世界は僕を許すのか、僕は世界を許せるのか〜Walker‘s Dream〜短編版

歩上花太郎

第1話

僕の名前は歩上花太郎(ほのぼりはなたろう)。僕は自分を楽しんで生きたいんだ。それだけで誰かを壊すことになるなんて考えもしなかった。








1章(消せない希望)


靴に丸めた紙が押し込まれていた。「クズ」「消えろ」「ボケ」。書かれている言葉が稚拙であるほど屈辱的で、それが余計に僕を削った。


「誰だ、こんなくだらないことしやがったのは」。吐いた独り言は悔しさと怒りを余計に煽っただけだった。僕は足枷を着けたような重い足で歩きだした。




帰り道でクラスメイトの下野に会った。「てめぇ今日のアレ、なんだよ」体育のサッカーで僕がオウンゴールしちゃった件だろう。確かに自分でも「なんだよ」だと思う。


だから「えっ・・・」って困っているうちに足を蹴られて、そのまま「グズがよー」って胸倉を掴まれた。


やられそうって時に、通りかかった康介が声をかけてきた。康介は陸上800M走のエースで、明るく前向きで、誰にでも優しい。


僕は一緒にいる人に迷惑かけて敵を作る。逆に康介は皆に何かしてあげる余裕があって味方が増える。そうやって僕らの差は開き続ける。


下野は「うぜぇんだよ」と吐き捨ててどこかに行った。僕は助けられたことが悔しくて、ありがとうも言わずに立ち去った。






母と祖母をスルーして、僕は部屋に直行した。ベッドに倒れ込んだけど少しも安らがない。「上手くやれない自分の自業自得だ」そう言い聞かせるけど、重い気は晴れない。


僕は表面張力で溢れそうなグラスみたいになっていた。死ぬのは怖いけど、でも死なないと決めれないくらい終わらせたかった。結局、来週まで様子を見ることにした。


今日は先送りにしたけど他に選択肢がないのだから、多分来週は予定通りに来てしまう。苦しまない方法を探しておこうとスマホを手に取った。




近くの町で同い年の生徒が自殺したニュースが届いた。いじめを告発する遺書を残して自宅の裏庭で首を吊っていたそうだ。




「・・・・・これか」。僕は偶然にも自分の計画を外から見ることになった。「バカじゃないの」出てきた言葉は自分でも意外だった。


なんで死ななきゃいけないんだ。なんでこんな思いして、自分だけ未来を捨てなきゃいけないんだ。告発だって他人任せの復讐だ。自分を殺すくらいだったら−




奴らを殺してやればいい。




そう思った瞬間にキン!と音がした。


八方塞がりが解けて「選べる」と思えた。世界が鮮明になった気がした。




死のうって気は無くなっていた。




ニュースの彼が代わりに死んでくれたのだと思った。さっきはバカって罵ったけど、心の底からありがとうを言った。






翌朝、下野に会った。ニュースを見たのか僕に「お前は死ぬなよ」って言ったんだ。彼をバカにされた気がして腹が立ったし、僕が自殺したら自分もヤバいってビビってたのが透けて見えた。


「死なないから大丈夫」と答えたらホッとしてやがる。「自分を殺すくらいなら先にお前殺すから」。下野は「はぁ!?」とキレて見せたけど、どっかに行った。




勿論、殺したいわけじゃない。皆殺しは最低の一個手前だ。やつらの未来と一緒に僕の未来も捨てなきゃいけない。その点は自殺とそう変わらない。僕は生きて楽しみたいんだ。








2章(妥当な線引き)


最悪は殺してやることも止む無しとして、僕の適切な着地はどこだろう。それは過不足のない妥当なバランスの中に存在していると思う。


こちらが死ぬくらいなんだから、障害が残るくらいはいいよな。そんなこと考えながら僕は校内を歩いていた。




隣のクラスで自由奔放に振舞う女子を見かけた。彼女はクラスメイトの輪に好きなように入り、ケタケタ笑い、好きなことを言って、また別のグループに移った。


羨ましかった。僕にはできないことだったから。彼女の名前は咲子というらしい。いつか彼女の様になれたら。


僕は彼女をこっそり観察しに行くようになった。






しかし、程なくしてクラスが咲子と距離をとろうとしているのに気付き始めた。咲子は空気を読まず、話を遮り、白けさせ、そこで居づらくなると他のグループに移動していたのだ。


そんな咲子から距離をとる素振りを最もしていたのが日菜子という女子だった。


数日後、咲子がホームルームでイジメを告発したらしい。「リーダーは日菜子で、クラスはみんなグルだ。教育委員会にも訴えてやる」。日菜子は職員室に呼び出された。




咲子はフェアじゃないと思う。




周りに迷惑をかけているなら、嫌われたり避けられたりするのは自業自得だ。僕もそれで苦しんできた。でも、それには目を向けず自分の我儘だけを押し付けるのは弱者からの搾取だ。


キン!また音がして、世界が鮮明になった。






日菜子は毎日、担任と面談を義務付けられていた。「女同士仲良くしろ」と言われるだけだったけど、担任の立場も汲んで上手くやってあげようと思ったらしい。




クラスの対応が変わった。咲子を無視も避けてもいない。ただ「それ迷惑」と、きっぱり伝えるようになった。みんなそれが正しいと思った。


みんな生まれる前から平等じゃない。足が速いやつ、遅いやつ。頭が良いやつ、悪いやつ。全員違うのに平等にしようとするから、妥当じゃなくなる。


僕はクラスと同じ考えができたことが嬉しかった。それはみんなと同じように上手くやれているってことでしょ?






1ヶ月が経った。下野の件以降、僕は干渉されなくなっていた。僕からも干渉しない、ただの孤立。そんなでも、僕が世界で成り立っている気がして嬉しかった。




最近はグラウンド隅の芝生が日当たりも暖かくてお気に入りだ。


ドサッ。


少し離れたところに何か落ちた音がして、振り返るとうちの制服っぽい何かがあった。赤いものが僕の意識と周りの音を吸い取りながら、ゆっくりと広がっていく。


それは咲子だったんだけど、咲子に見えたんだけど、理解が出来なくて何が何だかわからなかった。僕が叫んだから他の生徒や先生が来たらしい。あと、ゴォオオォォって音が聞こえた気がするけど、よく覚えていない。






咲子は自殺で、机の中に遺書があった。警察が調査して、この一カ月で起きたことがわかってきた。


日菜子たちは咲子に文句を伝えた。ショックを受けた咲子はもっとみんなに声をかけるようになった。咲子のタイミングで。止まらない咲子に「せめてこれくらいやれ」って嫌な役回りを押し付けるようになって、それを上手くやれないと「使えねーやつ」というあだ名がついた。使えねーやつは腹いせでも食らえ!って嫌がらせが始まり、暴力へエスカレートしたそうだ。


下駄箱で楽しそうにゴミや画びょうを咲子の靴に詰め込む姿も目撃されていた。そいつらは「自業自得だからいいんだ」と笑っていたそうだ。




僕はあの世界を呪った時間を思い出した。咲子はあそこに居たんだ。僕はそれを自業自得で片付けていた。遺書に僕の名前はなかったけど、僕は日菜子達と同じ考え方が出来たことを喜んでいた。




遺書には


「生きているだけで迷惑だって、全部奪われた。みんなと楽しくしたかったけど、私には出来ない」


と書かれていたそうだ。




僕は自殺まで追い詰められたなら相手を殺したっていいと考えていた。仕返しする側の人間、それが僕の強さの根底だった。でも気付いたら、僕は仕返しされる側の人間になっていた。




振り返る中で、咲子がかけた迷惑の重さとイジメの重さが釣り合っていないことに気付いた。確かに咲子は迷惑をかけていた。でもそれで死にたくなるほど嫌な思いしたやつはいたのか?咲子は大き過ぎるワリを食わされていた。




相手に非があるからって何をしても良いわけじゃない。


キン!また何か音がして、世界が鮮明に見えた。




正義みたいな大義名分を持つなら妥当を越えない分別が必要だと思う。集団なら尚更だ。そこに自分の都合や願望がついでに紛れていないか。咲子はそんなものに飲み込まれてしまった。








3章(正しいこと)


久しぶりに父さんが帰ってきた。父さんの名前は歩上世慈(ほのぼりせいじ)。アスリート用の義足技師だ。


父さんは正しく、強く、曲がらない、厳しい人だ。いつも僕に「やりたいことをやれ」と言うけど、僕はまだそのやり方がわからないし、それを父さんに聞くことができていない。






少しずつ咲子は話題から消えていった。代わりが来週の陸上全国大会で連覇を狙う康介だ。


康介は最近「練習は嘘をつかない」って言葉をキャッチフレーズにして、学校も「みんなの応援が必ず康介君を支える」って、大劇場のアイドルになっている。




全国大会まであと3日と迫った頃、僕は康介の応援に行くことにした。昼は生徒がいっぱいだから、夜の自主練をこっそり。




グラウンドで康介が倒れていた。「びょ、病院!救急車!!」って、とっさに叫んだ僕の足を「ダメだ!!」って康介が掴んだ。


「頼む、何も見なかったことにして帰れ!」康介は必死だった。放っておけって、顔色も青いし下手したら死ぬんじゃないか?それを確かめようにも、康介に聞いたって「大丈夫」って答えるに決まってる。


僕は無言で走り去り、救急車を呼んだ。




康介はオーバーワークで疲労骨折とそれからの筋断裂、さらにコンパートメント症候群って難しいやつの一歩手前で、最悪は下肢切断まであったらしい。僕が救急車を呼んだことを悪く言う人はいなかった。でも康介は学校に来なくなった。






後日、康介と町で偶然出会った。康介は僕に気付いた瞬間「お前さえいなければ!死んでも俺はやらなきゃいけなかったんだ!!」と掴みかかった。


殴られるかと思ったけど、そのまま泣き崩れた。「こんなことお前に言える筋合いないのはわかってるんだ。でも・・・」康介は食いしばって地面を見つめた。


「うちさ、金がないから高校いけないんだ。陸上無くなったら俺の全部も無くなっちまう。親父がいつも褒めてくれるんだ。来年で終わりって思ってたけど、特待候補の話を貰えて、陸上続けられるって嬉しくて、めちゃくちゃ頑張れたよ」。


「頑張ってたらさ、学校でみんながスゲエ応援してくれるようになって、まぁ、あんなことの後だったからってのもあったんだろうけど、あんな応援されたら、やっぱ勝って返さなきゃいかんじゃん」。


「出たって勝てる訳なくても、それでも走らなきゃダメだったんだ」。


「・・・・・勝手なこと言ってゴメン。でも俺は足が無くなっても走りたかった」。




僕は康介を守るつもりで、彼の全てを折ってしまった。僕はまた上手くやれなかった。少なくとも僕は康介より幸せでいてはならないと思った。






家に帰ると父さんがいた。僕の様を見て、「座れ」って、何があったのかを聞いてくれた。


父さんがこんなに時間をくれるのは初めてだった。大事なことを最短で伝えてどこかへ行ってしまう人だから。僕は嬉しくて自殺したかった頃の話から今日までの全部を話した。




「そいつがどう考えようと、足を無くして幸せなやつはいないと俺は思う」。父さんは最初にそう言った。


「俺は子供の頃に左足を無くしている。今はそのお陰で飯を食っているが、足が無いことは俺の人生にとって重い枷だった。体を失うっていうのはそういうことだし、命っていうのはもっと重い」。


「でもそれは俺の人生でできあがった俺の価値観だ。だから足を失ってでも走りたかった康介って子を否定するつもりはない」。


「やりたいこととどう向き合えているか。それが人生で一番大事なことだと思う。それでいて、やりたいことを助けるばかりが相手にとって良いことだとも限らない。だから相手をよく知らなくちゃいけない」。


「つまりは、自分が決めろ」。


「そいつにとって何が一番いいか考えて、そいつの為にやりたいと思えることをやれ」。




伝えてくれたことが凄く大切なのはわかるけど、僕はどこまで意味がわかっているのだろう。


少なくとも僕は康介の何も知らずに関わった。選べない偶然だったかもしれないけど、そんな僕が康介の運命を決めた。僕は相応しくあれただろうか。それが出来ていたら僕も悔やまず前に進めていたかもしれない。




やるべきことをやるために、相手を知ることの大切さを知った。


キン!僕の中でまた何か音がして、世界が鮮明に見えた。




「おい、花太郎」父さんが何かに反応した。父さんは少し考えて「今から信じられないようなことを話す。でもお前の経験に説明がつく話だ」と前置きした。


「うちの家系は時々変なことが出来るやつが生まれる。実は俺やじいちゃんもそうだ。俺は微細な電気信号で人体と物体をリンクさせる能力があるらしい」。


へ???


「俺の義足が評判なのはそれが理由だ。詳しいことは俺もよくわからん。じいちゃんの方が詳しいからじいちゃんに聞け。でも、多分お前は気付きを他人に共有する能力を持っている」。




翌朝、「何かあったら連絡しろ」と一声残して、父さんはまた出かけた。








4章(暴走)


じいちゃんは歩上日出之(ほのぼりひでゆき)という。賢い人だけどひねくれ者だ。来客は多いみたいだけど、家に籠って何をしているのかはわからない。「世の中には役立たずが多すぎる。いつか蛆虫スペースコロニー作ってぶち込んでやる」がじいちゃんの口癖だ。






SNSで日菜子の妹が咲子事件の主犯の妹だって炎上していた。なのに日菜子本人は無事で、妹だけが燃えていた。僕はその奇妙な状態と、父さんが教えてくれたことを最悪な仮説に組み上げてしまった。


もし、僕の能力で日菜子に向かう過剰な反応が抑制されていて、僕の能力が届いていない妹だけが炎上しているのだとしたら。


それは、咲子の件で僕が日菜子たちと同じ考えをしたんじゃなく、日菜子たちが僕の考えに影響された、つまり咲子を追い詰めた真犯人は僕という可能性に繋がる。




僕は青い顔をしてじいちゃんの家に向かった。一応ピンポンを押したけど、反応を待たずにドアを開けた。


奥から出て来たじいちゃんは不機嫌そうに「今、客が来てる」と言いかけて、僕の顔を見て「少しだけなら聞いてやる」と来客に断りを入れてくれた。






じいちゃんはまず、歩上家が国に保護されている特殊な立場だということから説明してくれた。理由はたまに能力者が出るから。


能力には個体差があって、歩上家では基本的に「理解して繋げる」能力になる。父さんは人体と物質を繋げる能力で、義足に利用している。じいちゃんの能力は「能力のマッチング」。理解した能力者の作用を組み合わせて相乗する能力で、来客が多いのはこのせいらしい。


僕は「自分の理屈を他人と繋げる」能力みたいだ。洗脳に近いとも言えるけど、共感のない相手には何も影響しないらしい。




最後に咲子の件に僕が影響していた可能性について「否定はできない。可能性は高い」。じいちゃんは気を使ってくれたけど、クロってことだ。




でも、能力があるなら何か償うことが、日菜子たちの為にできることはないか。そう考える中で康介を思い出した。良かれと思っても、このまま相手を知らず関わりたくない。


ただ現実では、妹どころか日菜子とさえ面識がない。僕が突然前に現れて経緯を説明したって頭のおかしいやつにしか見えないだろう。謝ることすらできない。




じいちゃんは片眉を上げながら僕を見つめて「まぁ、好きなようにやってみろ」って煙草に火をつけた。






それから僕は自分をストーカーと皮肉る生活を送った。二人のSNSを監視し、裏垢を探し、尾行もしたけど、そんなで成果なんてあるわけなくて、焦りだけが募った。






遂に姉妹の自宅が特定され日菜子のアカウントも流出した。日菜子にも彼女を知らない不特定多数からの無責任な刃が一斉に届いた。家に貼り紙や落書きもされた。僕は更に焦ったけど、できることが見つからなかった。


せめて貼り紙を剥がそうとした時、偶然日菜子と鉢合わせた。次の瞬間、貼り紙を手にしたままの僕の胸倉を鬼の形相の日菜子が掴んだ。「いい加減にしてよ!!どんな気持ちであんたたちは奪うのよ!!」何か言おうとしたけど何も出なかった。悲しみと混乱が僕を埋めて、世界が歪んでいく。


グチュッ。世界が潰れた音が聞こえた。






別の大きな衝突音がして我に返った。振り返ると車が事故っていた。隣の歩道で、晴れているのに「急に雨かよ!」と走るおっさん。その小汚いおっさんに「ママ!待ってよ!!」と叫ぶ男児。電信棒にむかって「これからショウタの大好きなアイスクリーム屋さんに行こうか!」と微笑みかける女の人。


次第に音が重なって聞き取れなくなった。気付くと目の前で日菜子が僕を呆然と見つめていた。


「え??咲子?!」グワングワンするけど、日菜子は確かにそう言って僕を抱きしめた。なんで僕を咲子っていうんだ???日菜子はごめんなさいと泣きじゃくっている。




僕は怖かった。また何かやらかした。そして強烈に理解した。


「もう何もしちゃダメだ」。


ガギン!!これまでにない大きな音がして世界が真っ白になった。




視界が戻ると、日菜子が夢遊病者みたいに家に入るのが見えた。


他の人達もみんな無気力になっていた。事故車の運転手もボーっとしていた。大きな怪我はなさそうだけど、明らかに異常だ。取り敢えず119番だけして、僕はじいちゃんの家へ駆けだした。




じいちゃんは家の前で苦い顔をしていた。走ってくる僕を見つけ「マズいな」と呟いた。








5章(許し)


何が起きた?その時の周りは?それで何をした?どう思った?こんなことなかったか?とにかく、根掘り葉掘り質問された。




「だいたいわかった」。日が暮れた頃、じいちゃんは大きなため息をついてタバコに火をつけた。


「お前、ここに来る途中に町を見てきたか?みんなボーっとして無気力になってただろ。何もしちゃいけない、ってお前の思いがシンクロしてそうなったんだ」。


「その前のカオスなやつはお前の混乱が能力を暴走させて人の識別を狂わせたんだろう。そっちの範囲は局所的みたいだが、無気力の方は町中に効いてるみたいだ」。


「もし識別誤認の方が広範囲だったり、もっと長い時間で作用してたら、数えきれない死人が出ていたはずだ。その意味では、お前が町を止めたのは正しかった」。




「何にせよ問題はこの状況をどう解決するかだ。結論を言う。お前が自分を許して、それをシンクロで飛ばして無気力を上書きしろ」。




僕は呆然とした。「許せってどうやって??」まぁ、そうだろなって顔してじいちゃんは「こればっかりはお前が自分で考えるしかない」と言った。






そもそも許すということは妥当の範囲に収まることだ。自分の出したマイナスと等しいプラスを生むか、等しいマイナスを受け取るか。とてもじゃないけど僕が生きていける余地なんてない。


でも僕が死んだら能力は解除されるのか?そして町の人たちにとって、知らないところで知らないやつが死んだって、何か嬉しいことあるのか?自分を罰することって本当に相手が喜んでくれることなのか?


いや、今後も僕が生きて何かすることでみんなに迷惑かけることが問題なんだ。だから僕は生きていちゃいけない。


死ななきゃいけない。


「お前は前に進んでいるよ。一つずつ学んでいる」。じいちゃんがボソっと言った。


一つずつ学んでいる。でもその過程で不幸になった人がいる。僕が生きることを許すということは、その人達を「運が悪かった」で片付けることだ。


仮に僕が世界中の人を幸せに出来る何かを発明したとして、その為に勝手に犠牲にされる人がいたとしたら、世界中の人は僕を許しても、その人は僕を許さないだろう。


「それは何ともならんことだ」。いつのまにか父さんが座っていた。


「生物は他の生命を摂取しないと生きられない。俺たち生物が勝手に生死という概念を作ったが、世界では反応と循環でしかない。植物が地面から養分を吸い上げるようにな。地面の養分は生物が土に還ったものだ」。


誰かが生きる限り、どのみち誰かが犠牲になる。何ともならんことだから、それが恨みっこなしの世界の真理だから、みんな一生懸命に生きるのだろうか。


「で、お前は何がしたい?」


自分を楽しんで生きたい。自分が何を感じるか、何をしたいか、その全てが生きることを輝かせる。でも、それは僕に許されない。諦めるしかない。




諦める?




誰も「何とかしよう」と思わなければ、これからもずっと何ともならんままだ。僕も世界も。それで良いのか!?




前に進もう。犠牲の重みを知っている僕だから諦めず進むんだ。何とかしてやる。僕は楽しんで生きたいんだ。


ギィン!!!!!鋭い大きな音が鳴り響いて世界が鮮やかになった。








6章(Walker‘s Dream)


町は元に戻っていた。約一日の機能停止でトラブルは色々あったけど、その辺は国が上手く誤魔化して隠してしまった。医療施設も含めて幸い死人は出なかったらしい。




徹夜だったのに目がさえて、僕は町を歩いていた。


未明の暗い町は下駄箱から重く帰ったあの時と違う景色で、日が昇った朝は「お前を殺す」って怒ったあの時と違う景色で、動き出した町並みは誰かに申し訳なくて居場所のなかったあの時と違う景色だった。


ここにある人も物も何も変わっていないはずなのに全てが鮮やかで、僕を否定するものが見つからない。僕は今まで世界と自分を切り離していた。今は理解することで繋がれた気がする。


僕は世界を好きになっていた。根拠がないけど、僕はもう誰かを深く傷つけない。また失敗するかもしれないけど、その重さを背負って必ず前に進む。世界がもっと上手くいくように。かつて足枷を引きずった僕の足は、地面を力強く蹴れるようになった。




日菜子の家の前も通りかかったけど何事もなくなっていた。それと日菜子と家族が貼り紙を剥がしたり、落書きを消したりしていた。


日菜子が僕に気付いて駆け寄ってきた。怒鳴られるのかと思ってビクっとしたけど「昨日はごめんなさい。もしかして貼り紙を剥がしてくれていたんじゃ」って。






帰って寝て夕方に目が覚めて、じいちゃんから呼び出された。


じいちゃんの家に父さんもいた。「お疲れさん」と掛けられた声はこれまでと少し違った気がした。


じいちゃんはニヤニヤしていた。父さんはめんどくさそうにしていた。この配置パターンを何回か見たことがある。じいちゃんが悪企みを思いついて、父さんが付き合わされてる時だ。




「思いついたんだけどさ、世界を変えちゃおう」。スケールについて行けなかった。父さんは何か思い当たる顔をしている。


「これ、本気の話な。花太郎、お前は凄く成長したと思う。能力抜きにしても、これから凄い奴になる」。


「でさ、世の中にはどーしよーもない蛆虫みたいなやつらいるじゃん。だから花太郎。お前さ、シンクロもう一回やって。んで世慈、お前はそこにあるパソコンてかネットと繋いでくれ。俺が花太郎の能力と世慈の能力を繋ぐ。そしたら花太郎のシンクロは世界中に届く」。


「凄くねぇか?蛆虫いなくなるんじゃね?なんなら、そいつらが作った蛆虫スペースコロニーに俺も入れてもらうことになるかも知れんじゃん。マジでワクワクしてんだけど、俺」。




とんでもないことを思いつくジジイだ。世界征服みたいな規模の話に僕は呆気にとられていた。


「考えてみれば悪いことじゃないかもしれないな」と父さん。いや、あなたがこのジジイ止めないと!


「何をシンクロで飛ばすかはお前に任せる。多分悪いことにはならん」。父さんが僕を認めてくれていて、こっちにも呆気にとられた。父さんにそう言われると戸惑いながらも頭の半分で何を世界と共有したらいいのか考え始めた。




今まで沢山の失敗をしてきた。そしてひとつずつ学んできた。確かにそれを世界と共有したらどのくらいかわからないけど、世界はマシな方向へ寄る気がする。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。


父さん、じいちゃん、咲子、日菜子、康介。みんなの顔が浮かぶ。




「相手の大事を大事にした上で、最大限に自分らしく、やりたいことやる!」




父さんとじいちゃんが顔を見合わせる。僕も、これだ!って手応えで世界と太く繋がれた感覚がしていた。


「悪くないな。ちょっと長いけど」。じいちゃんが茶化してくる。




「ありがと。でもね、だから世界に飛ばすの、やらない」。僕は迷いなく言った。


「あ?」じいちゃんが怪訝な顔をする。父さんは「あぁ・・・。まぁ、そうなるな。お前がそう決めたなら、それでいい」って言ってくれた。


「歩く早さってみんな違うっていうか。どんなことを感じたり考えたりして、その人の結論に至るまでの経験がすごく大事なことだと思うんだ、その人にとって。少なくとも僕にとってはすごく大事だから、能力ではやらない」。


「あ~!つまんねぇ!!」と部屋を出ていくじいちゃんは薄っすら笑ってた。






でも僕は思うんだ。能力でそんなことしなくても、みんながそう考えてくれる時が来たら、きっと世界は今よりもっと上手くやれる気がする。


だから『君がそう決めたのなら』、僕はそれでいい。


諦めずに歩き続けよう。

澄み渡る空、その向こうに僕は小さな光を見る。


FIN

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世界は僕を許すのか、僕は世界を許せるのか〜Walker‘s Dream〜短編版 歩上花太郎 @HanataroHonoue

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