群島諸国
プゴ吉
第1話
ランドセルを背負った少女、海里はマンホールに落ちた。 次に目を開いたときには自然豊かな景色が広がっていた。 ふわりと着地させられた彼女は、この不思議な状況を知るために周囲を探索し始めた。いつの間にかランドセルを失くしている。
一方、冒険者であるゾイヨンはある人物から受けた依頼を達成するために、森の中を捜索していた。
海里はというと、建物を見つけていた。鉛筆を立てたような形の木造建築である。
木の陰から音が聴こえたので、彼女は身構えた。
半年後のことである。
ほとんどの生徒が帰り、静まり返った部屋、
均等に並んだ机には均等に光が差し込む。
海里はある机に惹かれていた、異様な机である。正確には机を埋め尽くしている物々が異様である。彼女にとって少し馴染みのある本が数冊、そうでない木片や石などのガラクタ、大きいものでも手のひらに収まりそうなサイズである。あとはペンのような道具が数本、何に使うか想像するのが楽しそうだ。とにかく机の主は何かを作っているようであった。
「何を作ってるんだか?」
問いかけたが机の主は、その手を止めず、その目をこちらにはやってくれなかった。
机の前に立ち見下ろすと白いつむじ、もう少し目線を下に落とすと魔法陣。
「魔力を風に変換する魔法陣?こんなに小さいのは初めて見た、簡素すぎて威力が足りない。扇子で仰いだほうがまだいい」
思ったことを口にした。
「そんなことはわかっている、君、名前は?」
ようやく目が合った、白い頭だからよく映える鮮烈な赤は美しい。しかし、海里は冷たい視線を返していた。この日編入してきた彼女は確かに自己紹介していた。
「それはこっちの台詞だ。一時間ほど前に名乗ったはず、先に名乗るべきは君の方では?」
彼もまた彼女と目を合わせていたが、今の言葉で少し逸らすことになった。一瞬だけ気まずそうに窓に目をやり、息を吐く。逸らした視線を戻すことにした。
「それはすまない。僕はポラリス。もう一度、僕のために君の名前を教えてもらっても」
大げさだ。でもまあ及第点、とでも言うように見開いた目を緩めた海里は、仕方がないと言わんばかりに頷いた。
「私は海里。よろしくポラリス」
(許しを得た、これで対等だ。僕からも質問できる。)
「こちらこそよろしく、それはそうとあちらの世界から来たはずの君がなぜ魔法を?それにまだこちらのことについて学んでいないはず」
「こっちに来たのは半年前、ある人に世話になっている。その人から色々と教わっている」
「魔力の扱いや、魔法の使い方、それに魔法陣の解読も?」
「そうだね」
少し声色がいい、きっと楽しい思い出なのだろう。
「その人は魔力を直接扱えて、ある程度知識があると、その人は君の先生というわけか」
「師弟制度?とやらのね、色々あって彼とは師弟関係にある。きっと今頃冒険者ギルドで仕事でもしてるんじゃないか」
「彼と同居をしているのか、確かに冒険者にも優秀な者はいるからね」
「いや、同居はしていない。」
少し悩んだ様子を見せた、あれをどう表現していいのか迷ったのだ。
「私は、ある高貴なお方といえばいいだろうか、彼の別荘を借りている。けど、師匠とは毎食共に摂っている。ポラリス、君は?」
(高貴なお方はギルドでは働いていないだろう。彼女のいう師匠と高貴なお方は別人。別荘を持っているような人間はそう多くはないだろう。もしかしたら)ポラリスは考えた。それに、そうでなくとも問題はない。
「あそこに屋敷が見えるかい?森の中、あそこが僕の家だ。ちなみに魔法に関しては蔵書を読み漁っている」
閉じた本で窓を指す。
確かに、窓の半分を占める森の中には確かに白い建物が見えた。
「見た目だけでなく、家までもいいところのお嬢様って感じなんだな。ここまでくると逆にいいね。」
人の容姿にあまり感想を抱かない海里であるが大きい瞳に繊細な睫毛の束。輪郭も小さく丸い。美少女と言っても差し支えはない顔であると判断した。
ポラリスは怪訝な顔をしたが、海里は気づかなかった。
「それで、何を作ろうとしているんだ?」
「設計図は家に置いてきた」
「今から取りに行くことは?」
「できない。明日まで待つという選択肢はないのかい、君」
満更でもない様子である。
「仕方ない、今すぐ君の立派な家に乗り込んで見たいところだが、あいにく一時間後には師匠と会ってないといけない。」
海里は背にある時計を親指で指した。
秒針は舌打ちをする。
「何に使うか予想しておこう」
「合ってたら、そうだな、僕の助手にしてやってもいい」
「偉そうだな、まぁいいや。じゃあ明日。設計図忘れないでね」
「君の方が偉そうだ、また明日」
ポラリスは紙を数枚綺麗にたたみ本に挟んだ。鞄に数冊本を丁寧に入れたあとは雑に机の物々を鞄に放り込んだ。
誰もいない教室。均等に並んだ机は均等に影を落とす。
海里はある洞窟の前に立っていた。
オレンジや赤紫、淡い色が層を成し、サーモンピンクとクールグレーの影の入る雲が昼の終わりを告げていた。
洞窟なのに扉がある。そうだ、ここは彼女の師匠の家である。
海里は解錠方法を知っていた。一見ただの魔法陣に見えるが、そのまま魔力を流すだけでは開いてはくれない。非常に性格が悪いと言えよう。
彼女の師匠、ゾイヨンらしい錠前である。
最初こそ苦戦していた海里だが今はもう手慣れた様子で鍵を開ける。
「遅かったな、授業が終わってから時間がだいぶ経ったはずだが。何か問題に巻き込まれたのか?でなければ何か問題を起こしたのか?」
「悪いね、師匠。問題は問題でも起こした訳でも巻き込まれた訳でもなく貰ってきた。」
「ん?。それで…なんで遅れた?」
「同級生と話していた」
ゾイヨンは眉をひそめた。
「失礼だな、そんなに驚くことでもないでしょ」
「カツアゲでもしていたのか?俺は黙認するが」
「咎めるべきだ師匠」
「問題というのは?」
「魔法陣」
「勉強熱心な優等生か、感心だな」
「そうでもない、人には興味を持っていない感じだ。そういう意味では師匠に似ているかもしれない。」
「じゃあ、類は友を呼んだんだな、きっとお前に似て生意気なガキだ。俺に紹介は不要だ」
石灰石の柱と水が滴り落ちる音、いくつかの照明がついているが匂いに関しては一般的な家庭そのものであり。海里の食欲は掻き立てられている。
香草のようなもので味付けされた肉、固そうなパン、細かく刻まれた野菜のスープ。
匂いと同じように味は美味しいのだが、舌が痺れることもある。
海里はパンと肉の乗った鉄板を、ゾイヨンはスープの入った片手鍋をもって敷かれた魔法陣に乗った。
ゾイヨンは魔方陣に魔力を流し魔法を発動させ、転移した。
行き先は海里の家である。
ゾイヨンの家にはまともな食器がないのだ。
群島諸国 プゴ吉 @pugokiti
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