せっかく追放されたのに、俺の復讐を待ってくれない!
イスルギ
第1話 図書館で追放する奴は、だいたい金髪
「ユウト、君をパーティーから追放する!」
静謐な図書館にて、大きな声が木霊した。
声の主は、背筋を伸ばした金髪の青年。
光が差せばキラキラと反射しそうな鎧を着ており、立ち姿も凛々しい。
だが、歴史的な文献が並ぶ厳粛な空間には、あまりにも不釣り合いな音量だった。
「……お静かに願います」
遠くの書架の影から、司書らしき人物が眉をひそめたが、その忠告は無視される。
リーダー格の爽やかな救国顔の青年は、勝ち誇ったように続けた。
「俺たちも悩んだ末なんだ。なに、無一文で出て行けと言うわけじゃない、これが君の分だ。ありがたく受け取ってくれ」
手にしていた革袋を、相手の足元へと放り投げる。中でじゃら、と金貨の音がした。
その向かいに立つのは、年若い斥候風の装備をまとった冒険者――ユウト。
体つきはまだ細く、髪も風に吹かれたように乱れていた。
軽装備の革鎧には使い込まれた痕があり、地味ながら地道に研鑽を続けた軌跡を感じさせる……
が、今はただ、唇をかすかに震わせていた。
「なんでだ……? 僕なりにパーティーに貢献してきたはずだ」
声が掠れていた。
その様子を見つめるのは、救国顔の青年の両脇に立ってる――見習い治療師のセリカと、初級魔法使いのリリス。
二人とも可愛らしい。そして男の肩にそっと寄り添うようにして、彼の判断を無言で肯定していた。
「セリカ……俺たちは、将来を誓い合ったじゃないか……!」
ユウトが悲痛な声で訴えたとき、セリカは涼しげな顔で小首をかしげた。
「……いつの話をしているのよ、ユウト。昔の約束なんて、今さら引き合いに出すつもり?」
冷たい言葉だった。リリスが鼻で笑い、リーダーが肩をすくめる。
「これもパーティーの成長の一環だよ、ユウト。君は……まぁ、器用だったかもしれないが、戦力外と判断した。それだけのことだ」
往年の仲間に対して酷い言い草だ。理不尽だ。何より、場所が悪すぎる。なぜ追放劇の舞台に図書館を選んだのだ。
図書館の隅で、厚い本を開いていた中年の魔導士がそっと頭を抱えた。
近くの机では、古代文字を写本していた魔法学院の生徒達が、ペンを走らせながら、興味深げに聞き耳を立てる。
――まったく、我らが神聖なる図書館で騒ぐなっちゅうねん
声に出さずに不満を呟くのは、書架の陰から覗く一冊の魔導書だった。
ここは幻想図書館。しゃべる魔導書が時たま勝手に脱走する、カオスな図書館だ。
その魔導書は、異世界人の滑稽な様子を眺めるのが日課の楽しみであった。
最近は、冒険者ギルドの酒場で「追放劇」が流行っていると聞き及び、度々図書館を脱走しては、市内の追放劇を観覧しに行っていた。
だが、なにもこんな由緒正しい図書館まで、流行に乗らなくてもいいと思う。
その後、ユウトが何かを叫び、金貨の袋を拾うことなく、ただ背を向けて走り出した。
力任せに扉が開かれ、図書館に冷たい風が吹き込む。
彼の小さな背中は、すぐに人の波に消えていった。
一冊の魔導書は、走るユウトの背中を慌てて追いかけた。
――図書館から、まっすぐ森にて導線どうなっとんねん!
街の石畳を抜け、草原を越え、気づけば足元はぬかるんだ土の感触。
大木を目にし、ようやく森まで来てしまったのだと足を止める小さな背中。
「クソッ……ッ!」
叫びながら、木の幹に剣を打ち込んだ。
固い樹皮を刃が割り、鋭い音があたりに響いた。
「あいつら……どうして……」
手切れ金なんて要らなかった。
いや、本音を言えば――本当はまだ、セリカのことを諦めきれていなかった。
長い年月をともに過ごした幼馴染。笑い合った日々。手を取り合った誓い。
それが、あんなあっけなく「いつの話をしてるの」なんて――。
「ふざけるな!」
バシィン!
剣が、また木に打ち込まれる。
振り下ろす腕には、怒りとも、悲しみともつかぬ熱がこもっていた。
だが――。
――金は、……あといくら残ってたっけ?
頭の隅で、現実的な問題が顔を出す。
金貨の袋は受け取らなかった。所持金は、街の宿を数日過ごせる程度。
このままでは、生きる手段さえない。
「だったら、強くなって見返すしかねぇだろ……!」
ユウトはもう一度、木を斬った。その時だった。
「……ゴルゥゥ……ッ!」
森の奥から、低く、重たい唸り声が響いた。
ユウトの耳がピクリと反応する。頭の中に警鐘が過った。
次の瞬間、木々を押しのけて突進してきたのは、巨大なイノシシ型の魔獣だった。
体高は人間の二倍、ゴツゴツと変形した牙は岩をも砕きそうな曲線を描いている。
毛並みは濡れたように黒く、目は血走っていた。
「……嘘だろ、ワイルドファングが何でここに」
森の中、しかも日が落ちかけて視界も悪い。
ユウトは条件反射で身を翻したが、魔獣はすぐに追いすがる。
俊敏な斥候である彼をしても、地形の悪さと体力の消耗がたたった。
凶悪な牙が地面から、掬い上げるように差し迫る。
「うわッ――がッ!」
慌てて飛びのいたが、横合いに叩き飛ばされ、地面を三度もバウンドした。
背中を木に叩きつけ、呼吸が止まる。
――だめだ……死ぬ……!
全身が鉛のように動かない。魔獣が、こちらへ牙を突き出して突進してくる。
視界が霞み、耳鳴りがする。そのとき――
『スキル獲得条件達成』
――ッ?!
『ユニークスキル【物質軟化】を習得しました』
頭の中に、機械的な声が流れ込んできた。
目の前の世界が、少しだけ色を変えたように見えた。
――物質……軟化?
意味を考える間もなく、震える手が本能的に前に出た。
突撃してくる魔獣の頭へ、指先を向ける。
「おおおおおおおッッ!!」
次の瞬間――魔獣の額が、波紋を伴って落ちくぼんだ。
角のような牙も、骨格も、肉も、まるでゼリーのように変質する。
そこへダメ押しの体重が乗った一撃が加わり――
ドッ……ボシュッッ!!
あまりに説明しがたい感触と音とともに、魔獣の体が破裂……いや、ゼリーのように弾け飛んだ。
暗くなった木々の間に、魔獣だったものが飛び散る。
「……な、な、なんだこれ……」
呼吸が荒い。膝が震える。
だが、ユウトは確信していた。
これは偶然じゃない。
自分は、大きな力を手に入れたのだと。
「……やってやる。僕は絶対に……俺は絶対に、見返してやる……!」
静かな森の奥、月明かりに照らされたその場で、少年は立ち上がった。
彼の背中から、じわじわと溢れる闘志。その姿を上空から魔導書が表紙をばたつかせて見下ろしていた。
――いやまず傷治せや! バウンド3回して木に背中ゴン。 今ゼリーまみれやろ!?
謎の自信を得たユウトは森を出て、夜道の街道を突き進む事にしたらしい。
朝日が顔をのぞかせる頃、街道を抜けた先にあったのは、地図にも載っていないような小さな辺境の村だった。
道は泥でぬかるみ、屋根は藁葺き。街のような活気もなく、冒険者ギルドも看板だけのようなもので、登録しても依頼は草むしりか薪割り程度。
だが、ユウトにはちょうどよかった。なぜなら、この村には誰も彼を知らない。
過去の自分を脱ぎ捨てるには、うってつけの場所だった。
ユウトは日雇いの伐採仕事にありつき、空いた時間で狩りや薬草採取をこなした。
金はない。宿もない。森の外れに布を張り、焚き火で体を温めながら、夜ごと剣を振った。
「……軟化」
石の表面がふやけ、拳を打ち込むとひしゃげた。
鉄片を握れば、ゆっくりと曲がる。
獣の牙を軟化させて噛ませれば、その牙はぐにゃりと曲がって無力化する。
――この能力は、物質を柔らかくさせるんだ
それは形状や物理性質までも崩すユニークスキル。
一撃の破壊力ではなく、知恵と戦術に応える賢者の武器と理解した。
「この力……使いこなせば、なんだってできる」
ユウトは確信していた。
もう、誰の後ろをついて歩く必要もない。自分の力で、自分の道を切り拓ける。
ある日、森の北側の沼地付近で、ユウトは二人の人物と出会った。
一人は、落ち着いた顔立ちの青年――ライナ。
かつて小貴族の嫡子だったが、政略に嵌められて爵位を剥奪されたという。
無理やり傭兵部隊に放り込まれ、命からがら脱走してきた過去を持つ。
もう一人は、淡い栗色の髪を持つ少女――ミア。
治癒魔法の使い手で、師匠に裏切られ、実験材料にされそうになったところを逃げ出してきたらしい。
焚火を囲って、小枝がはぜる音を聞きながら、どちらからともなく呟いた。
「お前らも、追放されたのか?」
ユウトがそう言うと、ライナが片眉を上げて返す。
「……お前も、か」
それだけだった。だが、それで十分だった。
互いに過去を多く語ることはなかったが、三人は自然と共に行動するようになった。
三人で狩りをし、洞窟を探検し、小さな依頼をこなす。草むしりに薪割り。溝の掃除。
ユウトは確かに感じていた。
「この力、この仲間があれば……元のパーティーなんて、いつだって超えられる」
そんな背中を草葉の陰から覗き見て。
――いやそれ言うの早すぎるやろぉぉぉお!
知らんまに“田舎スローライフ”始まってるし!
お前、月明かりに向かって叫んでたのに、次の瞬間草むしりと薪割りしとるやないか!
魔導書が月明りを背に心で吠えた。
さて、ユウトが追放されてチート能力に目覚め、草むしりをして、決意を新たにした数日後。
草原に近い丘陵地では血風が舞い、死の香りが立ち込めていた。
「せっかく追放したのに、ざまぁが待ってくれないとはこの事かな?!」
ユウトを追放した元パーティーの三人。ハヤト、セリカ、リリスは、思わぬ数の魔獣に囲まれていた。
「ちょっと、なんでこんなに魔獣が……!?」
「セリカ、すまない、後ろだッ! 魔物の増援が――クソッ!」
ハヤトの剣が、硬い甲殻の魔獣に弾かれた。
セリカの回復魔法は追いつかず、リリスの魔法詠唱も中断を余儀なくされる。
そこへ、風を割って歩くひとつの影。
泥にまみれた長衣。光を宿したような鋭い眼差しが、高地から降り立った。
「――やあ」
風が運んだその声に、セリカの体が硬直する。
「ユウトっ!?」
「困ってるみたいだね」
ユウトはゆっくりと歩み寄り、笑みを浮かべる。
「君たちには、やっぱり、俺が必要だったんじゃないのか?」
瞬間、魔獣のひとつが彼に飛びかかる。だが慌てることはない。
「軟化」
魔獣の皮膚がふやけた瞬間、拳が叩き込まれる。
ズドッ!
粘土のように変質した魔獣は、その一撃で内部から崩壊した。
ハヤトたちが、目を見開く。
「そんな……一撃で……」
「嘘でしょ……ユウト、いつの間に……」
セリカが、口元を押さえ、顔を蒼ざめさせる。
リリスはただ呆気にとられて立ち尽くしていた。
ユウトは、彼女たちの前に歩み寄る。
「僕がいれば、こんな魔物なんて敵じゃないってことさ。わかったろ?」
そして、セリカの目を真っ直ぐに見つめる。
「……戻ってこい、セリカ。君は……僕の婚約者だったろ?」
魔獣を一撃で打ち倒し、周囲の空気すら支配するような力を見せつけながら、ユウトは真剣な目で問いかけた。
口元にはかすかな笑み。自分がここまで成長したことを、セリカに見せつけたかったのだ。
風が吹いた。セリカの長い髪が、揺れる。
もしここに、件の魔導書が居合わせていたらこう言うだろう。
……ユウト、言わせてくれ。草むしりと薪割りは何やったんや……!!
そして、セリカ、さぁ、どうでる??
「いや、普通に無理。……追放したばかりじゃない。何を今さら」
その声は、あの日と同じように冷たかった。
何もなかったかのように、当然のように。
まるで、ユウトと過ごした時間など、最初からなかったかのように。
「……な、に……?」
声が裏返ってしまった。口が乾く。喉が焼けるように熱い。
「俺は……俺はここまで……!」
「先に出てったの、そっちでしょ? 未練がましいよ、ユウト。見ててイタいよ」
追い打ちをかけるようなリリスの言葉に、ユウトの顔が歪んだ。
拳を握る。血がにじむほどに。
「てめぇ……!」
「そこまでだ、ユウト。助けてくれたことは感謝する。でも君との冒険はもう終わったんだ。僕の大切な仲間たちに、そんな目を向けないでほしい」
ハヤトが剣に手をかけ、空気が険悪になる。
リリスは口元を押さえている。なぜか笑いをこらえているように錯覚した。それほどの動揺。
「お前ら……全部、全部……!」
ユウトが今にも怒鳴りそうになったその時。
「はい、ストップ」
間の抜けた声とともに、二人の影が現れた。
ライナとミア。ユウトと行動をともにしていた“仲間”だ。
「ここで一発、うちらからの“追放ざまぁ”をお届けしようか」
ライナの剣が光り、ミアの術式が展開された。
「お、おい、お前らなにを――」
ユウトの叫びは、ミアの魔法の衝撃にかき消された。
ハヤトは、ライナが繰り出した剣の柄で側頭部を叩かれて昏倒。
リリスは後ろから魔力衝撃波で吹き飛ばされ、セリカもミアの魔法に呑まれて気絶する。
あまりの呆気なさに、ユウトは言葉を失った。
「おい、待てって……おい!」
気づいた時には、三人とも地面に倒れていた。
「お、お前ら……なんで、勝手なこと……!」
「はぁ? 勝手って何? 私たち、ユウトの仲間でしょ? 君の気持ち、汲んだつもりだったんだけど?」
「ちょ、ちょっと待て……これ、やりすぎだ……!」
その瞬間――
「動くな!!」
鋭い声が飛んだ。
木立の奥から現れたのは、街の警邏隊だった。
複数名。すでに武器を抜いている。
「辺境伯の私有地で騒ぎがあると、通報があって来てみたら。まさか、冒険者が市民に手を上げるとはな……!」
警邏隊はユウトを見つけるや否や、険悪な様子で駆け寄ってくる。
「違う! 違う、俺じゃない!ふざけんなよ! 俺はただ……俺は元仲間と話していただけで!」
だが――
「隊長さん、あの人がやりました」
ミアの声が、ひどく冷静に響いた。
「え……?」
「ねえ、ライナ?」
「ああ。俺らは止めたんだが、ユウトが暴れて……。
完全に復讐のためって感じだった。
これが最近はやりの”ざまぁ”ってやつ、なのか」
「……なっ……」
世界が崩れた。
信じていた仲間。心を許しかけていた存在。
だが、裏切ったのは自分ではなく彼らだった。
「……やめろ……俺じゃない……! 俺は、そんなことしてない!!」
「……聞くな。拘束しろ」
ユウトの両腕が、冷たい鎖で縛られる。
がしゃん、と音がして、膝から崩れ落ちた。
「ユウト・レイン。君を暴行容疑で逮捕する。
……ああ、こういった方がお似合いか。
君を街から――追放とする」
その言葉が、皮肉のように響いた。
「……ハッ、ははは……」
ユウトの肩が震える。
笑っているのか、泣いているのか、自分でもわからなかった。
だが――次の瞬間。
ユウトは立ち上がり、真っ赤な目で、ライナとミアをにらみつけた。
そして――
「こんなの……俺からお前たちを追放だッ!!」
絶叫して逃げ出した。
空に向かって、森に向かって、何よりも自分に向けて。
心の奥底から、すべてを吐き出すように。
それでも、誰も答えない。
ただ、冷たい風が吹いていた。
追放から始まり、復讐の機会を見逃し、また追放。
喜劇をあざ笑うがごとく、翌朝には、街道の小道を、二人の人影が早足で歩いていた。
「ふふふ……上出来だったね、ミア」
「ライナこそ。まさかここまでうまくいくとは思わなかったわ」
うまくユウトを追放することに成功したライナとミアは笑っていた。
元パーティーを襲い、金品を奪い、さらにユウトに罪をなすりつけて、自分たちだけが「被害者」として逃げ切った――
「ユウトは街から追放。元パーティーは荷物を全部奪われ、ぐうの音も出ない……」
「これぞ、ざまぁってやつね♪」
その時だった。
木々の間から、低く、だるそうな声が聞こえた。
『……おお、これはこれは。アホの見本市みたいな二人組が、よう喋るわぁ』
「……え?」
空中に現れたのは――ボロボロに古びた黒革の魔導書。
表紙には奇妙な紋様と、まるで“目”のように見える赤い宝石が光っている。
「な、何よ、あんた……! 魔法書? 喋ってるの?」
『誰が“あんた”や。ワシは”
魔導書はふわりと浮かびながら、二人を見下ろすように回転した。
『まあ、今のお前らにはちょうどええ教材やな』
「……何が言いたいのかな?」
ライナが眉をひそめ、後ろ手に剣の柄へと伸ばすが――
『お前ら、マジで最低やな。やること全部が小物以下や。コソ泥、裏切り、なすりつけ。しかも、しょーもない計画で悦に浸るとか、どんだけイタいんや』
「な……!」
『ざまぁってのはな、“自分の手”で道切り拓いたやつだけが言う資格あんねん。お前らのは、ただのハイエナ行為や』
魔導書の言葉が刺さる。いや、刺すどころか斬ってくるレベルだ。
「ぐぬ……うるさいっ!」
ミアが魔力を展開しようとした、その瞬間。
『はい、あかんやつね。そんな中途半端な魔法、我には効かん。逆にくらえ!』
パラり、と魔導書がページをめくると――
甲高い音発射音とともに、青白い閃光が炸裂した。ローブが破けてミアが尻もちをつく。
『きゃっ……!? こ、これは……っ!とか言ってる間に次、お前やで?』
「ま、待て……! オレたちは……ユウトが悪くて……!」
『ほんなら、なんで盗みまでしたんや? ユウトが命削って育てた力に便乗して、火事場泥棒か? ゴミクズにもほどがあるわ』
魔導書はライナの頭上でくるくると回転し、そこから――
ゴンッ!!
急降下して本の角をライナの頭に直撃させた。
「ぐえっ!?」
『“ざまぁ”ってな、言われるためにあるんちゃうねん。言われて喜ぶようになったら終わりやで。お前らの生き様、まるでポンコツ演劇や』
数分後、ミアとライナは、草地に沈んでいた。
敗北ではなく、恥辱と説教での敗北。その傷は、剣よりも深い。
『……最後に教えといたる。お前らな、“追放系”のザコ枠にもなれてへんねん。精々、モブのやられ役がええとこや』
魔導書は、どこから出したのか、つばを吐いて姿を消した。
残されたのは、赤面しながらも動けないライナとミアだけだった。
夕暮れの魔の森――
かつて命の危機に陥り、チート能力「物質軟化」に覚醒した場所。
その同じ森の中で、ユウトは再び剣を振っていた。
「……絶対に許さない……ライナも、ミアも、セリカたちも……全員、見下しやがって……!」
倒木を軟化させて砕き、地面の石をねじ曲げ、斬りつけるたびに憎しみがこもる。
―—今度こそ、全員、俺の力を思い知らせてやる……!
その時――
『――おぉぉい。やってんなぁ、またここで』
背後から聞こえる、どこかだるそうな声。
「!? ……だ、誰だ!」
振り返ると、そこに浮かんでいたのは――
ボロボロの黒革装丁の喋る魔導書。
『我は、
「……魔導書だって?なんでここに……。
そうか、主人公補正、というやつなのか?
ならば、お前の力を貸してくれ。
この俺の、壮大な復讐のために……!」
『いやモブ男が追放されすぎて何抜かしとんねん』
魔導書は空中で大きく溜息をついた。
『お前なあ……それ、何回目や? 復讐。いつまで引きずっとんねん』
「何言って――俺は正しい。あいつらが裏切ったんだ! 俺は――!」
『うっさいわアホンダラ!』
——ゴンッ!!
いきなり飛び出してきた魔導書がユウトの額に命中。
地味に角で直撃され、思わずうずくまる。
「いっ……痛ってぇぇ!?」
『お前な、言っとくけどお前も十分、自分勝手なんやで?』
「な、何だと……!?」
『元仲間がクズやった? そらそうや。ライナとミアもゲスやった? その通りや。でもな、だからって、自分まで同じ穴のムジナになってどないすんねん!』
「…………っ!」
『お前は最初、悔しさで強くなったんやろ? まぁ、ほぼ草むしりしかしてないけどな。 でも今はどうや? “復讐を果たして、ドヤ顔すること”しか考えとらんやないか。草むしりしながらな』
魔導書の声は、静かで、鋭かった。
『“誰のせいでこうなった”とか、そんなんどうでもええねん。問題は、“今のお前がどうあるか”やろ』
ユウトは言葉を失っていた。
何故こうなったのかわからないが、本なんかに罵倒される自分が情けなかった。
『なんか知らんが、お前の成長って、全部“誰かに勝つため”やん。そら、誰かに嫌われて当然やで?』
「……くっ……」
『ほれ、今にも泣きそうな顔しとるやん。ざまぁやな。“お前も大した実力なかったから、追放されて当然やったんや”。そろそろ気づけや』
ぐさり、と刺さる一言。
——たしかに……俺も、仲間の顔すら見ずに、ただ自分の気持ちばっかり……
『異世界スローライフ系ざまぁ爆誕しとる場合とちゃうねん。
少年よ、冒険せい!
……じゃ、ワシは帰るわ』
スッキリした声色を残して、魔導書は何処へともなく姿を消した。
魔の森で、今日も“ざまぁ案件”を片付けた、
どこか満足げに、いや、ほんの少し疲れたように、空中をふわふわと飛んでいた。
『ふぃ~、これで一区切りやな。ほんま、追放テンプレの在庫処分みたいな一日やったわ……』
そして、そろそろ最近住処となった幻想図書館のもとへ帰ろうとした、そのときだった――
バッゴォン!!
『ほげぇっ!?』
黒いアタッシュケースがもの凄い勢いで振り抜かれ、魔導書の表紙に直撃。禍眠の魔導書は経験のない速さで地面に叩きつけられた。
『いってぇえええ!? な、なんやっ……』
「――“なんや”じゃないわよ、バカ!」
姿を現したのは、流れる様な金髪を後頭でツインテールにした美少女。
金糸に白の外套姿に、手には大きな鋼鉄製アタッシュケース。
そう、彼女こそ――《セラ=アーカイブ》。
禍眠の魔導書の、最近ご主人様に就任した絶対の管理者である。
「“また勝手に脱走”して、“またざまぁ発動”して、“また惰眠を貪ってたわね?」
『ま、待ってセラ様! 我は禍眠の魔導書。惰眠などでは、それにこれには事情が――』
「知ってんのよ。ざまぁを撒き散らして、“俺様かっけぇ”を撃破して、“自己中くん”を論破したって、聞いたわよ。お友達の魔導書達が、わざわざ私に、告げ口しに来たわよ」
『う、うそやろ!? あいつら裏切ったんか!友情のページ交換はなんやったんや!!ちゃうで!ちゃうちゃう!今回は正義の鉄槌というか、“社会的倫理”を……』
ドカン!!!
先ほどよりもより大きな一撃が草地にクレーターを生んだ。
「うるさい、と、……言ってるでしょ?」
『理不尽ーーーー!』
余波で弾かれたのか、空中でぐるんぐるん回転しながら、魔導書は叫んだ。
『ほんまになぁ!? ワシがどんだけ現場で働いてるか、ちょっとは労ってや! セラ様は冷たい! パワハラやで!? 事案やで!?』
「おいコラ、ちょっと戻ってきなさいよ」
『ハイィィイイ!秒で戻りました!』
ガシリッ——、と細い腕に掴まれた魔導書の表紙が波打つほどに変形する。
「“勝手に脱走しようとしてんじゃないわよ”って、何度言わせるつもり?」
『うそやん、飛んでただけですやん……! それに、我は正義とご利益の為に、この世に蔓延るテンプレとクズの矯正を……!』
「いいから戻る! 今夜の書庫整理は全部あんたがやるのよ!」
『えっ、ちょ、ちょお待って! 手のない魔導書に書庫整理なんて無理じゃ――』
「何言ってんのよ。手がなければ、ページがあるでしょ。破いてでも何とかしなさいよ」
『鬼ィィィィィィィ!!』
泣き叫ぶ魔導書をアタッシュケースの内に拘束し、セラは容赦なく幻想図書館へ帰還するための転移魔法を敷いた。
そして――
「あ、そうそう。あんたのうるさい仲間たち?
言ってたわよ。……口が臭いって」
「ぐはぁ!……せめて……せめてもの願いや……」
魔導書は涙ながらに、地を見つめてつぶやいた。
「――我も追放されたい!!!」
その絶叫とともに、光に包まれて二人は消えていった。
夕暮れの森に残ったのは、風の音と、うっすらとした魔力の残響だけだった。
せっかく追放されたのに、俺の復讐を待ってくれない! イスルギ @isurugi-ren
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