La vengeance est un plat qui se mange froid

乃東 かるる@インフルエンザ中

一撃で仕留めるその時まで

 私は怒っています。


 毎日、柔和に微笑を浮かべたまま怒っている。


 
人として超えてはならぬ一線を、涼しい顔で跨いでいるのを見て、ただ黙って見過ごすほど柔な性分ではない。


 日頃、私は怒りを胸に溜め込むような真似はしない。
理不尽なら理不尽と言う。


 
不快なら不快と告げ、必要な話し合いをして終わらせる。



 それで決着がついたなら、その後に尾を引くこともない。


 その程度の器用さは持ち合わせているつもりだ。


 だが――
 裏切りだけは我慢ならなかった。


 あの男、上司である。


 その名を胸中に浮かべるだけで、胃に冷たい鉄片が沈むような面持ちになり不快で吐き気を催す邪悪な存在。


 一つ、大きなプロジェクトが成功した際、どこからともなく現れ、自分はさも中心人物であったかのように振る舞った。

 
汗ひとつかかず、責任ひとつ背負わず、成果だけをかすめ取る狼藉。
その浅ましさ、まこと見苦しい限りである。


 もう一つ、彼自身の初動の遅れ伝達ミスにより発生した重大なトラブルを、私の責任として押し付け、敵陣のただ中に置き去りにした事だ。あの時、私の背を守ったものは味方ではなく、自身で対話し相手方の怒りを自力で解いた私自身だ。

 今は良きパートナーとして指名を頂けるくらいにまで関係性を回復させた。


 しかし悔しかった。


 まさか上司にスケープゴートにされるとは情けなかった。


 そして、許せなかった。


 最後に、お世話なった前任の主任が彼の横暴に振り回され、心をすり減らし、ついに退職してしまった時、私はまだその時地位も権限もなかった。


 助けたいと思いながら、微力しかなく助けられなかった自分自身への悔恨が、未だ芯に残っている。


 主任が退職したその夜、私は決意した。


 ――私が、必ず一矢報いる。その一矢を息の根を止められるくらい鋭く研ぎ澄ます。


 カッとなって牙を剥くのは三流だ。返り討ちにあっては元も子もない。


 冷静に、怒りを燃やすが冷たく冷やすべきなのだ。復讐には忍耐が必要。


 月日は流れ、眈々と仕留める瞬間を狙い環境は変わった。

 
今の私は、もう昔の私ではない。
 それなりの権限も得た、経験も専任マネージャーの試験も通った。

 何より、心が折れなくなった。奴に従順なフリをして地固めし力をつける。


 私は知っている。


 復讐とは叫び散らすことではなく、急所を静かに狙うことである。


 ただの執念と呼ばれても構わない。


 呼び名など飾りだ。



 重要なのは、決して逃げず、腐らず、折れずに息の根を止めるその時まで歩き続けることである。


 私は今日も仕事を進めながら、淡々と証拠を集め、評価と信頼を積み重ね、あの男が座る椅子の脚を一本ずつ静かに削いでいる。


 焦らない。
 騒がない。
 悟られない。


 いずれ、その椅子は倒れる。


 その瞬間をただ、静かに見届ければよい。


 
怒りだけではなく、決意の速度で進む。


 そして最後に微笑むのは、あの男ではなく、私である。

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