星降る夜の贈り物
春坂雪翔
第1話
街を歩けばどこからともなく流れてくるクリスマスソング。そしてショーウィンドウに飾られるサンタクロースやトナカイの置物に、大きなクリスマスツリーにリース。街ゆく人は子供も大人もどこか浮き足立ってる。
今年も憂鬱な季節がやってきた。
「もうすぐクリスマスだねー。サンタさん来るかなあ?」
「馬鹿じゃないの。サンタなんているわけないじゃん」
隣にピッタリとくっついて歩く弟の浮かれた言葉に僕はぶっきらぼうに答えた。弟は僕の顔を見ながらぶーっと頬を膨らませる。
「サンタさんを信じる良い子の所に来るんだよ。だから信じない兄ちゃんの所には来ないんだ」
「はいはい来なくて良いですよーだ。どうせうちにはサンタなんて来ないんだし」
「兄ちゃんのいじわる! 僕先に帰るからね!」
そう言って弟は走り出した。そして前を見ずに走り出したので目の前の看板に額をぶつけ、わーんと大きな声で泣き出した。
「何やってんだよ危ねぇな。婆ちゃんが心配するから早く泣きやめ」
「ぐっ……ひっく……っ」
弟の手を繋ぎ僕は家に向かって再び歩き出す。
クリスマスの飾りで煌びやかな街を出て、閑静な住宅街に入り、その中の一軒家の前で立ち止まりドアを開けた。
「ただいま婆ちゃん、買い物から帰ったよ」
「おばあちゃんただいまー! 今日のご飯なにー?」
「二人ともおかえり、買い物ご苦労様。今日のご飯は鮭のちゃんちゃん焼きだよ」
「やったー! ぼくちゃんちゃんやきだいすきー!」
さっきまで泣いてたのが嘘みたいに、弟は屈託のない笑顔を祖母に向ける。
僕はそんな弟に若干呆れながらもその後に続いた。
僕と弟には両親がいない。
二人とも脇見運転していた自動車に轢かれてお星様になってしまったからだ。
幸い僕達は父方の祖母と祖父に引き取られ、問題なく過ごしている。
だから僕の家にはサンタクロースなんて来ない。
クリスマスイブだって普通の和食だ。チキンもケーキもない。祖母が作れるのが和食だからだ。
だから僕は、クリスマスが嫌いだった。
冬の夜空に星が多く光っている。
誰もが夢の中に旅立ち静かな夜の空を、流れ星のようなものがシャンシャンと音を鳴らして通っていく。
「ほっほっほ。さーて、どこかに良い子はいないかのう?」
赤い三角帽子を被った白ひげの老人が、赤鼻のトナカイに話しかける。答えは返って来ないが特に気にした素振りはない。
老人はキラキラ輝くそりを運転しながら夜空を飛んでいると、ひとつの家の前で止まった。
「なるほどこの子は、ほうほう……ダンボールの中に入った黒猫の飼い主を見つけ、横断歩道を歩くお婆さんのお手伝いをして、道に落ちてた百円玉を交番に届けたと。そうかそうか、この子はとても良い子じゃな。それじゃあこの子にプレゼントを送ろうかのう」
老人がそう言って先端に星が付いたステッキをひと振りすると、キラキラとした光の粉を家の屋根に降り注がれた。
「ほっほっほ。メリークリスマス。良いクリスマスを」
老人の笑い声が、夜の星空へ消えていった。
夕方、すっかり日が沈むのが早くなりオレンジ色の夕焼けが顔を照らす。
その眩しさに目を細めながら僕が家のドアを開けると、どたどたと弟が走ってくる足音が聞こえてきた。
「兄ちゃん兄ちゃん! 早く早く!」
「な、なんだよそんなに急いで」
急かす弟に若干苛立ちながら家の中に入ると、いつもの食卓が並ぶ茶色いちゃぶ台の中心に白いショートケーキがホールで置いてあった。
その横には骨付きチキンとローストビーフ。他にもいつもとは違うメニューがそこには並んでいた。
「え、何これ……」
「今日はクリスマスだからねえ。今年はお婆ちゃん頑張って準備したのよ」
「兄ちゃん見て見て! ほら!」
そう言って興奮した弟が手に持っていたのは綺麗なラッピングに包まれたプレゼントの箱だった。
兄ちゃんのもあるよと渡された箱のラッピングを丁寧に開けると、中から僕が欲しいと思っていたゲーム機が出てきた。
「兄ちゃん、ぼくたちの所にもサンタさん来たよ。おばあちゃんとおじいちゃんっていうサンタさんが!」
ニコニコしながらそう言う弟の顔を見て、僕は思わずふきだした。
「ははっ……そうだな。婆ちゃん、ありがとう」
僕は少しだけ泣きそうになるのを堪えながら祖母にお礼を言った。
祖母のご飯はいつも美味しくて好きだけど、今日の僕達のために用意してくれたチキンとケーキは格別に美味しかった。
星降る夜の贈り物 春坂雪翔 @harusaka-yukito
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