とある冬の日

@S_Y2025

冬の冷たい空気が満ちている日などはあのことを夢に見る

学生時代のことだった。冬の初めごろで、空気が澄んでいたのをよく覚えている。

私は部活に入ってから、帰りが遅くなっていった。春や夏はできるだけ早く帰ろうと急ぎ足でいたが、冬だけはゆっくり帰っていた。冬の空は歩みを緩めさせるほど美しかったのだ。時間は17時ごろで少し薄暗い程度だったが、月が出ていた。まだ夕焼けの淡い空の色が残っていて、冬の澄んだ空気と月とが合わさって幻想的な風景であった。

加えて、冬は空の色が目まぐるしく変わっていって、あっという間に日が暮れてしまうのだ。遅い時間に外に出たことが少ない私は、それが新鮮で面白かった。そのような理由があって、この頃ゆっくり帰るようにしているのだが、それが良くなかった。


いつものようにのんびりと歩みを進める。私の通っている学校は片田舎にあり、通学路が田んぼに囲まれているため、開けており景色が見えやすい場所だった。上を向いて月を眺めながら帰っていると、突如後ろから鋭い衝撃が走った。私は前のほうに突き飛ばされ、地面にたたきつけられる。どうやら頭を強く打ったようで、意識がだんだんと薄れていった。鉄臭い匂いがした。きっと頭から出血しているのだろう。

最後に突き飛ばした物を見てみる。そこには大きなトラックが止まっていた。運転手は若い男性で、ハンドルを握りしめたまま蒼白な顔でこちらを見ていたが、やがて音を立てて走り去ってしまった。私はひき逃げにあったのだ。幸いにも一部始終を見ていた通行人が通報してくれ、一命を取り留めた。


退院してから私は健康そのものの生活を送っていた。事故にあうこともなく、病気にかかることもなく、平和な日常だった。

だが、今でも時々、特に当時のような冬の冷たい空気が満ちている日などはあのことを夢に見るのだ。感覚はないがあの時と起こったことは同じ。トラックに轢かれ、私は運転手のほうを見る。そして病院に搬送され、そこで目が覚める。たった一つ違ったことがあった。あの時は運転手は蒼白な顔をしていた。だが、夢の中では口の端をゆがめて悪意を含んだ笑みを浮かべていたのだ。私にはその表情は事故を起こしたのはわざとであったと受け取れてしまった。本当のところは何もわからない。冬の空を見るたびにあの笑みが脳裏に浮かぶ。あの表情が私の心を表したものだったのか、または記憶の中にある蒼白な表情を私が上書きしただけで本当は笑っていたのだろうか。答えは出ないまま、私は一生を終えるのだろう。

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