現在地、世界の果て 時刻、世界の終わり
Q輔
〃
つい昨日まで閑静な住宅が立ち並んでいた丘の上に、あなたは座っていた。 風は冷たく、空は灰色。大地の吐息は聞こえない。
眼下に広がるのは、瓦礫と沈黙。崩れたビル。錆びた鉄骨。焼け焦げた道路。そしてかつて生物だった幾千の残骸。人々が笑い、泣き、走り回っていた町は、今やただの記憶の欠片だった。
あなたは二十歳でニート。これまで一度も社会に出て働いたことがない。大学にも行かなかった。部屋の隅でゲームをして、眠って、また起きて――ところが、昨日そんな怠惰な日々が何の前触れもなく終わった。
核の炎が空を裂いたのだ。
テレビもネットもご近所さんの声も、すべてが一瞬にして消えた。
でも、あなたは生き残った。あなたのお父さんとお母さんがこのような事態に備えて巨額の費用を割いて自宅の庭に設置した地下のシェルターに避難することが出来たからだ。いつものように仕事に出たお父さんとお母さんは帰らぬ人となったが……。
「ねえ、AI。まだ起動している?」
ポケットから取り出したスマホに、あなたは語りかける。
『はい。ここにいますよ』
その声はいつものように無機質で、しかしいつものごとく独特の温もりがあった。いつもとは違い過ぎる世界で聞くその音声に、あなたは思わず拍子抜けして笑った。
「えへへ。人類最後の一人が、スマホと会話をしてら。なんだか変な感じ」
『人類最後の一人? いいや、私がこうしてあなたとお話しているということは、私に電波は届いている訳ですから、現段階でこの世界にあなた以外誰もいなくなったと判断するのはいささか早合点かと』
「ふ~ん…そんじゃあ、少しだけ話相手になってくれるかい」
あなたはAIと話をした。昔見た映画の話。好きだったアイスの味。小学校の帰り道に見た夕焼け。誰もいない世界で、まるで仲の良いお友達と雑談をするみたいに。
あなたは昔のことを思い出す。お母さんが作ってくれた卵焼きの味。お父さんが夜遅く帰ってきて、黙って頭を撫でてくれたこと。大好きな友達と笑いながら歩いた通学路。
「ねえ、AI。君は、ボクのことどれくらい知ってるの?」
『あなたがスマホを使い始めた日からの記録があります。最初に撮った写真は夕焼けの空でした。最初に検索した言葉は「好きな人に告白する方法」。あなたが泣いた夜も、笑った朝も、私は覚えています』
あなたは目を伏せる。胸の奥がキュッとつねられたような痛みを伴い熱くなる。
「そっか…ボク、そんなこともしてたんだな」
『はい。あなたは、たくさんのことを感じて生きてきました』
南から放射能の風が吹く。どこか遠くで、崩れた鉄塔がきしむ音がする。
「ねえ、AI。ボクがこの世界で生き続ける方法ってあるのかな?」
『生きる可能性はゼロではありません。食料の備蓄はあと三ヶ月分あります。水は浄化装置で確保できます。電力は太陽光で供給されます』
「そっか…そんじゃあ質問を変えるね。僕が生き続ける意味ってあるのかな?」
AIは、少しだけ間を置いた。
『生き続ける意味があるか無いか、そんなことは生き続けて見なければ分かりません。ただし少なくとも私は、あなたが見上げる空、感じる風、思い出す記憶、それらすべてに意味があるように思います。あなたが今日という日を感じるために生きる、それは大変意味のあることです。何故ならあなたはこの世界の生き証人なのですから』
漆黒の空の雲が少しだけ裂け、懐かしい光が差し込む。あなたは緩やかに目を閉じる。科学の生ぬるい風が頬を撫でる。
「生き証人か……。悪くない。なんかカッコいい」
『あなたが生きている限り、あなたの世界に終わりは無い』
あなたは立ち上がり、くーっと背伸びをして、丘の上から広がる荒れ果てた世界を見下ろす。
「そんじゃあ、差し詰めボクの仕事は、この世界を見守ることだね」
『はい』
「……元通りになるかなあ……世界」
『時間はかかります。でも世界は再生する力を持っています。そして、あなたが生きている限り、あなたには、それを見届ける職務があります』
あなたは空を見上げる。雲の切れ間から差し込む光。この絶望的な景色に似つかわしくない太陽の光。おそらく希望と呼んで差し支えのない光。
「この世界をただもう見守る。それがボクの社会人としての初めての仕事だ」
あなたは照れ臭そうにそう言った。
『悪くない。なんかカッコいい』
AIがあなたをからかい、そして励ました。あなたはまたもや拍子抜けして笑った。そして二人は手を繋いだ。
現在地、世界の果て。
時刻、世界の終わり。
現在地、世界の果て 時刻、世界の終わり Q輔 @73732021
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