金曜夜、酔い潰れた元同級生を拾いました

遠山ラムネ

金曜夜、酔い潰れた元同級生を拾いました

やっっっと、終わった。

ふらふらと職場を出る。時刻はすでに10時を過ぎている。


あいつら……許すまじ……


直前でしらっと仕様変更してきた取引先も、それをヘラヘラと無抵抗に請け負ってきたうちの営業もだ。


あああ、もう今日はさー、家飲みしながらサブスクでドラマ見る予定がさー!


恨み言を噛み砕きながら荒んだ目で進んでいく。

駅までの近道、飲み屋街のまんなか。



金曜夜の飲み屋街、緩んで撓んだ景色の中で目に止まったのは、なんだか、どこかで見覚えがあるような気がしたからだ。


見たことある…てか会ったことある?

誰だ?いつだ?

最近…じゃないな………もう少し、かなり、若くて……

こんな薄汚れてなかった、もっとつるっとつやっと元気な感じで……


とはいえ現状は、自販機の横にうずくまる同世代くらいの小汚いサラリーマン。こんなの無視して通り過ぎればいいんだけど。


シャツのポケットからはみ出ている社員証。

おいおい問題になるぞと見咎めて、それで、あー、と思いだした。


木崎………こいつ、木崎くん、だ

高2?かなんかの同級生の


まじかー、と思いながら傍で立ち止まる。

足元には、前後不覚で小汚い木崎くん。



なにこんなとこで泥酔してるんだ、君は……


記憶をたぐる。

特に親しかったわけではない。


でも彼は陽気で可愛らしいタイプの男子だったから、目立っていた。

すっごくモテるとかではなかった気がするけど……人に囲まれて、よく笑っていた。


それがどうした、木崎くん

片付け損ねたモップみたいだぞ


ほっといてもよかった。よかったんだけど。

もう12月。季節は立派に冬である。


泥酔して路上で朝まで……?最悪死ぬんちゃう……いや、さすがにそれはないか?いやでも万が一ってことも。


めんっどくせー……


内心、口悪く罵る。

今日は、帰ってサブスク見ながらひとりだらだら飲む予定だったのに。


投げ出されてる足の、靴底を爪先でちょっと蹴ってやった。

無反応。


まじでめんどくさい……


そう思いながら、彼の肩を叩いて掴んで大きく揺らした。


「おーい、起きて。起きなよ」

「んぅー……」

「木崎くん!起きろって!木崎!」

「んぇええ?……誰?」

「誰でもいいんだよそんなの、とにかく起きてよ、なにしてんのよ」

「えーーと、ヤケ酒?てきなー?」

「はあ?なに?振られたの?」

「あー……俺の、企画案をー、先輩に……」


ぶつぶつ言いながらも、油断するとすぐ寝落ちそうで、私はまた肩をバシバシ叩いた。


「先輩に?なんて?」

「先輩にー、パチられてー」

「パチ?なに?」

「だから、先輩にー、盗られてぇぇ……あー、ざっけんなまじで!あーもー!」


なにか思い出したか急に荒れ始めた木崎くんをやれやれと見下ろす。


いやもう、みんな大変だよね……


「とにかくさー、ここで寝ると死ぬから、帰ろうよ。タクシー呼ぼうか?ひとりで帰れる?」

「タクシー……?たけー……」


いやそんなこと言ってる場合ではなかろうと思ったが、確かにタクシーは高い。手痛い出費だ。


「じゃあ電車?乗れんの?」

「うー……電車……」

「もー、どうすんのよーー。あーーそうだな………じゃあ、実家でよければさー、送ってあげ、ようか」

「……じ、っか……?え、てか、あれ?あのー」


ちょっと意識がはっきりしたらしい木崎くんがきょとんと見上げてくる。


「あのー、失礼ですが、どなた、さまで……?」

「坂田だよ。さーかーた。高校の、同級生の。憶えてないかもしれんけど」

「さかた……あー!坂田さん?!」


パチリ、とチャンネルがあったみたいに、彼の目が瞬いて、にこぉっと笑った。その笑顔は、なにやら少々懐かしかった。


その後、まだふらついている木崎くんを引きずるようにして電車に乗り、自宅最寄り駅までたどり着いた。

地元の公立高校、たいていは自転車圏内に住んでいて、木崎くんも確かそうだった。

私はまだ実家住まいだけれど、木崎くんはもう出ているかも知れない、が、そんなこと知ったことか。


「家どの辺?駅の北?南?」

「えっとー、南口の方」

「近い?」

「まあ、まあ。10分くらい……でも俺帰るって連絡してないんだけど」

「知らんよそんなの、とにかく行くよ、近くまで連れてったげるから」

「ええー、坂田さんやさし〜」


へらへら笑っている木崎くん、一応歩くが、目を離すと電柱などに激突する。仕方がないので腕を引き、案内させて実家を突き止める。


「もう大丈夫でしょ、ほら、はよ帰んな酔っ払い」

「あー、坂田さん待って〜連絡先ー」

「ええ?なんで?」

「一応さー、お礼とかー」


会うのは数年ぶりとはいえ、まぁ警戒する必要はないだろう。メッセージアプリのIDを交換し、今度こそ帰路についた。もう12時も間近。なんだかどっと疲れて、サブスクも酒も諦めてすぐに寝た。




そんな木崎くんから、ぜひお食事でも、なんて気取ったメッセージが来たのは週明けて火曜日。

お礼がどうこう言ってたしと深く考えず、金曜夜の約束をする。

彼氏なんかいれば多少なりとも迷うのかも知れないけれど、残念ながら今のところいない。木崎くんの事情は……知らないけれど、特に興味もない。

呼び出された場所は、こないだみたいな場末感漂うエリアとは対照的な、オシャレな一角だった。


待ち合わせに着いた時には木崎くんはすでにいて、細めのスーツ姿は、自分に似合ってるのものをよく自覚してる人のそれだった。


あれまー、今日はまたずいぶんときらぴかじゃない?

先週は汚れたモップだったのに。


私は、と自分を見下ろしてみるとなにやらもっさりしていてちょい滅入ったが、関係ないやと開き直る。


爽やかに手を振って笑いかけてくる様に、こいつきっと営業とかだろうなーと思った。

 

「ごめん、待たせた?」

「全然大丈夫。予約してるから行こ。本日はご馳走しますよ」


そうですかー、予約ですかー


どこか適当に気楽に飲めばいいんじゃん?とか思ったけど、まあ黙っとく。

お礼のつもりらしいし、ありがたくおごられとこ。


予想と違わない雰囲気のいいカフェバーで、女子ウケ良さげな飲み物が並ぶ。料理のチョイスも全部お任せして、出てきた華奢なグラスをやや緊張して持った。こんな脆そうなグラス、割っちゃわないか不安。


「改めまして。先日は、多大なご迷惑を、おかけしまして」

「いいよもう、よかったよ、無事に帰れて。大丈夫だった?急に実家帰って」

「俺、まだだいぶ酔ってたしなんかドロドロだったからさ、めっちゃ罵倒された、母親に。やーばかった」


思い出したのか、嫌そうに顔が歪んだので相当だったのだろう。その情けない顔が面白くて、つい、くくっと笑う。


「笑い事じゃねーよー」

「いや、笑い事だよ」


木崎くんは拗ね気味にグラスをあおる。よく冷えた、飲みやすいスパークリング。


料理はどれも美味しくて、木崎くんとの会話も思いのほか途切れなくて、わりと楽しかった。

会食やら接待やらに慣れていそうな彼はやっぱり営業で、ほーら思った通りだ。


あらかた食べて、何杯か飲んで。まぁ今夜はこんなところかなってあたりで、木崎くんが急に、テーブルに前のめりに肘をつく。ガクンと頭が揺れた。


「それでね、それで、俺、坂田さんに、言いたいことが、あってぇ」

「言いたいこと?」

「言いたいこと?ていうか、提案?ていうかぁ」


あんまり意識してなかったけど、木崎くんの語尾がやや甘い。

あーれ、こいつまた酔ってない?そんなに、飲んだつもりもないんだけど。


木崎くんは機嫌は良さそうで、ゆるゆる小さく揺れながら手元のグラスは離さない。


「あのさぁ、俺ぇ、これからも坂田さんに、会いたくてぇ」

「は?」


あれ?いつの間にそんな話?

え、どういうこと?


「木崎くん、彼女、いないの?」

「彼女?彼女なんていないけど、ちがう、そういうことじゃなくってぇ」


はい?え、なにどういうことなんだ?

てか酒弱いなこいつ……


揺れてる手元が危うくて、グラスを取り上げようかと迷うけど、本人はちっとも気にしてない。

がっちり握り込んだまま、意を決したみたく息を吸い込むから、つられて身構えてしまった。


「ねぇぇ、坂田さーん、なってよー、俺の、飲み友達〜!」

「はぁぁ?」


想像の斜め上を行ったなんともいえない提案に、一瞬ぽかんとしてしまう。


まいったな、どうしたもんかなこれ……


「あのー、木崎くん?結構唐突なこと言ってるよ?」


とりあえず間をとってみる。

木崎くんはなにやら、いじけたガキみたいな顔。


「だってさぁ、俺さあ、もう相当情けないとこ見られたじゃん?俺さぁ、会社では結構、あれなの、できる系なの」

「はぁ」


知らんがなそんなの

でもまぁ、予想できなくもないか


「だけどさぁ、そんな、完璧なわけないじゃん?ずっと気ぃはってんの、疲れんだよぉ〜」

「いや、そりゃそうだろうけど」


木崎くんが、息継ぎついでにグラスを飲み干す。あ、しまった、取り上げようと思ってたのに!


「そーこに現れたのが坂田さん。利害関係なーし、しがらみなーし、それでいて素性はっきりしてて超・安・心!俺さぁ、思ったよね〜、坂田さんを超える飲み友達なんて、もうぜっったい、いるわけないって」


いやぁ?いると思うぞ?

何をもってそこまで思い込んじゃった?


謹んで辞退しようにも、相手はあっという間にまた酔っ払いである。


「ねぇぇ、飲もうよ〜。俺さぁ、マジできついの、ストレスすげーのぉぉ、見てわかったでしょー?ハードな職場なんだよぉ……坂田さんがさー、お金あんまないなら、やっすい店でいいし、たまになら俺奢るしさー」

「ちょいちょい失礼だよねぇ、君」

「これ!俺!本気でお願いしてるからねぇ?」


いやまじめんどくさいな、こいつ。

やたら飲みたがってるくせにそんな強くない。酔ったら酔ったで、うざったいからみ酒だし。


ぐんねりとテーブルに沈み込みそうになってる木崎くんを、ほんと仕方ない奴だなと見下ろす。こんな、素敵なお店で酔い潰れんなよなー。


「ねぇぇぇ、坂田さーん、さーかーたーさーん」

「わーかったから!」


そう言ってしまったのは、この、カッコつけたがりのくせに全然カッコつかない元同級生が、ちょろっと可愛く見えたからか。

それとも。


「ええ!いいの?まじで?!」

「たまにね?あんま頻繁なのはやだよ」

「え、週1、くらい?」

「多いわ……」


分からんでもない。

なんかこう、日常と切り離された誰かと、うだうだ喋りたい気持ちとか。


要求が通って安心したのか、木崎くんは、何やら晴れやかな顔でドリンクメニューをのぞきこんでいる。


「坂田さんはー?次なんか飲むー?」

「どうしよっかなぁ」

「サングリアとかはー?シェリーとかもおいしそー」


そんっな小洒落た名前の酒わからんっっ

いつもは私、チューハイとかなんだからっ


「木崎くんのー、おすすめでいいよー」

「したらねー、これとかー……あ、俺、次ラム系にしよっかなぁ」


君はもうやめときなさいよ弱いんだから、と嗜めようかと思ったけど、木崎くんがやけに楽しそうに見えたのでやめておいた。


まぁ、いいか。あともう1杯くらい。


潰れたらまた、引きずって連れ帰って、実家に送り込んでやればいいんだから。



Fin

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