ドキュメント異世界ロード 追走の果て

@sinsin333

追走の果て

これは、2025年秋に突如行方不明となったフリーランスのドキュメンタリー映像作家、藤堂ケンジ《とうどうけんじ》(38歳)が遺した記録映像と、彼が失踪直前まで交流していた研究者、橘サキたちばなさき(45歳)の証言、そして奇妙な形で発見された彼のデジタルメモに基づき再構成されたドキュメンタリーである。


映像:低解像度、手ブレが激しい。雑音がひどく、風の音と砂が擦れる音が支配的


藤堂(映像内、息切れ)「……ここは、どこだ。手元のGPSは完全に狂ってる。座標を示すどころか、『データなし』。目の前の光景は、知っている地球上の、どの場所とも一致しない」


橘サキの証言:インタビュー形式。研究室のような場所で、彼女は冷静だが疲弊した表情を浮かべている。


橘サキ「藤堂さんが最後に連絡をくれたのは、彼が例の『異常光度域』、つまり、あの小さな、空中に出現する特異点に接近した直後です。『風景が歪んだ』と。彼はあれを『日常に開いた穴』と表現していました。我々は、それが一時的な空間の歪みだと考えていた。まさか、彼が完全に別の次元に転送されてしまうとは……」


デジタルメモ:藤堂 ケンジの日付不明の記録より

[記録片1]

ここにいるのは、僕一人だ。

 空は紫色で、太陽は緑。

 岩石の色は鮮やかなコバルトブルー。

 酸素濃度はギリギリ許容範囲内だが、匂いが違う。

 金属と、何か甘い、焦げたキャラメルのような匂い。

 植物や生物は確認できない。

 唯一、文明らしきもの……いや、人工物と呼ぶべきか……が、遠くの地平線に確認できる。

 巨大な、まるで都市の残骸のような、しかし直線的な構造物だ。


   ◇ ◇


 藤堂は持参していた予備バッテリーと高感度マイクを駆使して自身の置かれた状況を克明に記録し続けた。

 彼の映像は、異世界の環境を詳細に捉えていた。

 特に目を引くのはこの世界に存在する唯一の移動手段とも言うべき乗り物だ。


 映像:遠景。地平線から黒い煙を上げて近づいてくる巨大な車両をズームで捉える。それは地球上の一般的なタンクローリーに酷似しているが、全長は2倍以上、キャブは無骨な装甲で覆われている。


 藤堂(映像内、小声)「あれだ。僕がここに来てから、何台も目撃している、あのタンクローリー。何なんだ、あの車両は。他の乗り物も、生き物も、何一つ見当たらないのに、あれだけが、この荒野をひたすら走り回っている」


デジタルメモ:藤堂 ケンジの記録より

[記録片3]

数日間、僕はあのタンクローリーの挙動を観察した。

彼らは一定のルートを往復している。

まるでこの世界における『動脈』だ。

積載されているものが何なのかは不明だが、漏れ出す独特の匂い――あのキャラメルと金属の匂い――から察するに、この世界のエネルギー源か、あるいは生命維持に必要な何かの液体だろう。

興味深いのは運転手の存在が確認できないことだ。

窓は濃いスモークガラスで覆われ内部を窺い知ることはできない。

しかし極めて高い精度で彼らはルートを維持し、障害物を回避している。

完全な自律走行だ。


 ◇ ◇


 事態が急変したのは藤堂が地平線の巨大構造物、すなわち「都市の残骸」に近づこうとした時だった。


 映像:藤堂は、遮蔽物のない岩の台地に立っている。遠くの構造物を撮影している最中、彼の背後から異音が近づく


 藤堂(映像内、驚愕) 「なんだ、この音は! エンジン音……いや、違う。あの独特の、高周波の唸りだ!」


 映像:藤堂が慌ててカメラを振り向けると、地平線から信じられない速度で一台のタンクローリーが迫っている。その車両は他のローリーと違い、車体全体が異様な赤色に塗られ、錆びたチェーンがタンク部分から幾つもぶら下がっている


 藤堂(映像内、パニック) 「嘘だろ!?  なぜ僕のいる方向に……!?」



 橘サキの証言:不安げに手を組みながら


橘サキ「藤堂さんが残したメモには、彼の『観察』が、この世界のシステムに何らかの異常を発生させたのではないか、とありました。彼自身が、この世界の常識ではありえない『異物』として認識された瞬間……彼を排除しようとする存在が現れた。それが、あの『赤いタンクローリー』です」


◇ ◇


 逃走が始まった。

 藤堂は必死に不整地を走りって岩陰に身を潜める。

 彼の映像には何度もタンクローリーが彼の潜伏する場所のすぐそばを通過する様子が映し出されている。

 車両は減速することなく、時には岩を巻き込みながら、ただひたすらに彼の存在を追尾している。


 映像:藤堂は洞窟のような場所に隠れ、マイクを握りしめている。汗と土にまみれている


 藤堂(映像内、切羽詰まった声)「……追いかけてくる。間違いなく僕を狙っている。他のタンクローリーは相変わらず無関心にルートを走っているのに、こいつだけが……パーソナライズされた追跡者だ。まるで、この世界のセキュリティシステム……いや、体内の異物への抗体だ」


デジタルメモ:藤堂 ケンジの最終記録より

[記録片8  断片的な記述]

奴らの目的は僕の排除ではないかもしれない。

あの赤いタンクローリーは、常に僕の100メートル圏内を周回している。

一定距離を保ち、僕を『監視』している。

積載物……あれは、『僕』という異世界の情報を収拾するためのデータコンテナではないか?

 この世界は僕の存在を分析、学習して、最終的に僕を彼らの『物流』に組み込もうとしている。

 僕の肉体を、次の異世界への輸送物資として……あるいは、この世界に欠けた最後の部品として……


 ◇ ◇

 

 藤堂ケンジの映像記録は、ある夜の出来事を境に途絶える。


 映像:夜。空の紫色はより濃くなり、緑の太陽は沈んでいる。赤いタンクローリーのヘッドライトが、不気味な光を放っている


 藤堂(映像内、囁き)「今夜、あいつは止まった。都市の残骸のすぐそばで……僕の目の前で……ハッチが開いた」


 映像:赤いローリーの側面の巨大なハッチが油圧の音と共に開き、内部から甘いキャラメルの匂いと何らかの青白い光が漏れ出す。藤堂は何かに引きつけられるようにカメラを構えたままローリーに近づいていく


 藤堂(映像内、最後の声)「ぼ……僕は、行かなくちゃならない。ドキュメンタリストとして、このシステムの核心を記録しなければ。この世界を、このタンクローリーの中身を……」


 映像:激しいノイズと金属がこすれる不快な音。最後にカメラが地面に落ちると、赤いタンクローリーの車輪、その後ろの暗闇だけが映り、映像はそこで途切れる


 橘サキの証言:彼女は涙を拭い、静かに語る


 橘サキ「藤堂さんが遺したカメラは、その約一週間後、元の『異常光度域』から500キロ離れた、北海道の山林で発見されました。カメラは無傷でしたが、内部のメモリーカードは、発見者が意図的に入れ替えたかのように、真新しいものでした。そこには、あの記録映像だけが残されていました」


「彼が言ったように、藤堂ケンジという『異物』は、異世界の物流システムに組み込まれてしまったのかもしれません。あるいは、彼は、あのタンクローリーによって、さらに別の、次の世界へと輸送されたのかもしれません」


「彼が最後に撮影した、あの赤いタンクローリーの車輪の映像。あれこそが、彼が命と引き換えに私たちに残したドキュメント、異世界のロードなのです」


 テロップ:その後、藤堂ケンジの行方は一切掴めていない。彼のデジタルメモの最後の行には鉛筆で殴り書きされたかのように、以下の言葉が残されていた


『積載物:ヒト。分類:観察者。目的地:未定義。』



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