第3話 お世話になりました

 わたくしがアレクシスに公開告白を行い、「平民になります」と宣言をした翌日、さっそくローゼリア侯爵家で家族会議が行われた。


「ソフィアお姉様!?」


 朝起きて、朝食の後に呼び出されたので執務室へ行くと、4人の男女が座っていた。

 昨日さくじつ舞踏会にいたお父様、お母様、お父様、そしてここから馬車で半日かかる土地に嫁いだはずお姉様が座っていたのだ。


「4か月ぶりね、リリアーナ。毎日楽しそうで何よりよ」


 お姉様は優しく微笑みながら優雅に手を振ってくれる。

 けれど、他の3人はまるで解決しない問題が出てきたとでも言うように頭を抱えていた。


「リリアーナ、とにかくそこに座りなさい」


 お父様は書斎の机に座り、お姉様の隣にわたくしを促す。

 前には笑顔が引きつっているお母様と厳しい顔をしているお兄様。

 『しん……』と静まり返った執務室。

 最初に口を開いたのはお父様だった。


「それでは始めよう。リリアーナの嫁ぎ先を決めることだ」

「お父様!?」


 本当は淑女たるもの言葉を遮ってはいけないのだけれど、お父様の言葉に聞き捨てならなかったわたくしはつい声を上げて立ち上がってしまう。


「座りなさいリリアーナ」

「議題を変えてください! わたくしは諦める気はありません!」

「リリアーナ」


 お父様に抗議していたはずが、それを諫めたのはお兄様だった。

 お兄様は昨日のカイン様程ではないにせよ、冷たい眼差しでこちらを見ていた。


「冷静になれ。父上も母上も困っていることがわからないのか」


 お兄様はお父様とは少し違って厳しい一面も持ち合わせている。

 甘いだけではないその表情に、わたくしは静かに座り直す。


「リリアーナ、話を前に戻そう。君が恋をしたというアレクシスについて昨夜、使いの者に調べさせた」


 お父様に話の主導権が移る。


「彼に虚言癖はないことはわかった。冒険者だったが引退をし、ブレムナ街で小料理屋を営んでいること。家族は母方の叔父とその奥方のみ。カイン様に言っていたことで何1つ間違いはない」

「では!」

「だからこそ問題なのだ。平民を貶すつもりはローゼリア侯爵の名に誓ってないが、貴族が平民になるとはどういうことかお前は知らない」

「今までの暮らしと全く別なことくらい理解しております! 料理も、衣服も、文化も地位も……」

「家族も捨てる覚悟はあるのか?」


 お父様の言葉にわたくしは固まる。

 無意識に考えないようにしていたのかもしれない。


「貴族と平民は簡単には会えない。今回お前がアレクシスと会えたのは私が偶然取り計らったからだ。リリアーナが平民になるならば、祭事の時以外では……祭事でも話すことはできない可能性がある」


 家族に会えない。

 口が止まる。

 それを見抜かれていたようで、お兄様が1つ息を吐いた。


「父上、やはりリリアーナは成人したとは言えまだ恋に生きる乙女だったようです。世間を知らなすぎる。この子には貴族に嫁いで幸せになってもらった方が身のためかと。母上はどうお思いで?」

「そうね……実らない恋は可哀想だけれど、愛娘が不幸になるくらいなら多少強引にでも縁談を進めた方が良いのではないかしら」

「ふむ、ではさっそく……」

「お、お待ちください!」


 わたくしが遮るため、全員言葉を待つが、次が出てこない。

 このままでは結局「恋に恋しただけのお騒がせな娘」で終わってしまう。

 そのような時だった。


愛し子にはアマトゥス・プエル世界の風を踏ませよヴェントス・ムンディ・カルカト


 隣に座っていたお姉様が紅茶を飲みながら、有名なことわざを読んだ。


「ソフィー?」


 お母様が首を傾げると、お姉様がティーカップを優雅に置き、皆を見回した。


「確かにリリィの発言は突然すぎるし、お父様達が反対する気持ちがわかります。ですが、せっかくお兄様という跡継ぎがおり、わたくしという嫁いだ人間がローゼリア家にはいるのです。末子には世界を見せたらいかがでしょうか?」

「だ、だがなぁソフィア……家族を捨てるというのは……」

「言い方が大袈裟ですね。それは平民になった時のリリィの話でしょう? ローゼリアの名を持っている者は会えますよ」

「そう簡単に会える程我々は暇じゃないがな」

「あら、お兄様? 貴族同士でもこうやって家族で顔を合わせられることなんて3か月に1回程度ではありませんか」


 完全にお姉様が喧嘩腰になっている。

 お姉様が味方になってくれているのはわかっているけれど、このままでは家族喧嘩に発展してしまう。


「あ、あの! お姉様、わたくしの代わりに仰ってくださりありがとうございます」


 まずはお姉様に感謝を述べることから始める。

 その後に他の3人に向き直る。


「言い淀んでしまい申し訳ありません。覚悟が決まっていないわけではなかったのです。実際に言葉にされると迷いが生じてしまい……」

「リリィ……」


 お母様が悲しそうな顔でこちらを見るが、わたくしは気丈に振る舞うことにする。


「家族を捨てるという薄情な考えは持ち合わせておりませんが、結果的にそうなってしまったこと、申し訳なく思います。しかし、それでも平民になり、アレクシスと添い遂げたいです。お許しください」


 そう言って、ドレスをつまんで上級の会釈をする。

 お母様が涙を零すのが、お兄様が天を仰ぐのが、お父様が体を震わせるのが会釈する前に見えた。

 薄目で、お姉様が立ち上がるのがわかる。


「お父様、少々リリアーナと話してまいります」


 お姉様はそう言うとわたくしを連れてバルコニーへ出た。


「……あの、ソフィアお姉様?」


 バルコニーに出た後、お姉様はしばらく無言を貫いた後、「ぷっ」と噴き出した。


「あはははは! まさか平民に恋をするなんて! あなたやるわね、リリィ!」


 淑女らしからぬ、お腹を抱えて笑うお姉様。

 幼い頃、木登りをして落ちても笑っていたお姉様だ。


「それで? 王家主催のパーティーで平民に告白? さらに平民になる宣言? あたしもその場にいたかったわ!」


 お姉様は一頻り大笑いした後、「はー」と息をついて、こちらを向いた。


「リリィ、あたしは賛成よ。好きでもない殿方に嫁いで、人生を全うするより、茨の道を選んでも幸せだと思った方が何十倍もいいもの」

「じゃあ……!」


 味方をしてくれるお姉様に、喜んで顔を上げたのも束の間、彼女は冷たい表情に変わった。


「でも、時と場合を選びなさい。盲目になりすぎて、破滅の道を歩んだ者を多く見てきた。これからあなたが行く道が、修羅でないことを祈るわ」


 「それと」とお姉様はさらに続ける。


「アレクシスとやらは、あなたのこと、本当に好きなの? あなたの独りよがりではなくて?」


 お姉様に言われ、初めて気づいた。

 アレクシスは一度としてわたくしのことを好きだと言っていない。

 お姉様はすぐに見抜いたらしく、大きく溜息を吐いた。


「気が遠くなりそうね。まあ、やれるだけやってみたらどうかしら。侯爵家にはもう、戻ってこれないけれど」


 アレクシスとの恋は実らないかもしれない。

 ローゼリアにも戻ってこれない。

 それでも。


「覚悟は決まっております」


 わたくしの言葉に、お姉様は不敵に笑った後、「戻りましょう」と執務室に戻った。

 後を追うと、3人が待っていた。


「リリアーナ、決めたよ」


 お父様が口火を切る。


「お前をローゼリアから除籍し、平民にする」


 お母様の目が赤い。

 きっとこれから悲しませることになるのだろう。

 だからわたくしは、ドレスをつまんで上級の礼を見せる。


「大変お世話になりました。お父様、お母様」

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イケメンにはもう飽きたのでちょっとくたびれたおじ様と結婚したいと思います~身分違いの恋?では私が平民になりますわ!~ 雪野真白 @mashiroyukino

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