夫婦の溜息

なかむら恵美

第1話

家計簿を前にしているわたしの肩越しに、珍しく夫が声を掛けた。

「ん?どうした?」

家計に対して、滅多に夫は口を出さない。

「完全に奥さんの分野。奥さんんの手腕が問われる所で、旦那がどうこういうと結局、揉めるから」

だそうで、結婚以来、3度ぐらいか口を挟んだ事がない。

その度に揉め、5分後には、夫は完全、わたしにノック・アウト。勝利の女神はわたしにのみ、微笑みを与えてくれている。

この5月で、12年目となる結婚生活であるから、大方、4年に一度か。

我が家の五輪と称している。



「凄いのよ、ここ半年の出費が」

100円店で買った家計簿を見せながら、わたしが答える。

「あ~っ」

ざっとを把握したのだろうか?天井を見上げながら夫も納得したようだ。

共働きではあるけども、夫の収入、全て貯金。わたしの収入だけで全てを賄う。

家のローンが8万円。

週に3回お願いしている、家政婦さんへのお支払額が6万円。

家電がバンバン壊れて修理、障子も黄ばんでババっちい。

「セットで襖も如何ですか?」営業トークに思わず「イエス」。自爆した。

更に更にが冠婚葬祭。

寿10件、香典5件が2ケ月前。寿2件、香典3件が4ケ月前。

寿はなかったが、香典4件が半年前の記録である。

先月は寿も香典も共に6件ずつあった。

「にもしてもなァ、多いよなァ、確かに」

わたしが書いたボールペンの字を辿りながら、疲れた笑いを夫も見せる。

そういう出費は赤字で書くから、目立つのだ。



何故か?

夫もわたしも兄弟が多い。

夫は七人きょうだいの長男、わたしは六人きょうだいの三女。

必然的に親戚縁者が多くなる。各々の子供達が、また多い。

3人、4人は平気でいる。ウチに子供がいないのが不思議と、両家から言われる。

余計なお世話であるから、軽く聞き流しているが。

で、それぞれが今、結婚ラッシュ。余り会った事のない子でも、親族として祝ってやりたい。相当な遠方でもない限りは出席する。

伴い、一族高齢化。

お迎えが来て、香典出費も凄いのだ。大叔父、大叔母、伯父に伯母、従兄に又従兄といった面々だ。


「秋だしまぁ、しょうがないじゃん」

こういう時でも、悲観しないのが夫である。

前向きと言うか、気にしないと言うか。のんびり構える人である。

つき合った時から変わらない。

こういう所に、他の男達とは違う面を発見し、結婚を思った。

「かもね」

不思議と納得、させられる。


庭の紅葉が綺麗である。夫も目をやっていた。

「会社の奴にチョコレートを貰ってたんだ。冷蔵庫に入れておいた

んだけど。喰う?」

「うん。カリントウも入っていると思う。序でにコーヒーもあるといいわね」

「あ~っ、インスタントで良ければ入れるよ」

「お願いします」

夫が台所に向かう為、立った。

固定電話が鳴る。

「はい。おうっ、文(ふみ)ちゃんか?」

わたしの義理の姪である。夫の直ぐ上の姉の子で、双子の姉だ。

男女の双子で「文彦、文子と命名したのよ。いいでしょう?」

義理の姉が言っていたのを思い出す。

最後に会ったのが、中学生ぐらいの時だった。この義姉には他に3人、子供がいる。

「暫くだな。元気?ママも、ヒコも、パパも。それからワンちゃんがいたろう?

パコとかいう」

雑談の2、3を夫はした。上機嫌である。

「相変わらずだねぇ、ウチは。俺達も50の坂を越えちまってさ。うん、うん、そうか、そうか」

殆ど父親である。

「で?」

急に激怒した。

「結婚するってぇ~っ?しかもヒコも同時に?同じ日に?」

「えっ?」

瞬間だが、狼狽する文ちゃんの声が聞こえた。

「3年後にしろッ!3年後にッ!!!!」

ガチャン!

荒々しく受話器が置かれる。


「・・・・・・」

「・・・・・・」

我々は数秒、お互いの眼を黙って見た。

同時に

「はぁ~っ」

大きな溜息をひとつ、同時に吐いた。


                       <了>











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夫婦の溜息 なかむら恵美 @003025

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