第2話 面会
面会室の前についた時、男性看護師は無言で左手を掲げなおした。分かってますよ、ハイハイ。私はテレパシーでそう伝えてから、面会室に入る。テレパシーが使える時点でおかしいのは突っ込まないでほしい。
「きっと、久しぶり、なんだろうね?」
私は部屋の扉を開けながらそう問いかける。すると、面会室では男が一人、ソファーに座って水筒を煽っていた。
「一応、意識が復活する前日には見舞いに来てたよ?」
そう笑いかけてくる男の顔に見覚えはない。だが、異様なまでのオーラがあって、すごく話しづらい。まぁ、一応、看護師の反応を見るに彼は私にとって大切な人らしいので、愛想よく対応しておくが……。なんだ、この妙な威圧感は。
「そうなの。じゃあ、目が覚めたら色々忘れているって聞いてショックだったんじゃない?」
そう尋ねると男は水筒を置きながら、苦笑する。一挙手一投足がとても華麗だ。指の動きや呼吸の仕方がやけに色めかしい。
「美遥は最近まで”消失事件”の真相を追っていたからね。いつかは敵に一杯食わされると思ってたよ。だから、案外、動揺しなかったかな。ただ、実際に名前すら呼んでもらえないのを見ると、少し寂しくなるね」
静かにそう答える男に私は「ごめんね」とだけ言う。残念ながら、まだ、彼のことを思い出せそうにない。むしろ、無意識領域で何かしらのアラートが発されているあたりからするに、思い出さないほうがいい気がする。
「ねぇ、”消失事件”って何なの?」
扉を閉じながら、話題を変えるように私がそう尋ねると、男は苦笑する。
「本当に覚えていないんだな。”消失事件”はな、一部の人に強い思い入れのあるものが突然消えるだけじゃなくて、歴史上から消えてしまう事件だ。例えば、結婚したはずなのに指輪が無くなっていて、旦那だと思っている人間に声を掛けたら『なんで同棲してるんだっけ』と言われた、みたいな。旦那からはどうとも思われていなかったんだな、って感じると同時に結婚関係が歴史上から消えてしまうから事務的な手続きなどの帳尻が合わなくて路頭に迷う人が続出してるんだよ」
扉の前から動かずに、私は首をかしげる。
「まーた、意味の分からない事件が起きてるね。恐竜の復元自体もおかしいって聞いたけど、それ以上に意味不明じゃない」
私の言葉に男は「そうなんだよ。だから、美遥が動いた」と答えた。そして、私の記憶が消えているということはつまり、私は負けたということだろう。
「そうねぇ……。とりあえず、その事件の解決は記憶が戻らないとできないだろうから、一度放置しておくとして、私はこれからどうしたらいいのかしら?」
そう尋ねると、男はもう一度、水筒を手に取った。
「まずは座ったらどうだい? 逃げる気満々で扉のところに居られたら話しづらいよ」
核心を突くようにそう言われて、私は戸惑った。だが、こういう時は案外、突撃すると解決することが多い。パワーこそ全てだ。
「ごめんね。あなたって何者?」
核心を突き返すと男は思わず高笑いした。そんな彼におびえていると、彼は自信たっぷりに言う。
「残念ながら、僕はただの一般人だよ。世界のスーパーヒロインに見初められた、特別な君に普通の幸せを与える存在、かな」
その言葉に私は嘘を感じ取った。だが、直感的な勘なので何が嘘なのか指摘できない。
「何て呼べばいい?」
私の言葉に男は「高藤岳(たかとう・がく)。美遥が呼びたいように読んでくれて構わない」と返してきた。私は警戒するように「高藤、さん」と言うと「あんなに仲良かったのに、マイナスからやり直しか……」と高藤は呟いた。落ち込んでいるようだが、私はとても彼に心を開けそうになかった。
「記憶を失う前、初対面の時って私はどんな反応をしていたの?」
その言葉に高藤は「幼馴染だからな。気が付いたら一緒にいたよ」と返す。彼の言葉を信じていいかは別として、そうだったのなら私のことを良く知っているはずである。
「とりあえず、私は超能力が使えるみたいだけど、昔の私はどんな感じだった?」
すると、高藤は苦笑する。
「美遥はすごく賢かったし、優しかった。だから、信じた人間のことを裏切るなんてありえなかったし、強かった。だから、多分、だけど。君が元に戻りたいと願えば、記憶は戻ってくるよ。これ以上は言わないでおく。変に教えておいて、あなたの記憶と違いがあったら困るから。美遥は困っても自分でどうにかしちゃう人だし」
そう告げると高藤は立ち上がった。
「残念ながら、今の僕では美遥と対等に座ることすらできないようだから帰るよ。ただ、そうだな。最後に握手でもしないか?」
不思議なことをいう高藤に私は首を傾げつつ「別にいいですけど?」と答える。すると、高藤は静かに近づいてきた。
「また、会えますように」
そう言って手を差し出してくる彼の手を握る。すると、彼が私の手を強く握った。
その瞬間、何かが流れてきた気がした。ただ、それが何かは分からない。むしろ、何かが入ってきた直後に、その何かに関する記憶を消されたような気分だった。
「大丈夫だから」
そう囁くと高藤は手を放して扉を開けた。その言葉はどこか心地よくて力強かった。
面会は終わりらしい。高藤は私の横を通って、面会室を出た。堂々と看護師ステーションに行って、看護師と話している。そんな彼を見た時に、私はなぜか高藤に対して警戒しなくてもいいかな、と感じた。あんなに堂々と立ち回れて、私を信じてくれる人なんて多くはないだろう。……あれ? さっきまで警戒していた私は何だったんだ?
混乱しているうちに高藤は手を振って、病棟を去っていった。そして、プライマリーの看護師が声をかけてくる。
「どうだった? 旦那さんは?」
その言葉に私は苦笑する。
「ゼロからやり直すみたいです」
それを聞いた男性看護師は唖然としていた。でも、それでいい気がした。
【短編】超人と記憶喪失 高天ガ原 @amakat
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