バックステージ 五景

SB亭moya

第1話 『人のいい』イケメン俳優


 古い劇場で勤務しています。


 それも、長い間働いていると、実にいろいろな「人」と出会います。

 イメージ通りの人。テレビやドラマで見ていたのとは全く印象が違う人、様々です。

 

 入られる劇団さんも千差万別と申しますか……

 若手、中堅、老舗の劇団。活動歴三十年の劇団もいらっしゃれば、まだ大学生の劇団も公演を打ちにやって来られます。


 この日の公演には、テレビ局がスポンサーについておりました。

 こういう場合は往々にして、セットも照明も派手に立て込み、外注スタッフ(舞台監督、音響、照明)の人数も多く、

何より、テレビをあまり見ない私でも知っているような俳優さんが出演されたりします。

 そのうちの一人のイケメン俳優さんは、日頃から『いい人』で有名なのは知っていましたが、もちろん我々は末端のスタッフ。

 役者さんと会話をする機会などありませんので、その人がいかに『いい人』なのかは知る術もありません。


 この日は舞台初日でした。我々にとっての舞台初日とは激務の日のことを意味しておりまして……大体、劇団並びにカンパニーの皆さんは、開場直前まで、照明の最終チェックだの、最後の調整が行われています。


 あと数分で開場。つまりお客さまを客席にお招きしないといけないのですが、

とてもまだ、そんな状態ではありません。


 例えば客席。こちらにはまだ、演出机やら、照明プランナー机やら、インカムと言って有線のトランシーバーといえばいいのでしょうか?

 それのケーブルが足元に這っていたりしています

 そんな状態から、開場までのわずかな時間で、言わば『劇団のリハーサル使用』の客席を、制限時間内に『お客様使用』に変えないといけない。

 わかりやすく言うと、お片付けをしないといけないのです。


 座組みによってこの時間は、一時間だったり、三十分だったり、十五分で終わらせないとならないこともあります。

 この日は私の記憶ですと、十分もなかったためにそれはそれは怒涛の片付けが行われていました。


 劇場中、あらゆる部署の人間が働き蟻のように散らばって、物を運んで片付け……お客様を出迎えられる状態にしないといけません。当然その蟻の中には私もいるわけです。


 私は正直、こんなギリギリまで悪足掻き(最終調整)なんかしよって。と、若干憤りを感じながら、片手には電工ドラム、もう片手にはマイクスタンドを持って、それらを舞台袖に片づけに行くところにございました。


 ふと、顔を上げると、私が向かっている舞台袖に通ずる鉄扉が閉まっていることに気がつきました。が、私は両手がふさがっている。

 

 ああ……ついてないなあ。と思っていたら……


 走ってこちらにやってくる足音が聞こえたのですね。


 え? と思っていたら、背の高く、男前で、テレビで見たことのある俳優さんでした。『いい人』で有名な、イケメン俳優さんです。


 そのかたが、わざわざ走って僕を追い越し、鉄扉を開けてくれたんです。


「あ、ありがとうございます」

 

 私が精一杯お礼を言った後の……その人の顔がいまだに忘れられません。

 テレビで見るような、爽やかな顔で少しだけ笑って、私に向かって真っ白な歯を見せて……


「とんでもない」


 と言ったんです。

 

 ズキューーーン!! でしたね。男の私が、男に惚れた瞬間でした。

 あ、これはこの人は、イケメンと呼ばれるわけだわ!! と心底納得したのを覚えています。



 その日以来、その俳優さんをずっと応援しています。

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