イリジオンの猫

おもちゃ箱

ウルラウプの夢

 いきなりですまないけど君に聞いてほしい話がある。一応機密事項何で口外するのは勘弁してほしいのだけど。何の腐れもない君にだからこそ話す意味がある。いや、意味がないからこそ重要なのだとも言えるかもしれない。

 ボクが所属する、会社なのかと言われたらわからないので組織とでも言っておこうか。ボクが所属するのは「アンノウン」という組織だ。ちゃんの給料も出てるので雇われていると言って差し支えはないはずだ。

 主な業務が「幻想生物」に関係する問題の解決だ。「幻想生物」とは何かと思うかもしれないが少々説明が面倒で。そうだな、人の想像の産物だと思ってくれ。人面犬とかそういう都市伝説存在を思い浮かべてくれればいい。

 信じるか信じないかは君次第だがボクには関係ないから話は続けさせてもらうね。「幻想生物」の問題解決何て危険な仕事とか思う人もいるかもしれないがそんなこともない。

 「幻想生物」が人目につかないように交通規制したり、誘導したりそういうのが主だ。「幻想生物」自体存在が不安定で発生しても大概はすぐに霧散して消える。

 それならほっといてもいいとか思うかもしれないけど何かの拍子に存在が固定化されると色々面倒なのでそうならないように務めるのがボクたち「アンノウン」に所属する者の役割ということだ。

 とまあ、前置きはこれくらいにしておくとして本題に入るとしよか。ん、今までのはただの前座だよ。前提条件という奴だね。ああ、安心して。ボクが話したいのは業務外の話だから、ここからは機密でも何でもないから。なんたって業務外の話だから。大事だからもう一度言うね。これは業務外の話。

 ボクが彼に出会ったのは仕事もない一休日だった。確か家にいたら急な仕事が舞い込んでるのが嫌で財布一つに身一つで散歩に出てた時だったかな。人気にんきのない公園を歩いていたときに急に声をかけられたんだよ。

 誰もいないと思ってたからビックリして声を上げちゃってさ。振り返ると見知らぬ少年がベンチに座って腹を抱えて笑っててさ。

 初対面の相手にさすがに失礼じゃないかって、ちょっと頭にきちゃってさ。教育してやろうと近づいて行くと急にピタリと笑い声が止むんだよ。そしてすました顔してボクにこんなことを言ってきたんだ。


「私が見えているんですか?」


 当たり前じゃん、何言ってんの。怖い顔して近づいたから怒られるのが嫌で話逸らそうとしてんのかと思ったらこんな風に続けたんだ。


「私は存在してないんだ。誰も私に目もくれない。私は幻想なんだよ」


 悲観した様子もなくて淡々とそう告げてきてね。正直やべーのに声かけられちゃったな、って思ったんだけどボクも大人だからね。応えたからには付き合ってやろうと思って少年の隣に座って仕事の愚痴を聞かせてやったんだ。

 もちろん「幻想生物」については省略した。愚痴くらいなら説明は不要だしね。知らない大人が急に愚痴を語り出したら逃げ出してもおかしくないと思うんだけど少年は距離を取ることなく、的確な相槌だけでなくコメントまで言ってくれた。


「大人って大変なんですね。職場を変えたいとか思ったことはないんですか?」


 正直言えばある、とは子どもを前に言うわけにもいかなかったので適当に誤魔化した。

 1通り愚痴を言い追えて満足したボクは家に帰ることにして立ち上がった。そして最後に名前を聞いたんだ。何となく少年のことが気に入ってしまったんだ。

 ラム。彼が名乗ったのはそんな名前だった。適当に名乗っただけなのか、本当の名前なのかはボクにはわからなかったが明日も気が向いたら来ようと思った。仕事のストレスを吐き出すのにはちょうどよかったからね。その日は残りの時間をいい気分で過ごすことができた。珍しく電話もならなかったからね。

 次の日の朝も散歩がてら人気のない公園に顔を出したんだ。前日は愚痴を叩き込んでしまったから今日は遊んであげようと思って以前仕事で使ったサッカーボールを持っていってあげたんだ。どんな仕事とかって? もちろん幻想生物の相手さ。

 昨日少年が居たベンチに今日も彼がいた。ボーッとしてるようでボクが近くに来ても気づいているのかいないのか、昨日のように声をかけてくる様子はなくて仕方なくボクの方から声をかけることにした。

 少年の目がこちらを向いたがすぐに反応はなかった。その目はまるでビー玉のようで感情を読み取ることは一切できなかった。


「……おはようございます。今日は早いですね」


 彼の目に光が宿ったかと思うとそう口にした。昨日は昼後だったので確かに随分と早い時間帯だった。昨日は目覚ましも鳴らさず惰眠をむさぼっていたので遅かったがこの日は目覚ましをかけてたからね。

 今日はサッカーをしようと告げると少年はボクが手にするサッカーボールに目を向けた。

 乗り気ではないのだろうかと思ったけど少年はしばらくの間の後小さく頷いた。

 さすがに20人集めて試合というわけにもいかないので1on1で、サッカーゴールもないのでそこら辺に転がっていた空き缶を目印にしてやった。

 少年も中々の腕前であったがそこには年齢という名の体格差がある。だからボクの圧勝だった。大人気ないと思うかもしれないが勝負の世界に手を抜く何てことはできない。

 以前やったときは文字通り命懸けだったのでサッカーにおいて手加減という言葉はボクの辞書にはない。

 すっかりくたくたになってベンチに座りこんだ少年にボクは自販機でジュースをかってあげる。もちろんボクの奢りだ。社会人としてそれくらいの甲斐性はある。

 昼近くだしついでにご飯でも奢ってあげようかと思ったけど断られた。


「私はここだけの存在はだからここから離れられないんです。気持ちだけ受け取っておきます」


 昨日は自身を幻想と宣い、今日はここだけの存在だと言う。こいつは地縛霊か何かか?

 そんな風にも思ったがこんな活発で存在感のある地縛霊をボクは知らなかった。

 ちなみに幽霊は幻想生物の一種としてボクらは捉えているし、実際にそういう現場に行ったこともある。そのときは簡単なサポートで実際に目にはしてないけどね。

 ボクはあえて少年の発言を聞かなかったことにして別の話を振った。彼の家族についてだ。こんな場所にいるのだから何か問題があるのではないかと思ったのだが全然そんなことはなかった。

 父と母と暮らしていて父は酒造メーカーの社長だそうで中々良い暮らしをしているそうだった。それじゃなんで公園に一人でいるんだろうか。

 昼食の時間になったのでボクは話を切り上げて帰ることにした。昨日は特に約束なんてしなかったが今日は明日会う約束をしておくことにした。


「明日も来てくれるんですか。今日と同じ時間にここで待ってますね」


 昨日今日と酷い目にしかあってないはずなのに何故か少年は嬉しそうだった。それからボクは約一週間人気のない公園を、少年の元を毎日訪れた。その間に少年について色々と尋ねてみたけれど彼が幻想生物なのかどうかも彼が自らを幻想と称する理由もわからなかった。

 そうしてボクが今日も人気のない公園に足を運ぶ。しかし公園に足を踏み入れた瞬間何者かに首根っこを掴まれ地面に引き倒された。


「てめー、無断欠勤して何してんのかと思ったら呑気に散歩か!?」


 ボクを見下ろす形で鬼の形相で御手洗先輩が立っていた。何でガチギレなのかと思ったが御手洗先輩の言葉を反芻して答えに至った。

 そういえば休暇期間はとっくに過ぎていたんだっけ。どうやら一週間音信不通のボクを御手洗先輩が探しに来たみたいだった。

 どう言い逃れしようかと思考を巡らせていると今度は御手洗先輩に無理矢理引き起こされた。


「言い訳は事務所で聞く。さっさと来い!」


 有無を言わせないといった感じだったけどボクは当然のように異を唱えた。人と待ち合わせしてるんで少し待ってくれと言ってボクは踵を返して公園に舞い戻る。当然御手洗先輩が捕まえようとしてきたけれどわかっていれば逃げるのは簡単だった。

 そうしてボクはいつものベンチに向かったのだけれどそこに少年の姿はなかった。立ち尽くすボクは追いついて来た御手洗先輩に再び捕まり、今度は抵抗することなく連行されていったのだった。


 胡蝶之夢という奴だったのかもしれない。御手洗先輩に出会ったことで我に返ったボクは夢の住人であった少年が見えなくなった。

 「アンノウン」の事務所に連行されたボクは調書を取られた際にそう答えた。調書を担当した御手洗先輩は終始不機嫌でボクの回答を戯言と斬り捨てた。それでもちゃんと調書に記すあたりボクと違って真面目な先輩だった。

 ボクの無断欠勤事件を上層部は重くとらえたみたいで後日詳しい調査が行われ、ボクも正式な事情聴取を受けることになった。

 結論から言えばボクが公園で出会った少年は実在する人間だった。明石羅夢、つまりはボク自身だった。彼が語った身の上話はボクの生い立ちと符号する点しかなかった。喋り方や少年にしか見えない見た目も昔のボクと同じだった。

 上層部はこの一件をボクが仕事に従事したくないが故に無意識的に生み出した幻想生物による事件と結論付けた。自ら生み出した幻想にボク自身が囚われていたというわけだ。

 ボクの妄想の可能性もあったが子どもと遊ぶボクの目撃情報もあり、それは否定された。

 この一件がありボクの生活環境は大きく変わった。幻想生物が生まれることを事前に防ぐことも「アンノウン」の業務の一つなので全体的な職場環境の改善が行われ、そしてボクは別の部署に異動することになった。

 幻想生物特殊対策室。それがボクの新しい職場だった。

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