都市伝説の作り方教えます

雪嶺さとり

取材原稿(2025/06/03)

 これは私が在学中に起きた出来事です。

 


 お祭りとか行くらしいし、なんか妖怪とか面白そうだし。


 私が民俗学研究会に入ったのは、そんなふわっとした理由からでした。



 大学に入って数ヶ月ぐらいの時期でしたね。

 なんとなく興味を引かれて入った民俗学研究会だけれど、意外と充実していて楽しかったですよ。

 


 みんなでお菓子を食べながら民俗学について様々な議題を持ち寄り語り合い、時々地域の伝統行事を見学に行ったり。



 そんな感じでゆるくたのしく、という活動方針でした。まあ、今とあんまり変わりませんね。



 当時のメンバーは私と島先輩、千葉先輩、それと南川くんです。先輩たちは彼のことは南ちゃんって呼んでました。



 あ、島先輩だけはよく千葉先輩をチーバくんって呼んでました。




 はい、チーバくんはさておき、例の事件についてのお話でしたね(笑)

 



『都市伝説を作る方法について』




 えぇ、あれは凄まじい議題でした。

 今思い出しても、よくやるなぁって笑えますよ。


 ネットロアとは、いわゆるインターネットの掲示板から生まれる都市伝説や民間伝承を指します。



 八尺様とか分かります?あの、ぽぽぽって言う長身の女性の怪異の話。



 あと、きさらぎ駅とか。ひとりかくれんぼとかもありますね。異世界に行くエレベーターとか、ちょうど世代じゃないですか?




 南川くんはネットロアが好きでよく色々解説してくれてたんです。




 私も先輩たちもオカルト系の話は好きなので、幅広い民俗学の中でも妖怪や伝承にまつわる議題に偏りがちでしたね。



 もっと郷土料理とか方言とか、メジャーなところをやればいいのに、私たち妖怪の話ばっかりしてるもんですから、よくオカルト研究会に間違われてたぐらいですよ。



 え? 今も?

 あはは、悪しき伝統ってやつですかね。



 それで、都市伝説について、ですね。




 都市伝説がどうやって生まれるか、ご存知ですか?



 人から人へ、作り話が実際に起こった話として伝わって、それがどんどん広がっていくんです。


 いわゆる、友達の友達から聞いた話、という決まり文句です。



「口裂け女」や「トイレの花子さん」を想像してみてください。

 隣町の親戚の友達が遭遇した、とか、隣のクラスの友達のお兄ちゃんが目撃した、とかよく言われますよね?



 根拠の無い曖昧な形で生み出され、それが次々と伝播し、姿や名前を得る。



 存在するともしないとも断定しきれない、身近に起こるちょっと怖い話。そういうものです。




 そして、都市伝説の中でもネットロアは近年になって生み出されたものですね。



 匿名掲示板って分かります? ああいうネット掲示板の書き込みが元で生まれて、投稿者とのスレッドを続ける参加者たちの交流により共同で構築されていくんです。



 現在進行形で話が進んでいくので、単なる聞き手じゃなくて参加者として話に加われるんですよ。



 最近ではモキュメンタリー、なんてジャンルも生み出されてるんですって?

 名前がもきゅもきゅしていて可愛いから、最初、ホラーの話だって気づきませんでしたよ(笑)




 まあそういうわけで、私たちもいっちょネットロアを作ってみようかという話になったんですよ。




 そうです。架空の都市伝説を作って、それをばらまいて本物の都市伝説にしようとしたんです。

 



 発案は南川くんでした。

 私たちの大学を舞台にした怖い話を作って、SNSにスレッド形式で実況してみようっていう試みです。





 いやいや、あの時は、まさかあんなことになるなんて思いもしませんでしたよ……(笑)。





 都市伝説の内容はこうです。


 『A県にある某大学の5号館を22時30分に歩くと、異界に引きずり込まれる』っていうものです。



 なんでその時間かって? 警備員さんの巡回を回避出来る時間だからです。もっと遅くても良かったんですけど、終電なくなっちゃうので。



 まあ、忍び込むわけですからね、そりゃ苦労しましたよ。



 前もって警備員さんと仲良くなっておいて、バレてもお小言で済むレベルにまで準備しておくのは。

 チーバ先輩のコミュ力と、ご実家の和菓子のおかげですね。和菓子屋さんなんですよ、先輩の実家。



 そういうわけで、私たちは綿密なシナリオを作成し、都市伝説の演出を計画しました。



 それっていわゆる『釣り』じゃないか?



 ええ、『釣り』です。ネット民を釣り上げて、真面目に熱中してもらうのが目的なので。


 彼らが熱中し、スレッドに書き込んでくれないと完成しませんから。



 伝承は、聞き手がいなければ成り立たないものです。




 さて、どうやって異界に引きずり込まれるか、ですね。



 最初はエレベーターで異世界に行く方法を使おうと思ったんですけれど、既存のもののアレンジだけじゃつまんないじゃないですか。



 大切なのは大衆を惹きつける面白さと絶妙なリアリティ、そして専門知識が無くても楽しめる敷居の低さです。



 なので、分かりやすい形を選びました。



 大きな化け物が現れて、校内を引きずり回された挙句、異界に連れていかれる……要は殺されて、死後の世界に行く、というシナリオです。



 見た目で分かりやすくて、インパクトがある方がいいんじゃないかって最終的に決まったものですね。



 それで、島先輩が化け物のデザインを書いて、南川くんがスレッドの内容をあらかじめ作る、演出担当は千葉先輩で、撮影担当は私です。



 ちょっとした短い動画とかブレブレの写真を載せるんです。



 島先輩はBL同人描きだったので、かなりハイクオリティなのが出来ましたよ。日頃書いてるのがBLだとは思えないぐらいの怖いやつでした。

 


 あ、見たことあります?



 頭部が桜の木になってる人間のあれです。

 体は普通と見せかけて手足をやたら長くして、気持ちの悪い比率になるようにしましたね。



 あとはもうコスプレというか着ぐるみの要領ですよ。



 鮮明に映す予定はなかったので、クオリティよりも怖さを優先して衣装を作りましたね。


 実際の人間よりも大きい着ぐるみを作るんですよ。頭の上に頭部が来る、みたいな形で。



 桜チョイスなのはもちろん、桜の木の下には……ってやつですよ。私たち文学部だったので(笑)。



 アカウントは南川くんが大学とかゲームの話をする日常アカウントを持ってたので、それを使いましたね。


 新しく用意するとわざとらしいので、前々から使っていて、普通にフォロワーもいるようなものが良かったんです。


 南川くんは実質アカウントを捨てることになっちゃうので申し訳なかったですけど、本人はノリノリでしたね。




 それで、紆余曲折を経て我々は実行に移したわけです。



 これが当時のアカウントのスクショですね。順番に遡りましょうか。



『@mimatea_77 やばい課題終わんねぇー! 明日徹夜レベルで大学残らねぇと終わらないぞこれ!(2015/11/16 23:08)』



『@mimatea_77 限界大学生起床。二限飛んだ。つか新キャラのガチャ今日からかと思ってたのに明日からなのかよ(2015/11/17 10:25)』




 はい、いわゆる前フリです。平凡な日常を綴るんですね。



『@mimatea_77 やばいwww残って課題やってたら寝てたらしくて外真っ暗なんだがwww (015/11/17 21:26)』



 付いてるのは窓の外を撮った写真です。うっすら反射して南川くんのパーカーが写ってます。ここはあえて写しました。



『@mimatea_77 おいなんか自動ドア開かないんだけど。閉じ込められた?なんだこれ (2015/11/17 21:31)』



『@mimatea_77 え?ガチでヤバいんだが。渡り廊下のドアも封鎖されてんだけど。おい笑えねーぞこれ!(2015/11/17 21:33)』




『@mimatea_77 警備員さん?セコム?誰でもいいから助けてくれ。つか俺以外誰もいないのか?(2015/11/17 21:33)』




 この辺りからぽつぽつリプライが付いてきますね。



『@nt68hm9gjwy マジ?大丈夫か?とりま落ち着いて(2015/11/17 21:36)』



『@nekoudon 通報した(笑)(2015/11/17 21:40)』



 はい、この人たちは南川くんのお友達です。ちなみに、都市伝説の計画は彼らは知りません。



『@bbbpon どういう状況???非常口あるだろ (2015/11/17 21:41)』



『@mimatea_77 外に出られる入口が全部閉まってて、どこにも出られない。やばいかも。ちょっと、リプに状況繋げてくわ(2015/11/17 21:41)』



 ここからじわじわ拡散されて盛り上がっていくんですよ。



『@mimatea_77 桜の木? 光の加減かな、変なのが見えるわ。勘弁してくれ(2015/11/17 21:56)』



『@mimatea_77 待って、俺以外の足音聞こえる(2015/11/17 22:09)』



『@mimatea_77 誰かいるやばい(2015/11/17 22:12)』



『@mimatea_77 違う警備員じゃない。え?人だよな?(2015/11/17 22:13)』



 はい、ここで着ぐるみ状態の千葉先輩をupしました。



『@mimatea_77 なんだこれ(2015/11/17 22:14)』

 

『@nt68hm9gjwy 怖すぎwww(2015/11/17 22:14)』



『@11193848 なんか昔そういう幽霊でるとかって怪談なかったかな? サクラダさんとかいうやつ(2015/11/17 22:14)』



『@Wednesdayblue サグラダファミリア?(2015/11/17 22:14)』



『@mari_2014 聞いたことある!A県のN大で、桜田っていう生徒が殺されて、夜な夜な校舎を徘徊してるみたいな(2015/11/17 22:15)』



『@kvpj,(i'bd 昭和の事件が元ネタなんだっけ? こいつサクラダさんに殺されるんじゃねw (2015/11/17 22:15)』



 以下、サクラダさんについての情報が続きます。



 この方によると、どうやらこの大学にそういった怪談話があるらしく、リプの参加者たちの間で私たちの創作と怪談話が混合され出したのです。



 ええ、そうです。予想外の展開でした。



 ここで、この怪異はサクラダさんという名前を得たんです。




 ……そう、得てしまったんですよ。

 



『@mimatea_77 逃げてた。今何階かも分かんねぇ。走りすぎて足痛い。ちょっと休憩するわ。てかサクラダさんってなんだよ!(2015/11/17 22:16)』



 写真だけ事前に撮っておいて、家で投稿しているんじゃないかって?


 違いますよ。それじゃ、臨場感が出せません。


 ちゃんとこの場に全員いました。



 いやー……いたんですけどね。



 突然、急に千葉先輩が大きな声を上げて走り出したんですよ。


 なんの前触れもなく、いきなりです。



 私と島先輩と南川くんはスレッドを読んでいたので、そりゃもうびっくりしました。



 それで仕方なく千葉先輩を追いかけたんですけど、不思議なことに気づいたら全員バラバラにはぐれちゃって。


 ええ、おかしな話ですよね。



 暗いから島先輩の手を握って歩いていたはずなのに、気づくと全然違うものを握ってたんでよね。



 はい。


 桜の木の枝です。




 さあ、続きをどうぞ。

 



『@mimatea_77 千葉先輩と4階のB教室で会えました。ごめんみんな、これ全部釣りだったんだよ! なんか先輩すげー疲れてるから作戦中止!(2015/11/17 22:22)』



『@nnnnny なんだよ釣りかよオメーざけんな!(2015/11/17 22:22)』



『@ponponchiki 解散!うわー!!!見事に騙されたわ(笑)(2015/11/17 22:23)』



『@bbbpon おい、その写真に写ってるの千葉先輩じゃなくないか?(2015/11/17 22:23)』



 はい、最後の書き込みの彼は、南川くんのお友達です。



 千葉先輩のことも知っていました。



 彼には一体、どんなものが見えていたんでしょうねぇ。



 今となっては……。




 ああ、続きですね。

 どうぞ、最後までご覧ください。

 

『@mimatea_77 なんか先輩の様子がおかしい。早く来てくれ(2015/11/17 22:25)』



『@nt68hm9gjwy 大丈夫か?転んだ?(2015/11/17 22:25)』



『@nnnnny どうせこれも釣りだからwww (2015/11/17 22:25)』



『@mimatea_77 ぜんぶうそなんなだだれかたすけれ!(2015/11/17 22:28)』



『@mimatea_77 おれちがうたすけてたべないで(2015/11/17 22:28)』

 

 

『@mimatea_77 いたい(2015/11/17 22:30)』


 

『@mimatea_77 たすけて(2015/11/17 22:30)』



 これが最後のツイートです。


 私たちが見ていると思って、必死に書き込みをしたんでしょうね。



 残念ながら助けに行くことは叶いませんでしたが。


 @mimatea_77はどうしたかって?



 ああ、検索しても『このアカウントは存在しません』しか出てきませんよ。


 

 簡単に解説しますと、つまるところ、私たちは都市伝説を生み出すどころか怪異を生み出してしまったんです。



 姿があり、名前があり、特徴があり、そして大衆に知られている。


 条件は全てクリアしているんです。


 ほんと、インターネットって便利ですよね。情報の伝達速度が昔と全然違うんですから。




 私たちの失敗は、定義づけの対策をしなかったことなんですね。



 ええ、まさか本当にこんなことになるなんて。



 だって、サクラダさんなんて存在しない怪談話を書き込む人がいるなんて誰が想定します?



 うちの大学で殺人事件なんて起きてませんし、そもそも開校したのも平成ですよ。


 そもそも昭和に存在していないんですから、殺人事件なんて起こりようがありません。



 要するに、サクラダさんにまつわる一連の書き込みは全て架空のものです。

 


 私たちの演出ではありませんよ。

 


 いやぁ、一体誰が書き込んだんでしょうね……。



 まあ、こんな具合に都市伝説の作り方のプロセスは仮定できたかなと。


 唯一の収穫はこれぐらいですね。



 でも、意外とお手軽に出来るでしょう?



 よければ皆さんもやってみて下さい。

 きっと面白いことが起きますよ。



 もちろん、反論や新たな手法の提案もお待ちしています。


 結局、私たちは当初の目的からは逸れてしまったわけですからね。


 完璧な都市伝説の作り方、いつか誰かが完成させて欲しいものです。

 



 で、結局南川くんはどうなったかって?


 

 当初の計画通り、異界に行きましたよ。


 島先輩も千葉先輩も、そして、私も。



 では、今ここで後輩たちに取材を受けている私は何者か?

 

 あはは。


 いやだなぁ、それは自分で考えてくださいよ。


 学生なんですから、答えは自分で見つけなきゃ。




 最後に質問はあります?

 


 生まれた怪異はどうしたんですか――――ええ、もちろん。


 そのままですよ。

 


 だって、どうしようもないじゃないですか。



 名前付けちゃったし、消し方のマニュアルなんてどこにもありませんし。



 はい。その通りです。

 


 今も『サクラダさん』はこの大学にいますよ。





 ――――ああ、ほら。


 ――――――ちょうど今、あなたの後ろに。


 


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