神様は意地悪

@anv

運命

 死期が迫った人間は、そのことを悟ることができる。


 僕もそうだった。


 沙也加が見舞いに来た時、僕は珍しく身体の調子が良かった。


 けれど、それは神様が最後に与えてくれたご褒美なのだとわかっていた。  


 ここまで苦しい思いをしながらも生きてきた、僕へのご褒美。


「沙也加」


「うん?」


「愛してる」


「……私も。愛してる」


 沙也加は涙をこらえているようだった。僕には見せまいと、きっとそう思ったのだろう。


 優しい人だ。彼女がこれからも生きていてくれるなら、僕はそれでいい。


 でも、たった一つ、願いが叶うのなら……。


「ぼく、生まれ変わってもまた、沙也加のそばにいたい」


「……うん。また、会おうね。今度は、もっともっと長く、一緒にいよう」


 それから沙也加が帰って数時間の後、僕は死んだ。


 2025年12月24日。


 僕の命日だ。




「どちらさま、ですか?」


 気付くと、真っ白な世界にいた。辺りを見回しても、天使の輪っかをつけて、ガウンのようなものを着ている女性しかいない。


 問うと、彼女は答えた。


「神様」


「……そう、なんだ」


 なぜだかすんなりと受け入れられた。きっと、この非現実的な世界がそうさせたのだろう。


「ありがとう。僕と沙也加を出会わせてくれて」


「礼を言われる筋合いはない。それよりも、お前の最後の願い、叶えてやろうか?」


「最後の願い?」


「そうだ。生まれ変わっても沙也加のそばにいたいという願いのことだ」


「ああ……」


 なんと気前の良い神様だろうか。僕は感激した。


「お願いします」


「いいだろう」


 神様の持つ杖が眩しく光りだした。


「ところで、記憶はどうする?」


「記憶?」


「ああ。前世の記憶を持ったまま生まれ変わるか、それとも記憶を消して生まれ変わるか」


 そんなの、悩む理由がなかった。


「もちろん、記憶は持ったままで」


「そうか」


 神様は、意地悪そうに笑みをこぼした。



 次に目を開けた時、最初に見えたのが沙也加の顔だった。僕と最後に会った時よりも幾分か老けているが、その美しさは健在だ。


「……はじめまして、遥。産まれてきてくれてありがとう」


 沙也加が僕に言った。


 そうか、僕は沙也加の子どもとして生まれ変わったのか。確かに、これなら僕はずっと沙也加の隣にいられる。


「ほら、あなたも」


「ああ。本当に、よかった……。無事に産まれてきてくれて……」


「ちょっと、泣かないでよ」


 この人が沙也加の旦那さんか。良い人そうでよかった。


 嫉妬の気持ちはなかった。ただ、僕がいなくても沙也加が幸せを掴んでくれたことが嬉しかった。


 それから僕はすくすくと成長した。


 幸せだった。家に帰れば沙也加がいる日々。前世ではほとんど味わえなかった幸せだ。


「そういえば、2人はいつから付き合ってたの?」


 それは、2人の十年目の結婚記念日のことだった。僕は何気なく尋ねた。結婚してから十年ならば、付き合い始めてからは何年経つのだろうと。


 沙也加は答えた。


「えっと〜、結婚する7年前に付き合い出したから、17年前からかな」


「え」


 僕は苺が刺さったフォークを落とした。


 17年前……。今は2039年…………。17年前ということは、2人が付き合い出したのは、2022年ということになる。


 その時、僕はすでに沙也加と付き合っていたはずだ。


 手が痙攣する。頭が白く覆われていく。


 そして、今度は怒りが全身を襲った。


 気付いたら、2人は死んでいた。



『昨夜9時ごろ、〇〇市の住宅で、この家に住む夫婦が倒れているのを親族が発見し、警察に通報しました。警察によりますと、夫婦はいずれも刃物で傷を負っており、その場で死亡が確認されました。


また、家の中からは、夫婦の子どもにあたる10歳の息子が首を吊った状態で見つかり、死亡が確認されました。警察は、現場の状況から、子どもが両親を殺害したあと、自殺を図ったとみて捜査を進めています。


近隣住民によりますと、家族にこれまで大きなトラブルは聞かれていないということで、警察は動機や当時の状況を慎重に調べています。』


 

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