とある男性の休日

とある男性の休日

　出汁（だし）を取（と）ろう。今日（きょう）は休（やす）みの日（ひ）なんだ。まとまった時間（じかん）の取（と）れるこの機会（きかい）を決（けっ）して逃（のが）してはならない。それも鰹（かつお）と昆布（こんぶ）の合（あ）わせ出汁（だし）だ！ふふ、みっともなく興奮（こうふん）してしまった。

　まずは汚（よご）れを落（お）とすために固（かた）く絞（しぼ）った濡（ぬ）れ布巾（ふきん）で昆布（こんぶ）の表面（ひょうめん）を軽（かる）く拭（ふ）く。「水洗（みずあら）いすればいいじゃないかどうせ湯（ゆ）に入（い）れるんだから」というのは素人（しろうと）だ。そんなことをしたら汚（よご）れとともに旨味（うまみ）も落（お）ちてしまう。あくまで軽（かる）く、そして優（やさ）しくだ。

　それから水（みず）をはった鍋（なべ）に入れる。湯（ゆ）じゃぁない。いきなり湯（ゆ）に放（ほう）り込（こ）むのもまた素人（しろうと）だ。昆布（こんぶ）は水（みず）につけることで旨味（うまみ）成分（せいぶん）が溶（と）け出（だ）す。それもゆっくりとね。だから三十分（さんじゅっぷん）はこのまま置（お）いておく。この間（あいだ）にこれから取（と）れる出汁（だし）を使（つか）って作（つく）る料理（りょうり）を考（かんが）えておこうかな。

　よし火（ひ）にかけよう。火力（かりょく）は弱火（よわび）から中火（ちゅうび）だ。いきなり最大（さいだい）火力（かりょく）にしてしまうと旨味（うまみ）が出（で）ない上（うえ）に臭（くさ）みが出（で）てしまう。水（みず）から始（はじ）めて沸騰（ふっとう）直前（ちょくぜん）がピークここで昆布（こんぶ）を引（ひ）き上（あ）げる。

　しかしここまで丁寧（ていねい）にやっても少（すく）なからず臭（くさ）みは出（で）てしまうのでこれを沸騰（ふっとう）させて飛（と）ばしながら鰹節（かつおぶし）を入（い）れるベストな温度（おんど）まで持（も）っていく。

　沸騰（ふっとう）したら火（ひ）を止（と）めてから鰹節（かつおぶし）を入（い）れる。火（ひ）をつけたままだと鰹（かつお）の香（かお）りまで吹（ふ）き飛（と）んでしまう。そして二分（にふん）経（た）ったら布巾（ふきん）を敷（し）いたザルでゆっくりと濾（こ）す。

　鰹（かつお）と昆布（こんぶ）の合（あ）わせ出汁（だし）の完成（かんせい）だ！うん、とてもおいしい。大満足（だいまんぞく）だ！ありがとう鰹（かつお）と昆布（こんぶ）！ありがとう和食（わしょく）の先人（せんじん）たち！

　それにしても昆布（こんぶ）を水（みず）に浸（ひた）している間（あいだ）に献立（こんだて）を考（かんが）えてみたが何（なに）も思（おも）いつかなかった。三十分（さんじゅっぷん）もあったのにどうして————。

　っ、そうか！僕（ぼく）は料理（りょうり）をしたことがないんだった！

　その後（ご）、彼（かれ）の姿（すがた）を見（み）た者（もの）はいない。