第22話
「あの」
開けられたままの障子の向こうには、軍服姿の当麻が立って部屋の中を見回している。
今日は先代当主の屋敷に行っていると八重から聞いていた紗月は、戻って来るなり部屋にやって来た当麻の姿を、唖然と見上げていた。
「なんだ、この部屋は」
不機嫌な顔をし、まるで責めるような声に紗月は戸惑う。散らかってはいなし、汚れてもいないとは思うけど……紗月も自室を思わず見回す。
箪笥、鏡台、座布団、文机、裁縫道具箱。とくにいつも通りで変わったことはない。糸くずが落ちていて、それが目について機嫌を悪くしたのかもしれない。あとで確認して掃除をしなくては。紗月は「すみません」と頭を下げた。
「あら、当麻様。お早いお帰りでございますね」
「ああ、八重か。なんだこの部屋は」
紗月は刺繍を畳の上に置き、八重に助けを求める視線を送る。
「なんだ、とは? なんでございましょうか」
「薄暗くて、狭いこの部屋のことを言っている」
「はあ、ですがそれは当麻様が嫁がれてくる奥様の部屋は、執務室から一番離れた部屋で、屋敷の端の部屋にとおっしゃりましたので、このお部屋を奥様用にご用意をした次第でございますが」
この部屋に問題でもあるんだろうか。特に不都合があるような部屋とは思えない。
「紗月」
「はい!」
急に名前を呼ばれ、背中に針が通ったように伸びた。
ジッと見られている。今日の着物は八重さんが用意をしてくれたものだからおかしくはないはず。紗月はそっと視線を外し、畳の目を数え始める。
「二週間半後に帝の誕生日パーティーがある」
「は、はい」
「お前も一緒に出席してもらう」
「え? あの」
「八重、後は頼んだぞ」
「かしこまりました」
心なしか、八重の声が弾んでいるように聞こえる。当麻は背を向けて去ろうとした足を、一歩踏み出したところで止めた。
「あと部屋は、母屋の野ばらの部屋に移るように」
「いいのすか?」と八重が聞き返す。
「問題ない」と当麻は去って行った。
「あの、八重さん」
彼女は動きを止めたまま、当麻の背中を何か言いたげに見つめている。
「八重、さん」
「申し訳ございません。では帝様の誕生日パーティーに着ていくお召し物を、早速揃える手配をいたしましょう。当麻様、四家の方々は基本、軍服になりますので、伴侶の方は家に沿ったお色のお召し物になります」
八重は紗月の前に座り、説明を始める。
「あの、なら青色の着物を着る、ということですか?」
「さようでございます。本来なら新しく仕立てるのでございますが……ええ、何とかしますとも。九条の名で」
八重が拳を作り、力強く頷いている。
「今から仕立てるのは大変だと思うので、青い着物が一枚あるので、それを仕立て直しをすれば」
「駄目でございます」
目を見開いている八重に、紗月は少し寒気がした。
「九条家の青は決まった色がございます。贔屓にしている呉服……」と八重ははたと
黙り込み、紗月を見ながら顔が上下し始めた。
今日は何だか、よく見られる日だわ。紗月は自分の膝を見つめ。彼女が話し出すのを待つ。
「洋服……そうですわ。当麻様は軍服を着ておられますので、洋服はいかがでしょうか?」
「洋装、ですか? でも私、洋服は着たことがないんですが」
清原にいた時、周りで洋服を着ている女の人はいた。でも何だか生地は薄そうで、裾がヒラヒラとしていて着ていても大丈夫なのか心配しかなかった。あれを自分が着るの? どうも想像がつかない。
「あの」
「奥様、ご希望はございますか?」
私は着られればいいけど、四家当主の伴侶に相応しいものを見に付けなければいけない。そうしなければ九条の家を貶めてしまうのだと、紗月にも理解できた。
ならば、当麻様にご迷惑と恥をかかせないようにしなければいけない。紗月も気合を入れる。
「あの八重さん。着る物はお任せします。私もお手伝いとか、何か覚えたりしなければいけないことはありませんか?」
まただ。八重は紗月を見て今度は目をランランとさせている。
「ござまいます。ええ、凄くございます。奥様にはそちらをお願いしたいと思いますが、よろしいでしょうか?」
圧のある言葉と声に、断れるような雰囲気はない。
「私でできることなら」
「では、その時はよろしくお願いいたします」と八重は頭をさげて部屋を出て行った。
表情は相変わらずだけど、八重さん嬉しそうだった。やっぱり自分の物でなくても、呉服屋や洋装店に通うのは楽しいのだろう。八重からのお願いに、ほんのりの怖さを覚えながら、紗月はその日が来るのを楽しみにしていた。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
あとがき
どうも作者の秋乃ねこです。
いつも読んでいただきありがとうございます。
こちらの作品はカクヨムコンテスト11ライト文芸部門に参加中です。
いいねの♡や★をいただけると、作者のやる気がもりもり増えていきます!
どうぞ♡や★を入れてもいいよ~という方は、どんどん♡や★を三つほど入れてくださいませ!よろしくお願いします。
次の更新予定
帝都神獣守護録~花嫁と血筋の鎖 秋乃ねこ🌹🌸 @akatuki2430
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。帝都神獣守護録~花嫁と血筋の鎖の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
参加中のコンテスト・自主企画
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます