二人の話

@Bunshi_1018

第1話 見舞い

 ――半年前。

 精神病棟の前には大きな桜の木があるらしい。来てみれば思っていたより小さかった。

 二階の高さまでぐらいしかないその桜の木の先には、彼の姿が見えた。


 病院の中はまさに『病院の匂い』だ。消毒の匂いがそれとなく香ってくる。だが、精神病棟であるのに、消毒の匂いがするのが不思議で仕方がない。

「すみません、見舞いに来たんですが。二階の、井坂って人。面会、良いですよね?」

「ええ。大丈夫ですよ」

 看護師はバインダーを抱えて、俺の胸ポケットを凝視した。

「ああ、あなたですか。紘治さんの病室、何故かいつも煙草臭かったんですよ。お控えください」

「あ?ああ……」

 俺はわざとらしく、煙草の箱を手で覆い隠した。

「火傷の跡は、どうなさったんですか?」

「いやちょっと、火事に巻き込まれて、それで……」

 俺は自分の左目を擦った。

「刑事さんでしたっけ?大変ですね」

「ま、まあ。他の人にはそう見えないみたいですがね」

「刑事ってより、ヤクザに見えます」

 看護師はエレベーターのボタンを押した。

 上のランプが点滅し、俺はぼうっとそれを見上げる。

 俺と看護師はエレベーターに乗った。

 他人とエレベーターに乗るのは苦手だ。美容院も。何も話すことが無いし、そのうえ俺は沈黙が大嫌いだ。上手く返せない自分も、大嫌いだが。

「……」

 看護師もただ上の方を見つめるだけで、何も言い返そうとはしなかった。

「知ってますか?」

「え?」

 突然口を開いた看護師に、俺は耳を傾ける。

「PTSDなどのトラウマや精神病を患っている患者は二階で入院するんですよ。自殺する可能性が、他の患者より高いからです」

「……へえ」

 俺は思わず、そっけない返事をしてしまった。ただ、紘治の事を蔑まれたような気は、不思議としなかった。

 エレベーターのドアが開く。

「井坂さんは、記憶がありませんが、トラウマは、しっかり残っていますよ。刑事のあなたはご存じでしょうが、自分が死ぬより、誰かが死ぬことの方が、怖くて苦しいものですしね」

 あなた達には言われたくは無かったな。

 病室の方から「ごほっ……」と苦しそうな咳の声が聞こえてきた。

「紘治さーん。入りますよー」

 看護師がドアを開けるとそこには、頬にガーゼを貼り、腕に点滴を刺しながらベッドに腰かけている紘治が居た。

「ご友人がいらっしゃいましたよ」

「よう」

 俺は微笑んで片手を上げた。

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