生きる ─── 未来へ

シイナ

第1話

 久しぶりに鼻腔をくすぐる香り。

湿気たアスファルト——あとは……汗のにおい。


よろけそうになる足を少し力強く踏みしめ、後ろを一瞥し心の中で行ってきます。


ポツポツと傘の表面に雨が当たる。


いつも通っている通学路をそれて右に曲がり、サントリーの自動販売機の前で休憩。


雑多に入った財布の中に指を突っ込み1枚また1枚と硬貨を掴む。


大人になったときにかっこよく飲めるように、いつもはブラックコーヒーを飲む所だが、今日はリンゴジュースにしてみた。


甘ったるい少しの果汁とほとんど人工甘味料の味でのどを潤す。

親父くさく「プハァ」何て言ってしまい周りの様子を見たがあたりには誰もいない。

 

あえて人がいない道を選んで通っていたからという理由もあるが、登校時間からだいぶ過ぎているのも理由の一つだろう。


ビニール傘に【トッ…トッ…トッ…】と不格好だが最低限のリズムで鳴る音に耳を傾ける。

 

雨もだんだんと小ぶりになって電線から滴り落ちる雫のほうが大きくて、それにぬれない

ように、無意味だから体を傾けて1本傘の下でたたらを踏む。


学校に行くと決めて勝手に登校した。

 

今頃お母さんや先生たちが心配してるに違いない、一応gpsのついたスマホは持ち歩いてる、たまに流れる不愉快なバイブ音はそっと耳から遠ざけてこの道を歩く。


今日は私の足で、大人のように一人きりで歩く。


よくなってからとか、退院してからとかじゃ遅い、車椅子がないとこの道も息が上がってくる。


やっぱり一人でなんて無謀だったのかな、でも行きたかった、歩きたかった。

私はまだ生きたいって、生きることができるんだって病気と先生とお母さんとみんなに証明したかった。


私ならいける頑張れる、私なら───瞬間的に音が無くなって、思考が無くなった

私の意識はそのまま真っ暗闇に……




久しぶりに聞く人工呼吸器の音、吸って吐いての音とモニターから流れる心拍音。

多分このまま死んじゃうのかなやだな怖いな。


あっ暖かい、さっきまで寒かったのに。

なんでだろ……お母さんそんなに強く握ったら痛いよ。

肺から上がってきた音に少しびっくりした(すー)という音より(キュー)と絞められたような

音が聞こえてくる。

耳障りで、気持ち悪い私もうすぐ死ぬのかな——そんな妄想に心が支配され、涙も出ないことに気づいた。


多分これが最後だろうから、ごめんね言うこと聞かない悪い子で、ありがとう今まで支えてくれて。


あ〜ぁ中学生になったら着られるセーラー服着てみたかったな。


友達と下校中の買い食いとかしてみたかったな。


勉強が嫌だとか学校に行きたくないって、そんな風に思ってみたかったな。


もっとお母さんと一緒にいたかったなぁ……


ごめんね、最後は言うこと聞かなくって——


「ねぇ……おかぁ——さん……産んでくれてっありがと……

私は、うっはぁ……はぁ、わたしは……先に行くけど、おかぁさん——の、おかげで今まで幸せだったよ。」


だんだんと目が見えなくなってきた、泣いてるお母さんよりやっぱり笑ってるお母さんが良かったな。


かすれた声と乾いた喉、精一杯の笑顔を見せて。


「お……かぁさん、幸せで……いてね

はぁ……はぁ、また……ね。」


普通って何だったんだろう、私の人生って何だったんだろう、最後まで苦しくて辛かった、もっと生きたかったな。

明日も明後日もその先の未来も生きていたかったな……

でも、お母さんと最後はお互い笑顔でばいばいできてよかったなぁ、お母さん先にこっちで待ってるね。




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