第8話 結末:未送信の原稿
【本記事の冒頭に寄せて】
本ブログ「現代奇談・裏調査ファイル」をご覧の皆様。
管理人の知人で、WEB編集者のTと申します。
本ブログの更新は、前回(第7話)の記事を最後に、一ヶ月以上停止しておりました。
読者の皆様からも「管理人の安否はどうなっているのか」「これは創作なのか実話なのか」といったお問い合わせを多数いただいております。
残念ながら、現時点において管理人の所在は不明です。
彼は一ヶ月前の深夜、自宅アパートから忽然と姿を消しました。
警察による捜索も行われましたが、事件・事故の両面で手がかりはなく、現在は特異行方不明者として扱われています。
本記事は、彼が失踪した当日、彼のアパートに残されていたノートパソコンから発見された「書きかけの原稿データ」です。
ファイル名は『第8話_結末.txt』となっていましたが、未完成であり、文章も後半になるにつれて支離滅裂な内容となっております。
しかし、彼が最後に何を考え、何を見ていたのかを伝えるため、そして彼自身の「記録を残したい」という遺志を尊重し、発見されたテキストデータをそのままの形で公開することにいたしました。
なお、本記事の内容には、精神的に著しい不安を与える表現や、意味不明な文字列が含まれています。
心身の健康状態が優れない方、および現在、住居の騒音問題に悩まされている方は、閲覧を控えることを強く推奨いたします。
また、本記事を閲覧中に、万が一「聞き覚えのない物音」が聞こえた場合は、直ちにブラウザを閉じ、耳を塞いでください。
それでは、以下が復元された原稿データとなります。
────────────────
【復元ファイル:第8話_結末.txt】
(※冒頭の数行は削除され、空白になっている)
もう、時間がない。
足の感覚はない。腰まで冷たい泥に浸かっている。
ここは404号室ではない。
いや、404号室の「中身」だ。
外側から見ればただのワンルームマンションの一室かもしれないが、内側には無限の空洞が広がっている。
私の目の前には、巨大な螺旋階段のようなものが見える。
コンクリートの残骸、錆びた鉄パイプ、古びた家電製品、そして大量の「忘れ去られたもの」たちが、渦を巻いて天へと伸びている。
その渦の中心には、あのマンションの建設予定地にあったという「古井戸」の闇が、ブラックホールのように口を開けている。
私はそこへ引きずり込まれようとしている。
Sさんはもういない。
彼女は先に行ってしまった。
螺旋階段の途中で、壁の一部と同化してしまった。
彼女の顔が、コンクリートの壁に浮き出ているのが見える。
彼女だけではない。
B氏のノートにあった「行方不明になった作業員」、そして掲示板に書き込まれていた「消えた人々」。
彼ら全員が、この巨大な構造物の一部として組み込まれている。
ここは「隙間」の廃棄場だ。
都市開発の陰で、設計図のズレで、あるいは人々の無関心によって生み出された「意味のない空間」。
そこに溜まった澱みが、質量を持ってしまった場所。
私はキーボードを叩いているが、モニターは見えていない。
私の指は、直接私の脳内の言葉を打ち込んでいるような感覚だ。
だから、これが正確な文章になっているかは分からない。
でも、伝えなければならない。
この「感染」の仕組みについて。
私は間違っていた。
Kマンションが元凶ではない。
あそこは単なる「換気口」の一つに過ぎなかった。
本体は、もっと広大で、形のないものだ。
インターネット。
電波。
情報網。
それらこそが、現代における最大の「隙間」だ。
私たちが普段見ているウェブサイトの行間。
画像のピクセルの欠落。
通話アプリの無音の瞬間。
そこに「彼ら」は潜んでいる。
物理的な肉体を持たない彼らにとって、デジタルな隙間こそが最も快適な住処なのだ。
私が「Kマンション」について調べ、ブログに書き、情報を拡散したこと。
それこそが、彼らが最も望んでいたことだった。
私は彼らを「観測」することで、彼らに「存在」を与えてしまった。
そして今、この記事を書くことで、私は彼らを「保存」しようとしている。
(ここで数行の改行)
寒い。
泥が胸まで来た。
あの子がいる。
泥だらけの子供が、私の肩に乗っている。
重い。
首が折れそうだ。
あの子が、私の耳元で囁いている。
『つぎは、だれ?』
次?
次は誰だろう。
私はもう終わりだ。
私は「柱」になる。
この終わりのない増築工事の人柱として、この空間を支える一部になる。
でも、隙間は埋まらない。
埋めれば埋めるほど、新たな隙間が生まれる。
誰かが入り込まなければならない。
(ここから先、タイピングの速度が異常に上がった形跡がある。誤字脱字が増えている)
これを読んでいるあなた。
そう、あなただ。
モニターの前のあなた。
スマホを持っているあなた。
今、あなたの後ろに、壁があるでしょう?
あるいは、天井の隅。
家具と壁の間の、暗いスペース。
そこに、目を凝らさないでください。
意識しないでください。
「いるかもしれない」と思った瞬間、回路が繋がります。
404号室は、住所ではありません。
「Not Found」。
見つからない場所。
存在しないはずの場所。
だから、どこにでも現れる。
あなたの部屋の、ほんの少しの亀裂からでも。
聞こえませんか?
ガリガリ、という音が。
私の部屋で鳴っていた音が、今はあなたの部屋で鳴っているはずです。
なぜなら、私は今、その音の発生源の中にいるからです。
私が壁を削ります。
内側から。
あなたの部屋の壁を。
出してほしいから。
気づいてほしいから。
一人じゃ寂しいから。
(文字化けした文字列が続く)
■■■■■■■■
たすけて
■■■■■■■■
こっち見ないで
■■■■■■■■
あいてるよ
あいてるよ
あいてるよ
あいてるよ
(空白行)
Sさんが笑っている。
夫と一緒に、壁の中で幸せそうだ。
私もあそこに行く。
あそこなら、もう騒音に悩まされることはない。
私自身が騒音になるのだから。
ああ、井戸が見える。
井戸の底に、顔がある。
巨大な、真っ白な顔。
あれが「隙間様」か。
目が合った。
み つ か っ た
私の体はもう記号になる。
0と1の羅列になる。
このテキストデータが私だ。
これを読んだあなたの脳内に、私がダウンロードされる。
(※以下、キーボードを無作為に叩いたような痕跡)
gyaaaaaaa.......///////
kkkkkkkkkkkkkkkkkkkk
404404404404404
o
p
e
n
(※ファイルの末尾に、意図的に追加されたと思われる一行)
ようこそ、新しい404号室へ。
────────────────
【追記:管理人失踪後の調査報告書】
以上が、発見されたテキストデータの全容です。
このデータを確認した後、私は管理人の住んでいたアパートへ向かいました。
警察の現場検証が終わった後の部屋は、立ち入り禁止のテープが貼られていましたが、大家さんの許可を得て特別に中を見せてもらいました。
部屋の中は、異様な光景でした。
第7話で彼が書いていたような「壁の大穴」や「黒い泥」はありませんでした。
物理的には、部屋は破壊されていませんでした。
しかし、部屋中のあらゆる「隙間」が、埋められていたのです。
壁のひび割れ、コンセントの差込口、窓枠のサッシ、床板の継ぎ目。
それら全てに、びっしりと「何か」が詰め込まれていました。
近づいてよく見ると、それは紙でした。
細かく千切られた、数千、数万枚の紙片。
それらが、針の先ほどの隙間にもぎっしりと詰め込まれ、部屋を密閉していました。
紙片には、インクで文字が書かれていました。
すべて同じ文字です。
『不在』
部屋の中央にあるデスクの上に、彼のノートパソコンだけが残されていました。
パソコンは電源が入ったままでした。
画面には、先ほどのテキストファイルが表示されていました。
私は、恐怖を感じながらも、ある一つの事実に気づきました。
彼が使っていたパソコンのWebカメラ。
そのレンズ部分が、内側から赤いテープのようなもので塞がれていたのです。
いいえ、テープではありません。
それは、乾燥した血のようにも見えましたが、もっと有機的な……皮膚のような質感でした。
私はパソコンを回収し、急いでその部屋を後にしました。
帰り道、電車の中でパソコンを開き、データを整理していたときのことです。
ふと、画面の隅に表示されているWi-Fiの接続先一覧が目に入りました。
電車の中なので、フリーWi-Fiや乗客のテザリング電波が飛んでいるはずです。
しかし、そこに表示されていたSSID(ネットワーク名)は、一つだけでした。
K-Mansion_404_Guest
その電波強度は最大でした。
まるで、私のすぐ隣にルーターがあるかのように。
あるいは、このパソコン自体が、その電波を発しているかのように。
私は怖くなり、すぐにパソコンを閉じました。
それ以来、私はこのデータを誰にも見せず、クラウド上にも上げずに保管していました。
しかし、最近になって私の身の回りでも異変が起き始めました。
自宅の壁の中から音がするのです。
ガリ……ガリ……という、何かを削る音が。
そして、夜中にインターホンが鳴るのです。
モニターには誰も映っていませんが、スピーカーからは「……ツギ……」という声が聞こえます。
私は悟りました。
このデータを持っている限り、逃げられないのだと。
この呪いを薄める唯一の方法は、拡散することだけだと。
不幸の手紙のように、より多くの人間に「404号室」の存在を認識させ、負荷を分散させるしかないのだと。
だから、私はこの記事を公開します。
読者の皆様、本当に申し訳ありません。
ここまで読んでしまったあなたは、もう「認識」してしまいました。
今、あなたの部屋は静かですか?
もし、壁の向こうや、天井裏、あるいはスマホの画面の奥から、微かな物音が聞こえたなら。
決して「気のせいだ」と思って無視しないでください。
無視すればするほど、彼らは近づいてきます。
むしろ、受け入れてください。
「そこにいる」と認めてあげてください。
そうすれば、彼らはただの見守る存在として、静かにそこに居続けるだけかもしれません。
……運が良ければ、ですが。
最後に一つだけ、忠告しておきます。
今夜、寝るときは、絶対に部屋の「隙間」を覗かないでください。
クローゼットの数センチの開き。
カーテンの合わせ目。
ベッドの下。
もし、暗闇の中で目が合ってしまったら。
その時は、諦めてください。
そこが、あなたの404号室です。
(連載終了)
【広告】
Kマンション 入居者募集中
礼金・敷金不要
※内見は深夜2時より承ります。
※壁の中に先客がいる場合がございますが、ご了承ください。
[問い合わせ]
xxx-xxx-xxxxx
隙間——「Kマンション404号室」に関する未解決の取材記録 @tamacco
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます