11/13話:すべてがゼロに
「…だめ、斬れない。」
私はインガの刀身を鞘に納めた。
ガンプラバトル・ジェネレーションズ。
キャラバンシーズン・ファイナルステージ。臨海の広大なバトルドーム。今日の日のために、多くのオトナが、ヒトが、動いてきたんだろう。
私たちは、さくらと、私…ナデシコの、ふたりの「ブロッサムワークス」。あ、あとサカキさんやみんなも。
とにかく!今は、その、ファイナルステージ、総当たり戦の中に居た。
「ば!バカ!?アンタ!ばかぁ!?」
そして、さくらがなんとかチルドレンのように叫んでいる。
私は、眼の前の対戦相手、白里…百里って機体の軽量カスタム機の人を前にして、カタナを握れなくなった。
「だめじゃ、斬れぬ、うごけぬ。」
なんとか茶化して言う。そんな場合じゃないのはわかってるけど……。
解っているが、私は、眼前の白里さんを斬れなくなった。
眼の前には、足がひしゃげ、右腕も歪み、動けなくなった白里さん。
特殊な改造をしているのか、オイルが垂れてきている。
リンネの矢を避けただけで、突然に地面にたたきつけられて、こうなった。
でも、戦えるはずなのに、動かない。
わたしは…わるくない!わるくないよ!なんで!?バーニアを吹かせたり!その凄そうなライフル・グレネード……その武器だって、まだ掴めるのに!なんで!?
「…っ」
喉が渇く、声が…でない。
そう「あの日」とはちがう、何もかも。
でも、斬れない!斬れない!繰り返しだ!これは!
”「あの日の」!!”
「あーそーですか!!わかりました!わかりましたよ!!ああ!!待ってろ!!!」
さくらさんの怒号にも近い、声が、インカムに響いた。
さくら…さん、もう、嫌われただろうな。
ちょっとむなしくて、目頭が熱くなり始めている。
こんなことで、動けなくなった私が…馬鹿みたいで……。
「……あんた、バカ」
…なのかも、さくらのマネで不意に声が漏れてた。
でももう、さくらって呼べないだろうな。
「ああ!ほんとに!大馬鹿だね!アンッッタは!!」
さくらさんの声で我に返る。
バトルポッドが開いていた、いつの間にか、第一ラウンドが終わっている。
メンテナンスタイムものこり30秒。どうしよう、手が震えている……。
おもい、出してしまった。完全に。
”「あの日」を”
「ほい!」
さくら、さんが指を指す、バトルポッドの中、相手の方向。
顔を上げる。
「…!?ど、どうして!?」
白里さんが、立ち上がって、手招きをしている。
嘘みたいに綺麗だ。完全な状態。
そして、お礼をしている、いろんなジェスチャーで。
(ありがとう、かかってこい、たたかえ、さぁこい、やろうぜ)
と、意思を示す。そして、私に、その自慢のライフル・グレネードの銃口を、向けた。
やる気だ!
「どうして…!?」
「直してきた、いま、かまわん、斬れ」
「えええ!?」
「そんかわり熱中症のときの、貸し借りなしな!むしろそれ差し引いて、こっちに貸し!」
インガを、握る。インガの、カタナを。
LAUNCH!! ガンプラバトル!リブート!!
「ゆけぃ!ナデシコ!!」
「わんッ!!」
大破!! WINNER:"The"Jin !!
「対戦、ありがとうございました!!」
本調子の白里さんは、すごく早かったけど、一瞬で捉えることが出来てしまった。
ほんの数秒、これだけのために、大迷惑だ。
でもなぜか、会場に拍手と喝采が起きている。
ナレーターのひとがまくしたてる。
「なんというフェアなバトル!なんという!武士道精神!!」
ち、ちがう!そうじゃない!!
「そう!みなさん!!これが"The"Jin!これがブロッサム・ワークス!!これがガンプラバトル!!」
やめて!やめて!やめて!!!
「今一度!両者に!最大の!賛辞を!!」
ああ…
あああああああああ!!!
頭の中が、真っ白になった。
もう、何も聞こえない。
抜け殻のようになって、フラフラと歩く。
どうなったのかわからない。どこをあるいたのか、どうしたのか。
サカキさんに手を引かれて、滞在しているホテルのロビーについた。
サカキさんが、荷物を部屋に持っていってくれるらしい。
さくら…さくらさんにも、もう嫌われただろう。もうだめ、おしまいだ。
すっかり、思い出してしまった。
”「あの日」を。”
サカキさんを追って、私も、部屋に戻ろう。
でもうごけない。
どさっと、ロビーの椅子に腰掛ける。
どうしちゃったんだろうな、私。どうして……。
どさっ
隣、にさくらさんが、不機嫌そうに勢いよく腰掛ける。
怒ってるだろうなぁ。もう終わりかも。
「お礼は?」
「え?いや?互いにお礼は言わない約束……」
「じゃぁ、無理して戦ってもらった、白里さんにお礼して、ここで」
さくらさんがスマホを差し出してきた、チャットには白里さんのチーム名……。
”ありがとう、ございました。対戦、楽しかったです。”
”光栄です!またやりましょう!諦めないで、よかったです!(サムズアップスタンプ)”
怒ってない、こっちは…ちょっと、ほっとして、さくらさんにスマホを返す。
「……」
ロビーの水槽、熱帯魚が、怪訝そうにこちらを眺めている。
空気が重い……。
「………」
さくらさんが…私のことを、おおげさに覗き始める。
「…………」
さくらさんの動きが大きくなる。
答えられない。
「…ナデシコ、隠し事してるでしょ?ワタシに」
「…ん、ううん…さくらさん…べつに……」
空気が、とても重い……。
ふいに、さくらさんの身体が、ソファから浮く感覚……。
後ろ?
「ひゃ!はやひゃひゃ!?」
「言うか!?」
さくらが私の脇腹をもみ始めた!?やめて!そこはよわい!!
「ひゃ!やめ!ひゃひぃひゃあ!」
「言うか!?隠してるでしょ!?言うか!?」
「ぎぶ!ギブギブギブギブ!!」
「ゆえ!さーはけ!言え!」
「言う!いういういういういう!!」
「ひーっ!ひーっ!!」
ようやく、解放された。
「あとさくらさんは、恥ずかしいから、もうやめろ」
そっちにだいぶ怒ってたらしい。
…さすがに大騒ぎをしたので、ファストフード店に場所を移すことになった。
「で、よ…」
たがいにお腹が空いたので、ハンバーガーを食べながら話す。
そういえば、来たこと無いな、こういうの。
さくらを真似してかぶりつく、なんだか、脳に染み渡るような、なにかだ。
ジャンキーというのだろう。しょっぱい。
ずぞぞぞ、と、さくらがストローの飲み物をすする。
ハンバーガーを食べ終わった私も、コーラに手を付ける。
「まー、気が付きは、してた、ソレに」
「何に?」
ふと顔を上げる。
「おにいちゃんの、なんかでしょ?」
手が止まる。
コーラを飲む。なんだか、こっちは薄くて、おいしくない。なんでだろう。
「…うん」
コーラで喉を潤さないと、どうにかなってしまいそうだ。
苦しい。
「あーんー、ちがったら、ごめんね?」
「うん?」
顔を上げる、さくらの顔は、怒っていない、にこにこしている。
わけが、わからない。やさしい、にこにこだ。おかあさん、おとうさん、そういう。
「おにいさん…ハジメさん…」
頷く。
「ゲーム、対戦。」
頷く。
「負けた。」
強く首を振る、ちがう、そうじゃない、でも言えない。
「ははーん?」
顔を上げると、さくらがほほえみに、邪悪さが滲んでいる。
でもやさしい、邪悪さ、小悪魔の、ような。
「してもらえなかった。」
首を振る。でももういい、白状しよう。
「勝負、して、もらった…で……勝った。」
「ふむ?」
さくらの顔がハテナなに変わる。さくらはみていておもしろい。隠し事に向いてない。
もういい、白状しよう、何故抱えていたのか、自分でもわからない。
「私のおにいちゃん、ハジメ博士、すごい、大学行ったでしょ?」
「まーそうよね、帝工大、だっけ?」
「うん、で、高校の最後の方はずーっと勉強してた。」
「ふむ、まーそりゃそうだよね。」
「前はさ、結構、ゲームとかで一緒に遊んでたんだ。ずーっと勝てなくてさ。」
「良い兄妹仲だね。」
「うん、おとうさん、あんまり家に居なかったし、やさしかったよ。とっても。」
「良いおにいちゃんじゃん?うらやましい、ワタシいないしな、きょうだい」
「で、帝工大への進学決まって」
「そりゃ後に研究室はいってますからな」
「も、もう!で、その、そのへんで疎遠になって、さびしくてさ」
「うんー、あー、実は、なんか、それは解ってた、そういうの、あると」
「ま、まぁ…でね?勇気を出して、上京前に、おにいちゃんの」
「うんうん」
「バトルしてー!って猛練習して、対戦してもらったんだ、ゲーム」
「そこで、勝ったと、で?ここまで、フツーなんだけど?」
ちがう!かっと頭に、血が上るのが判る!
「ちがう!ちがうの!!」
立ち上がって、大きな声を、出してしまった。
「どうどう!おちついて、どうちがうの?」
しかたない、どさっと座って、話すしか…ない……。
でも言えない…。
時間が流れる。
さくらは、氷だけのコーラを手持ち無沙汰にずずずとすすっている。
……しかたない、言おう。ここまで来て、本心を打ち明けないのは、筋が通らない。さくらにも、申し訳ない。
「接待…舐めプ…された……突然、動かなくなって……」
ぶっ!?
”げほげほ”とさくらがえづいている、あわてて二人でサクラ・ヤマダの粗相を始末する。
「そ!?そんだけ!?」
「そう!それだけ!!」
そう、なんだ。
それだけが、私の中で、ずーーっと呪詛になっていた。
「難儀だねーそりゃ!」
「なんで!?傷つくでしょ!?誰でも!?」
沸点が下がっている、ちょっとおかしいのは自分でもわかるが、見当がつかない。
「いやだったの!ホントに!頑張ったんだから!勝ちたいって!!」
「うん」
「一生懸命練習して、ワンコインでラスボスまで倒せるようになって!!」
「ふつうにすごくない?それ!?」
「でしょ!?それでも、おにーちゃんの方が強いの知ってたから!すっと頑張って!」
「…うんうん」
「それで!やっと!いっしょに!ならんで!遊べるって!!」
わんわんと子供のように泣きはじめてしまう自分がいる。
「突然!手を止めて、おにいちゃんが!で!みたら!にこにこしてて!」
今思えばとてもばかばかしい、それは自分でも解ってるけど。でも……。
「なんだか、自分の、私の努力を、全否定された気持ちに…なっちゃって……!」
気持ちがあふれて、止められなかった。
そうだ……。
「なんか!こわかったの!わからなくて!!」
また空気が重くなった。
「そっか…それであんなに、対戦ゲーばかり、してたのか……」
さくらが考え込んでいる。
「わっかんねーなー、ワタシはああいうの、悪意と思っちゃうからなぁ、対戦相手の」
首をかしげながら、さくらはコーラだったものの、溶けちゃった氷水をすすっている。
「…うん」
なんだか、話して、損だったのかもしれない。顔を伏せてしまう。心が塞ぎ込んでいくのが、自分でもわかった。
さくらだったらと思ったけど、さくらにも伝わらない。もうだめ、誰にも伝わんない。私が変なだけなんだ。私の何かが壊れているのだろう。最初から変だったのかも。でも、それがどうしても、わからない。最後のピース。ああもう…この呪詛を、きっと、一生引きずるんだ。
その絶望に、脚を掴まれて、地獄の沼に落とされていく、そんな感覚。
にげられない。
「でもね…いい?聞いてね?ナデシコ?」
さくらが、やさしいおかあさんのような口調になる。
「…うん、なに?」
ふと、視線をあげると、さくらのやさしそうな目と、顔。そこに悪意がない。
つい、聞き入ってしまう。にげられない。
「今のナデシコ、18になった。」
「おかげさまで、なりました。」
さくらの声がとてもやさしい。あたかかい。何かが、固まっていた何かが、ほぐされていく。
「6歳の妹か、弟が居ます。必死になって、ナデシコと対戦したいと、練習してきました。」
はっ!?と息を呑む。顔を上げる。
忘れていた。そうだ、自分だ。兄しか、おにいちゃんの背中しかみえてなかった。
「ぼこぼこに、できる?」
「できる」
即答する。でも、ちょっと笑って、冗談で、強がって。
「うそだね、そんなにバトルジャンキーじゃないでしょ」
「バレたか…」
そんなのは「さくらおかーさん」にはお見通し、か。
ああ、そういうことだったのか……。
出発の前日、対戦したこと、それだけで
おにいちゃんは…すくわれていたのか。
”立ってた位置が違うことに、気付かなかった。”
それもわからずに、それに囚われていた、私は。ただの…バカで……。
視線を上げると、目の前に、さくらの顔があった。
"あの日"のおにいちゃんと同じ"やさしい えがお"。
"あの日"の"あの日"の"あの日"の……!
"あの日"のやさしい、えがお
「…っく」
嗚咽が、のどからあふれている。何年も12年も溜め込んだ。溜め込みすぎた。
囚われすぎた、こんなことに、なんでだろう。
こんなことに、気づかないなんて。
あのパソコンとか、コントローラーとか送ってくれたのも。
先が長くないと知ってて、それで、あれが、嬉しくて……おぼえてて……。
手探りでペーパーナプキンを探す、ない、使いきったのかも、ない……。
す…と、さがしていたものの束が差し入れられた。
さくら、ありがとう。
口を拭うふりをしながら、涙もぬぐう、ついでに鼻もかんでおく。
「ナデシコさぁ…後悔してる?」
私が落ち着くのを見計らって、さくらおかーさんのやさしい、寝る前に絵本を読んでくれるような調子で、やさしい、問いかけ。
……後悔?
そういえば、考えたこともなかった。
どうだろう、わからない、今は、囚われていたけど、ここに後悔は……ない。少なくとも。今は。
「ない…と思う、今は」
ない、そうだ、ない。ないよ。
ないんだ、おにいちゃん、さくら。
「でしょ?それは、向き合って逃げなかったから、だと思うんだ。」
「…うん…」
「ガンプラバトルも、ゲームも、そうだなー、剣道も、弓道も…」
「うん?」
「ワタシたちの追ってた”P.R.I.S.M.”だってそう……もしかしたら、勉強も…」
「…うん」
「もしかした、馬鹿らしくて、報われなくて、何の意味もなくて……」
「…うんうん」
「でも、ここまで必死にやったから、ここに居られる」
返事も、もうできない。
「だからさ、もうむりしなくていいから、ね?」
「うん…うん…」
「いま、出来ることを、馬鹿らしく、頑張ろう?」
しばらく泣き続けるしかできなかった。
おおきな憑き物が、取れたようだ。それと一緒に涙もずっと止まらなかった。全てに意味があったのだ。これを得られただけでも、ここに来た意味はあった。
そして、今は、心が晴れ晴れとしている。
すっからかんだ、涙の分だけ夢が詰め込める、すっからかんだ。
「まーワタシからすりゃ!あんなアホな軽量化した白里さんらのほーがバカだけどなー!!あんないい武器が!もったいねー!!」
「それは失礼でしょ!!」
「すまん!!」
笑いながら、お店を後にした。
明日に備えて、今日は早く寝よう。
日が変わった。
晴れ渡る、快晴、8月の終わり、暑すぎるくらいのカンカン照り。
でも私の心は、ずっと澄んでいた。
「チーム!ブロッサム!ワークス!」
ナレーションのあと、歓声が聞こえる。
もう嫌じゃない。大丈夫だ。あのとき嫌だっただけ。
「ナデシコ、相手、ミカド=サマだ。」
「ミカド=サマ?」
「最近持ち直したチーム、強いよ。VTuber、ファンネルとかガンバレル、ガンビット、なんでもあり。しかも全部リスナーが操縦してる。」
「アリ!?それ!?」
「まーこっちも人のことは言えない。」
”P.R.I.S.M.”システム…、たしかに。
今日のマッチは大一番だ。
さくらがミカド=サマ、そしてその機体ミカド=エアリアルの資料を見せてくれた。
機体の完成度もパイロットの素質も、リスナーさんたちの熱意も、全てが超ハイレベル。あのガンプラギャングさんにも勝てるかも知れない。ただ、リスナーさん…「ものども」頼り過ぎるのが、やけに気にかかる。本気じゃない。そんな気がする、
でも、強さは本物だ。それだけに、総当たり戦だ、ここで白星をあげれば、ほぼ確定だろう。
決勝戦への、チケットは、この一戦に、かかっている。ここまで来たら、やりきりたい。
「よし、ナデシコ!いって!」
「応!!」
LAUNCH!! ガンプラバトル!スタート!!
「いくぞー!ものどもー!」
「対戦、よろしくおねがいしまs…あああ!?」
「ナデシコどうしたの!?また狂った!?ぽんぽん痛い!?」
「ちがう!」
ああそうだ!そうだ!そうだ!そうだ!!
「ミカド!ミカドだ!ミカドでしょ!!」
なぞの文末機能語が機能している。
そうだ、あれはミカドだ、思い出した。
格闘ゲーム”マニック・マッチ・バトル”で、何度も本気でやり合いたいと願っていた。
あの”ミカド”だ!!あの”マニック・マッチ・バトル”の!”ラクーン遣いのミカド”!!
ガンプラバトルに、さくらに出会う前。未熟だった私に何度も挑んできた。ずーっとガチャプレイで、何度も何度も私に挑んできた!本気を出したら光る原石!実力を隠して、ずっと逃げてた…あの!”ラクーン遣いのミカド”!
ここで会ったが百年目!そう!このヒトの本気も見たかったんだ!
きっと、この人も悩んで、もしかしたら、後悔もして……そうだ!そうなんだ!だから!!
「ちがうの!?"ラクーン遣いのミカド"でしょ!?ちがう!?」
…返事はない。勝手に盛り上がっちゃったけど、違ってたら赤っ恥。
「…そうです!」
返事が!あった!応えた!よかった!あってた!!
でも、想像とちがう。思ったより低い、セクシーとも取れる、女性の声。きっとオトナの、キレイな女性なんだろう。
でも、合ってるなら。そうだ!ならやることはひとつ!!
「おねがいが!あるの!!」
脚を、止めてミカド=サマに問いかける。
この夏、追い求めていた、問いかけだ。
「んもー!好きにやんな、ついていくよ」
「ごめん、さくら!」
ここで、答えを出す!!
「…なんですか!?ボクも!負けられないんです!!」
よく通る女性の声でミカド=サマが返す。低い声のボクっ娘、さくらが悶え苦しみそうだ。
「でしょうね!私も!」
でも、別。そう、私は負けられない。
相手に自分に、なにかに負けてしまわないように、おおきく息を吸う。
「だから!”サシ”で!やりましょう!!」
吐き出した。さくらはいま、頭を抱えているだろう、でもこれでいい、これでいいんだ。
「私!アナタが嫌い!」
本音を伝える。
「”マニック・マッチ・バトル”のアナタが嫌い!」
ミカド=サマの、ミカド=エアリアルは動かない。
「不利になったら!ガチャプレイで!逃げて!ちがうの!?」
今私は、見ず知らずの、オトナの女性に説教をしている。
そしてそれは、過去の、未熟だった私にも、向けている。
静寂。
「わーってやって、ガチャガチャしたら、自分のセイじゃない!そうやって!!」
公開説教だ。高校生が、オトナに向かって。
VTuberだって、中身はヒトなんだ、だから、こうやって間違う。
でも、そこに、年齢はないはずだ!
深い静寂。
「…そう!…そう!でした!そう!だったんです!!」
応えた!そうだ!こい!こいこいこい!!
「でしょう!?だから!ここで!やり直さない!?いまなら一緒にやり直せるよ!?まだ!遅くないって!!」
「だから…!」
そう、だから!
リンネ・インガ・ゼツ、私の”P.R.I.S.M.”を、捨てる。
ここでは、野暮だ!!
「さぁ!アナタも武器を捨てて!一対一!もっと!もっと楽しみたいでしょう!?」
「本気を!!出したくないの!?」
静寂は続く。
いや、続かない、ミカド=エアリアルのファンネル、ガンバレル、ガンビット……。
そこから声が聞こえる。"ものども"の、彼女のファンの、抑えきれない声が、あふれ出してくる。
「ミカド=サマ!たのむ!」「ミカド=サマ!信じていいよね!?」「お願いします!ミカド=サマ!」「そうだ!ミカド=サマ!」「ここです!ミカド=サマ!」 「ミカド=サマどうか!!」
「「どうか!ミカド=サマ!ご決断を!!」」
良いファンを、"ものども"を、ミカド=サマは持っているのだろう。いや、みんなで、ひとつなんだ、きっと。
何度目かの静寂の後、ミカド=サマが、動いた。
そして右手を挙げる。
「ものども……ッ!……下がれぇぃ!!」
時代劇の女性棟梁のように、ドスの効いた声。
すごい迫力だ、声量がある。
そのあと、一瞬の間をおいて、どっという大きな歓声。
途絶えないミカド=サマ!コール。
ミカド=サマ!ミカド=サマ!ミカド=サマ!
持っていかれたなぁ。
「静まれ!ものども!」
ばっ!とミカド=エアリアルが右手を挙げた。
「このミカド=サマは!ボクは!!」
永遠とも思える、時間と静寂。この場はミカド=サマのものになった。
ミカド=エアリアルの右手が、まるで能を舞うかのように、ゆるやかに、たおやかに、そして、しっかりと意思を、決意を持って動いている。
「アナタとの決闘を!…本気で…ッ!」
そして、決意とともにミカド=エアリアルの、覚悟を秘めた右手。それをして迷わずに、私を、黒百合・改を”Jin”を指さし、挑戦を……。
「受けるッ!」
受けた!!
沸き立つ場内、そして張り裂ける「ものども」たちの意思。
「うおおおお!ミカド=サマ!」「やっぱミカド=サマしかいねー!!」「流石ミカド=サマやで!」「いまじゃ!スパチャして飛び立て!」「いいですとも!」「ここから見守りさせていただきます!ミカド=サマ!」「ミカド=サマならやれると!信じてました!」「ミカド=サマ!頑張って!!」「ミカド=サマ!」
「「「「 ミカド=サマ!!! 」」」」
ファンネルが、ガンバレルが、ガンビットが、ミカド=サマから巣立ってゆく。
街路樹から飛び立つ渡り鳥のように、ミカド=サマから飛び去ってゆく。
「いままで、ご苦労だった、ものども。」
血が高鳴る。そうだ、これだ。
"ものども"さんたち、本当にありがとう。
あなたたちは今、ミカド=サマを救ったんだ。
「よし!やりましょう!!」
「はい!師匠!よろこんで!」
「師匠じゃない!…もう!」
調子が狂う!それに年上の弟子は、こそばゆい…でも、応えなければならない。
息を吸う、ときが止まる、ためる。
よし!
「本気で…!いくよ!」
ダッ
脚を踏み込む!
「やああああ!!」
と、掛け声を駆けつつ、全力で!飛び込む!!先手は!もらう!
「あ、ナデシコ、まて、ステイ」
さくらの拍子抜けするような声。
転げるように足が止まる。振り返る。
「なんで!?」
「ムダ」
タイムアップ!
ドロー!
あ、時間見てなかった。
「ナデシコ、ハウス」
「…わん」
「で?どーするよ」
メンテナンスタイム中、さくらと話す。
改修された黒百合・改、実を言うと、しっくり来ていない。
大鎧を意識した装甲、動きやすく、柔軟で軽い、斬撃に特化させた機体だ。とてもいいんだ。
でも、それは殴り合うように作られてない。
ここでそれはなおすとして、先の話。
「また、アストレイベースにしたいな。」
「そか、では」
さくらは乱暴にバリバリと鎧を手でもぎ始める。
「えええ?」
「わかってる、微妙だったんでしょ?それにこれ、テスト機だし」
「そうなの!?シーズン終わるよ!?」
「挑戦は、常につづくのだ、はい。もってけ」
貧相になった。黒百合・改がそこにはあった。
本当に全てをすてて、身軽になってしまった。
未来のために、全てを、捨てた。
LAUNCH!! ガンプラバトル!リブート!!
カァーン!!
突然のゴングにびっくりする。
さくらの遊び心だろう、もう…しかたない。
カッ
ミカド=サマと拳を合わせる。
それが合図だった。
「セイッ!」
先手は私が取った、ミカド=サマは驚いている。
受け身だった頃とはちがう。
「やぁ!」
それをミカド=サマも冷静にいなす、投げられる。
素早く受け身。
あの時と真逆だ。
でも軽い、猫のようにすっと脚が地面を掴んだ。
「おみそれしました」
「本気で、やりたかった」
拳を、ミカドに叩きつける。
「ボクもです」
蹴りを手で受ける、小ダメージ。
「どうして、逃げたの?」
私の足払い。
「わかりません」
それをかわされ、蹴りで頭を狙われる。
「わたしも」
それを取って投げる。
ミカド=エアリアルが、地面に叩きつけられる。
でも起き上がる。
それだけで、どっと歓声がわく。
「でも、Jinさんも戻ってきた」
私?私は、逃げただろうか?
「私は逃げてない」
手刀を入れる、それを取られる。
「いいえ、”マニック・マッチ・バトル”から、逃げようとしました」
顔が重なる、近い。そうだ、コントローラーを置いて、あの時。
そこまで知って。
「くっ!」
それを振り払う。
距離が空いた。
「でももう、なんの因縁も、迷いもないんでしょ?」
ミカドに問う。そして、自分にも、問いかける。
「そうです、それはあなたも」
そうだ、そうなんだ、だからここにいる。
「「だから!!」」
声が重なった、考えることは、同じだ。
言葉はもういらない。
勝ちたい。
本気で勝ちたい、それだけ。
大破!! WINNER:"The"Jin !!
「対戦、ありがとうございました!!」
「対戦、ありがとうございました!!」
最後は、身軽になった私の、「ナデシコの黒百合」の脚が、ミカド=エアリアルの頭部を捉えた。
あっけない幕切れだった。
「ふう……」
バドルポッドからうごけなかった。
全てを、出し切ったらしい。
落ち着いてから外に出ると、さくらより小柄な、ちいさな男の子が、横に立っていた。
中性的で、女の子にも見える、いや、どっちだろう?巫女さんの紅白の服とキツネの…お稲荷様のお面がよく似合う。
とにかく、ファン?なのかな?ちょっとこそばゆい。
なんだか、あの頃の、私のおにーちゃん、これくらい、だったのかな?
「対戦、ありがとうございました!!」
「ミカド=サマ!?あなたが!?」
「はい!師匠!!」
ファンじゃなくて、初めての弟子ができた。
ミカド=サマの正体は、小柄なこどもだった。
知らなくてよかったのかも。
この真実を。
もしかしたら、あの日のままだったら、何も出来なかったのかもしれない。真実を知っていたら、ああいう大胆なことが出来なかったであろうコトは事実。何も知らなかった。だからできた。
ミカド=サマがお稲荷様のお面をめくった。お面の下の素顔は、とても整った、美少年…女の子…それくらい小柄で…かわいい、えっと、おとこのこ?だとおもうけど。わっかんないなー。
「い、いちおう、おとこの…こ?だよね?ホントに?」
「失礼な!」
あ、ちがった!あわてて訂正しようとすると。
「漢です!漢字とかいてオトコ!!」
ミカド=サマは熱いハートの漢の娘だった。
歓声の中、考え込んでしまう。次の大一番は決勝戦になるだろう、ファイナル・ステージの一番の山場を越えた。
でも、相手は、まだわからない。
でも恐らく最終決戦に来るのは、実力的にはミカド=サマ…くんか、AR(アル)さんのどちらかになりそうだ。
二人の対決も見られるかも知れない。
「…強いほうが、私の相手に……。」
ぐっと拳を握る。
気づかないうちに、声に出てしまっていたらしい。
視線を下ろすと、さくらそして、ミカド=サマ…くん、いや、サマが、仲良く私を見上げていた。
「それはボクです!またやりましょう!師匠!!」
屈んで、「熱い漢の娘」と固く握った拳を、コツンと合わせる。
そしてミカド=サマは手を振りながら、歓声に答えるように、ファイナル・ステージの歓声、熱狂の渦の中へと駆け去っていった。
漢の娘…か。
たしかに…その素質がある。弟子…というより、一緒に何かを頑張りたくなるようなハートを持ってた。
身体を翻して後ろを向くと、ミカド=サマと合わせた、右手のコブシを強く、強く握り込む。そうして、それを見つめる。
歓声はずっと鳴り止まない。耳に反響して、夢のような居心地。でも、右手のコブシは、確かにここにある。
それでも止まない歓声…それは、ここにいる皆が、皆に向ける、最大の賛辞…なのかな。
ふと、我に返ると、気配を感じる。
あたたかい気配!?何奴!?と振り返ると、優しい聖母のような……。いや、小悪魔な笑顔を称えた、さくらのニヤニヤ。
それを見て、共感性羞恥に襲われてしまう。顔が高揚する。周りが見えなくなっちゃってた私が、そこに居た。熱くなりすぎた。
さくらとサカキさん、3人で笑いながら、その日は幕を閉じた。
寝る前にベッドでミカド=サマについて調べた。
ミカド=サマは漢の娘だった。それにそもそもこどもではない。中学生と言っていた。本当に、人のことはわからない。失礼をしてしまうところだった。声変わりは……終わっているのだそう。なんかおお騒ぎしていた痕跡をネットで見つけた。中学生とはいえ、あの見た目は小学生にも見える。でも中性的で変な魅力があって、あの独特のドスの利いた女性声。あの声だけで、ファンも増えるわけだ。
私は中身も知ってしまったので、なんだか複雑な気持ち。
そして、あのARさん。
妙に、気にかかりはじめる。なぜ私を、3カ月前の5月、私を「模型店ホライゾン」に呼んだのか。なぜ、私の所に、わざわざ来たのか。
ふと、あの日の光景が目に浮かぶ。バイクで?あのコーギー……ワンちゃんと一緒に?あのスタイルの凄い服装…谷間を開いた…ヤツ…で?高速道路で?まぁ、流石に走ってるときは閉じてるか、谷間。
なんで?間接照明でボンヤリした、ホテルの天井を眺める。なにか…忘れて…忘れて…しまっていて……。
いや、あんな大きなサイズのバストで…金髪の…海外の女性は…知らない。海外?私は無いから羨ましい……。あれ?いや、ん?知ってる?おにいちゃんの、お葬式に…いた、喪服で着物の……あ、あれ?よく顔を思い出せないけど、金髪のバストのある女性と、大きな男性が、いたような?
……気になって眠れない。
日も変わりそうだけど、おかあさんにスマホのチャットで連絡をしてみる。気がついたら、返事があるかも。
“おかあさん”
“おにいちゃんの、お葬式に来ていた人”
“美人の 女性の わかる?"
"金髪の”
ポンッと、すぐに返事が、きた。
「ああああ!?」
私はそれを見て飛び起きる、目が覚めた!思い出した!ありありと記憶が蘇る。切り離してたニューロンが、今繋がってしまった!そうだ!知ってる!
私はあの日、とても失礼な事を!した!!
「さくら!さくら!ちょっと!」
私はスマホを投げ出して、隣の部屋で休むさくらを呼びに行く、どうしたらいいか、わからない!
「ん?なに?」
さくらはまだ起きてたようで、何かを作っていたらしい。
「さくら!や!ごめん!えっと!」
「ナデシコ、落ち着いて、何かあった?」
「これ!」
私はスマホのチャットをさくらに、印籠のようにかざす。
「ん…なに? ”あ、その方?” … ”モミザさん” …… ”ハジメさんの、奥さんだけど?”」
さくらが落ち着いた調子でそれを読み上げる。
「ん?なに?ハジメ博士、おにいちゃん、結婚してたんだ?それなら話をき……」
違う!違うの!
「モミザさん!このひと!AR!!」
さくらが、あんぐりと口を開けた。
「マジ?」
「マジ!!」
そう。今まで、辛すぎて、忘れてしまおうと、していた。なぜ、あの日、わからなかったんだ!!
「せ、世間…狭すぎんか……」
さくらが、口をあんぐりとあけたまま、今度は目もあんぐりと見開いていた。
次回!!
ガンプラバトル・ジェネレーションズ
第12/13話:燻るGMの種火
乞う ご期待!!
ガンプラバトル・ジェネレーションズ のしろ @noshiro_san
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