第21話
「上手くやっているか?」
父は茶器に抹茶を入れ、柄杓で湯を注ぎ始めた。
「はい。しかし怪異と妖の動きが活発なのが気になるところではあります」
「青龍を従える九条の人間として、失敗は許されないぞ。九条家は、常に頂点にいるべき家だ。九条の名に恥じないような行いをしなければならん」
「分かっています。父上」
子どもの頃から浴びせられてきた言葉は、どれほど聞き流そうとしても耳に届くたび胸を圧迫し、息を詰まらせた。膝に乗せていた手に自然と力が入り、手の甲の血管が浮き出ている。
子供の頃からどれだけ頑張ったところで父が褒めてくれたことは無い。剣術を磨いても、難しい術を取得しても、だから何だと一蹴する。頑張って妖を倒しても、怪異を倒しても、多くの人を守っても、その先を父は求めてくる。いや、もう親に褒められたいという年ではない。それにもう褒められたいとも認めて欲しいという子供じみた気持ちはない。ただ聞き飽きた言葉の重さだけが、当麻の体にのしかかってきた。
「青龍とはどうだ」
「変わりなく」
「上手くやっているんだな」
シャシャシャと茶筅で抹茶を点てる音がやけに響いた。
「はい」
うわべ上、周りからは上手くやっているようには見える。でも実際は違う。青龍は自分を従える九条の人間としては認めてはいない。しかし子供の頃から比べると、幾分かマシにはなっている。それでも青龍の中では、自分はきっと嫌々ながら仕方なく一緒にいなければならない存在なのだと、当麻は嫌というほど思い知らされてきた
「あの」
「なんだ」
「伯父さんが亡くなって、父上を飛ばして俺が青龍と血脈の契りを交わしましたが、伯父さんは青龍とはどんな風な関係だったのでしょうか」
「――さあな」
「どうして、父上を飛ばして、俺だったんでしょうか」
ずっと気になっていた。父でも良かったはずだ。いや、本来なら父の兄である伯父が亡くなれば、血脈の筋として跡を継ぐのは父のはずだった。それが父を飛ばして、まだ子供だった自分に血脈の契約が行われた。
昔に青龍にも同じ質問をしたことがあった。青龍は「一度、龍庵を通したから」だと、深い眉間の皺を作り、怪訝な表情で答えてくれた。その時の青龍の表情に、胸を錐で刺されたような鋭い痛みを覚えそれ以上、言葉を聞き続けることができなかった。
聞いて関係を悪化させたくなかったし、当麻は理不尽にもう嫌われたくもなかった。
「私は九条家の当主としてまた、青龍を従えられるような力がなかったかだ。だは当麻、お前は違う。母親の胎内にいる時から霊力が豊富だった。だからまだ幼くても、先が長く伸びしろがある息子のお前に契約を流したのだ」
「そう、ですか」
碗に口をつけて一気に喉へ流し込み、茶碗を亭主に返した。
「なんだ、急に」
「いえ。ふと思っただけです」
今日はこれいいだろう。もう帰ろう。
当麻が膝を立て、立ち上がろうとした時だった。
「妻に迎えた清原の女、問題はないか」
ああ、これが今日の本題だったのかと当麻は気づき、再度座り直す。
「はい。問題なく」
「そうか。二週間後に行われる、帝の誕生日パーティーに出席できるほどの教養は大丈夫か?」
「パーティーには、一人で出席するつもりです」
父は何も答えない。父は静かに茶碗を受け取り、水指から柄杓で静かに水を掬い、茶碗へ落とした。茶筅を取り、くるりと回して汚れを洗う。
基本、パーティーには結婚している者は夫婦で出席するのが通例だが、ここは九条の家の力で通してしまおうと、当麻は考えていた。
紗月を人の集まる場所に連れて行くのは、どうも気が引ける。あの自己肯定の低さでは、隣に立たせることは難しい。八重の話を聞く限り、少しは改善されたようだが……
思わず、紗月が刺繍をしたハンカチを入れている内ポケットがある場所に手を当ててしまう。どうして持ってきてしまったんだろうか。体が、心が少し軽くなった気がした。
「当麻、お前の妻になったんだ。連れて出席しろ」
「――はい」
「今日はこれで仕舞いだ」
「結構なお手前でした、では失礼します」
立ち上がった当麻は茶室を出て障子を閉め、歩いて来た廊下を戻る。
途中、枯山水の庭が見られる縁側で足を止めた。
「はあ、やっと息ができる」
深く息を吸って、肺に新鮮な空気を送り込む作業を数回繰り返した。
「あいつをパーティーに、か。一人のほうが気楽なんだが」
もちろん玄武の現当主であり紗月の腹違いの兄である清原鷹明も来る。四家として顔を合わさない訳にはいかない。
「なるようにかならんか」
庭の渦が重なった砂紋を見つめならが、自分はずっとあの中を回り続け抜け出すことができない小さい魚に過ぎないと、当麻は姿勢を伸ばして玄関に向かった。
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