ちきれない男の皮膚のように頼りなく、どこか気怠い。

ブランコの鎖が、ときおり神経の末端だけを震わせる。

その微かなきしみ音が、この場所にまだ“風”という名の生が

かろうじて残っていることを告げていた。


ママたちは、一列に並んだ彫像のように立っていた。

互いの距離は近いのに、影は触れあわない。

背後の紙コップには、ぬるいコーヒーが沈黙したまま残され、

その温度だけが、失われた愛情の残り火のように

かたくなに均衡を保っていた。


言葉は安っぽい飾りだ。ここでは必要とされない。

それぞれの胸の底に、それぞれの地獄の重さが沈んでいる。

そしてその存在を知りながら、誰も掘り返そうとしない冷たい連帯だけが、

彼女たちをひとつの風景へと縫い止めている。


子どもたちは輪を描いて走る。

笑い声は軽く、地面を跳ねるとすぐ、粘度の低い空気に溶けていく。

一人の男の子が転んだ。

泣きそうな顔でこちらを見つめる。

母親は動かない。


「自分で来なさい」という月並みな道徳は、ここでは音にならない。

ただ、彼女の口元がわずかに、

“微笑”と呼ぶには冷たすぎる刃の輪郭をゆるめただけだった。


そのほとんど見えない合図を、男の子は本能の底で読み取ったのだろう。

砂を払い、自分と世界のあいだに交わされた

沈黙の契約を思い出したかのように、再び走りはじめた。


ひとりのママがスマートフォンを胸の前で持ち替える。

誰に送るあてもない写真が無音で数枚、空気の底へ吸い込まれる。

シャッターの気の抜けた擬音だけが、未来のどこにも届かないまま、

この午後の生ぬるい風景の底に沈降した。


影が伸びる。

子どもたちの軽やかな影と、女たちの重く歪んだ影とが、

地面の上で一瞬だけ重なり、すぐにほどける。

互いの秘密を守るように、静かに。


その一秒にも満たぬ接触を、女たちは誰も見ていない。

しかし見えない場所で、彼女たちは同じ了解に辿りついている。


——ああ、今日もこの退屈で、それでも決定的に必要な一日が、

“無事に”終わろうとしている。


ブランコの鎖が短く身震いした。

夕刻の風が、ようやく形を持つ悪意の温度へと変わりはじめる。

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ひかりの輪郭 不思議乃九 @chill_mana

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