タピオカ転売屋

 私には、かつて姉がいた。

 双子であったはずの私だけが、この世に生まれ落ちた。

 もう一人は胎内で育たず、いつの間にか形を失ったという。

 だが、消えたはずの姉は、確かに痕跡を遺していった。


 後頭部にある、髪に隠れた小さな膨らみ。

 指先でそっと触れると、脈のような微かな鼓動が返ってくる。

 医者はそれを、私と姉が頭部結合双生児であった証だと言った。


 そのせいなのか、私は幼い頃から、姉がいつも傍らにいるように感じていた。

 やがてそれはイマジナリーフレンドのような存在になり、私は姉と会話を交わし、二人でままごとをするようになった。


 しかし、現実の世界で友達が増えるにつれ、姉の存在はだんだん薄くなり、頭の膨らみは姉との繋がりではなく、ただの腫れ物になっていった。


 私にとって髪型とは、その腫れ物を隠すためのものだった。

 それ以上でも、それ以下でもなかった。


 思春期に入ると、その腫れ物はどうしても取りたくてたまらないものに変わった。

 親に相談すると、あっさりと承諾された。


 病院に行く前日の夜、ベッドに入り、傷が塞がったらどんな髪型にしようかとスマホを眺めていた。


 そのとき突然、耐え難い頭痛に襲われた。

 まるで頭の内側から脳を鷲掴みにされ、ぐいぐいと引っ張られるような激痛。

 私はベッドから転がり落ち、床をのたうち回った。


 物音に気づいた母が駆けつけ、私は救急車で搬送された。


 CTでは白いモヤ。

 腫瘍か炎症か判断がつかず、医師はMRIを指示した。

 そこには、私の脳を包み込むように広がる腫瘍が写っていた。

 まるで両手で私の脳を掴んでいるようだった。


 医師は言った。

 悪性なら手術で取り除くが、場所が場所なので成功率は高くない。

 良性でこれ以上大きくならないなら、触らず様子を見るしかない、と。

 その後も何か説明していたが、私の耳には何も入ってこなかった。


 私は――一生このままなのだ。

 限られた生活をして、

 限られたオシャレをして、

 限られた幸せを……。


 この身体と一緒に、生き方まで縛られてしまうのかと思った。


 小さかった頃、私の横にはたしかに姉がいた。

 姉を、もう一人の自分のように感じていた。

 けれど、生まれて初めて姉に対して憎悪を覚えた。


 ――大人しく死んでりゃいいのに、組織だけ遺しやがって。


 その腫瘍は、姉の生への足掻きにしか思えなかった。


 経過観察のために入院したが、あの頭痛は二度と起こらず、私はただぼんやりと過ごしていた。

 ――そう見せかけていた。


 頭の中では、確実に姉を殺す方法を考えていたのだ。

 いくつも、いくつも、いくつも。

 候補は、順調に増えていった。


 ある日、病院の売店で裁縫用の待ち針を見つけた。

 長い入院生活の手遊びに裁縫をする患者がいるのだろう。

 私は待ち針だけを手に取り、会計を済ませてトイレに入った。


 ケースには「マチ針百本入り」と書かれている。

 一本取り出し、頭の膨らみにスッと刺す。

 チクリとした痛みが走るが、耐えられないほどではない。


 また一本取り出す。

 スッと刺す。


 また一本。


 また一本……。


 やがて、百本すべての待ち針を刺し終えた。

 ズキン、ズキン、と痛みが脈打つ。


 私は耐えながら、静かに微笑んだ。


 ――これで、少しは黙っててくれる?

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