第6話 喫茶店での告白
翌日。早乙女は泉崎と共に喫茶店に入店した。二人席で向かい合って座る。赤いソファ席はいかにも高級な感じがして、自分がすこしだけ大人になった気がする。
優美な動作でメニューをめくりながら泉崎は「ふむ……」と思案した。
「このお店は甘いものが豊富だから、どれを注文しようか迷ってしまうね」
そう言ってこちらにメニュー表を渡してきたので眺めてみると、確かに彼女の言う通りスイーツ類が豊富だ。チーズケーキにモンブラン、苺のタルトにアイスクリームもある。
けれど早乙女がいちばん心を奪われたのはパンケーキだった。
「僕はパンケーキにしようかな」
「ふふっ。私たちは気が合うね。同じこと考えてた」
好きな人と好みが合うのはいいことだ。
他のメニューに浮気せずにパンケーキを注文することに決めたのだが、ひと口にパンケーキといってもプレーンのものやフルーツが盛りだくさんのものなど、違いがある。
今度は早乙女が「むむむ……」と悩む番だった。軽く眉間に皺が刻まれる。
腕を組んでメニュー表と睨めっこを続けるが、なかなか決まらない。
泉崎が早く決めろと思われていたらどうしようと上目遣いで見つめると、彼女はニコニコと笑っている。
「迷っている時間も楽しいものだね。悩み続けてゆっくり決めるから、より満足した結果に辿り着ける」
「焦っちゃダメってことだね」
「人生の真理だよ」
フッと口元を綻ばせる泉崎はどこか得意げだった。
散々迷った末にどちらもフルーツパンケーキを注文した。
慣れないお店では注文するだけでも多少の緊張がある。
水を飲んで喉を潤してから、泉崎と向き合う。
彼女は胸の前で手を組み合わせて微笑し、穏やかな声で切り出した。
「私は、昔から劇団の男役に憧れていたんだ」
「その気持ちわかるよ。僕もかっこいい女の人って大好き」
相槌を打つ早乙女だが、『憧れていた』と過去形なのが気になる。
「舞台で輝く彼女たちのようになりたいと小さい頃に願ってから、脇目も振らずにレッスンを重ねて、この街に来るすこし前にオーディションを受けた。
結果は、不合格。身長が足りなかったんだ」
早乙女はハッとした。先日泉崎は自分の身長を高くないと言っていた。
その言葉の裏にはそんな意味が隠れていたのだ。
泉崎の組まれた手は微かに震えている。
「いや、身長だけじゃない。才能とか、色々なものが足りなかったんだと思う。
だから、嬉しかったんだ。君に『王子様みたい』って言われて、本当に嬉しかった」
「泉崎さん……」
「早乙女君が初めてだったんだ。
私に面と向かって王子様みたいだって言ってくれたの」
そうか。だから昨日、泉崎は泣いたんだ。
自分が最も欲していた言葉をかけられた喜び。
長年の苦労や努力が報われた喜びは、早乙女にとって想像しかできないけれど、計り知れないものであることはわかる。
「僕にとって泉崎さんは王子様だよ。いままでも、これからも」
「ありがとう」
泉崎の瞳が透明な膜で潤んでいた。
「ねえ、早乙女君」
穏やかな、耳に浸透する声で名前を呼ばれる。
「私と付き合ってください」
机に手を突いて軽く頭を下げられる。
今、泉崎はなんと言ったのだろうか。
あまりの衝撃で思考が追い付かない。
「いいいいい泉崎さんいま、なんて言ったの⁉」
「私と付き合ってほしい。君さえよければ、恋人になってほしい」
恋人。夢のような響きだ。自分はいま、最愛の人に告白されたのだ。
涙で視界が滲(にじ)み、はっきりと泉崎の顔が見えない。
涙を拭って、彼女に向き合う。
「本当に、僕でいいの?」
「君以外にあり得ない」
くすりと微笑む泉崎の顔はこの上なく美しい。
差し出された手を握る。
「僕も君と付き合いたい」
出会ってから、まだ一か月ほどしか経っていない。
それでも泉崎に惹かれる気持ちは本当だった。
これまでに感じたことのない心のときめきがある。
両想いになったふたりを祝福するかのように、パンケーキが運ばれてきた。
ナイフで切ってフォークで口に運ぶ。表面はサクサクだが、中身は雲のようにふんわりとして口の中であっという間に消えてしまう。
分厚くて食べられるか不安だったケーキは気づいたら、半分ほどが消えていた。
甘いものを食べながら、大好きな人と一緒に過ごす。
早乙女はこの日、自分は誰よりも幸せだろうと思うのだった。
おしまい。
【完結!】隣の泉崎さんが理想の王子様系女子すぎてドキドキする モンブラン博士 @maronn777
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