人間の愚かさ
@irazoku
人間の愚かさ
男はひどく疲れていた。
それもそのはず、あたりに人はおらず静寂が包み込む時間帯に一人帰路についていた。
男は仕事終わりなのか足取りが重たく、鬱々と肩を左右に揺らしながら歩いていた。
傍から見れば一見不審者の様な男はやる気のない街灯に照らされて、より一層不穏な雰囲気を醸し出していた。
近くのコンビニに寄り、普段と変わらぬ商品を手に取る男は人間というより一定の行動を繰り返すだけの機械人形に過ぎなかった。
居住しているアパートへの道のりの最後の曲がり角を曲がった瞬間「それ」は居た。
街灯に照らされてようやく視認できるほど黒く染まった生物。「影」としか形容することができない見た目。
街灯の背を優に超し、上部には妖しく光る赤い瞳、かろうじて見てとれる鋭く尖った牙がついていた。
目が合う。
男は生気のない顔から、状況を理解していくうちにみるみると恐怖に満ちた表情に変わっていく。
生存本能からか、男が思案を巡らすより先に男の身体は「影」と逆方向に走りだしていた。
その行動がいけなかったのか、まるで走り出したのが合図かのように「影」は一瞬にして目の前に立ちはだかった。
男は無謀だと知りながらもコンビニの袋を「影」に投げつける。当然ながら「影」は微動だにしない。
「影」は自身の一部を拳のような形に変え、勢いよく男に向かって振りかざす。死を覚悟した男は咄嗟に目を瞑った。
瞬間、物凄い轟音と風圧で男は目を開いた。目の前には「影」、ではなく男と「影」の間を裂くようにして仮面姿の女が立っていた。
「影」の拳を押し留めながら、女は男に声を掛けた。大丈夫?怪我はない?と。
男は混乱しており、素早く頷くことでしか返答できなかった。
女はそう。とだけ返し手慣れた手つきで「影」を撤退させていった。
女はライダースーツに身を包んでおり、身体のラインが際立って見える服装をしていた。男にそんな耐性などなく、少し視線を逸らしながらお礼を言う自分を情けなく思った。
あの…その、ありがとう、ございます…。
女は気怠そうに黙って手を出す。
えっと…
言い終わる前に女が口を開いた。
金は?
お金…?ですか…?
あぁ、もう察しが悪いなぁ…。
頭を掻く、続けてこう言った。
アンタが襲われてるの助けたからお金ちょーだいって言ってんの!!わかる?
あたしは命の恩人なの!正義のヒーローが無償で助けてくれるのなんて漫画の中だけの話!!!
稼げなかったら命懸けでこんな仕事してないっつーの。
女は思いの丈を吐き出すと、再度両手を器状にしお金を要求する身振りをするのであった。
男は観念したかのように言う。
…いくら必要なんですか?
5万円♡
満面の笑みを浮かべている女は、男が言い切る前に即答した。
社会人生活を数年続けていればすぐにでも用意できる額だが、ギリギリ出してもいいラインを攻めてきているなと男は感じた。
とはいえ彼女は命の恩人である。渋々5万円を差し出すと、ひったくる勢いで女は金を奪い満足気に去っていった。
数分後。女は工事中と思わしき骨組みが剝き出しになったビルの屋上に腰かけていた。
煙草を吸いながら今日の成果の5枚の紙きれを見て、
やー今日も大漁だなぁ!被害者の記憶消せるのって便利便利♪
あたしが認識できた人しか消せないのがちょーっと不便だけど…まっ大丈夫でしょ!
ご機嫌に独り言を喋っていた女は、不敵な笑みを浮かべ誰かに話しかける。
あいつ金持ってるからさー、次も頼むよ。
応答するように「影」が蠢いた。
暗い部屋、ディスプレイからの青白い光だけが頼りとなっている。
男はそんなことなどお構いなしに何かを眺めてはほくそ笑んでいた。
また君のコレクションが増えたね。なとど呟きながら先ほど助けてくれた女が映っている写真を恍惚とした表情で眺めているのであった。
本来であれば女は、男の記憶を消せていたであろう。
しかし、驚くべきことに男は彼女に対してストーキング行為をしていたのである。
数か月前、女が私服姿で街中を歩いていると、そこにすれ違った男は女に一目惚れをした。
ストーキングを続けていたある夜、男はたまたま「影」に襲われる人を見てしまい、咄嗟に物影に隠れた。
すぐに女が現れ、襲われている人を助けだした。男はその女がストーカーしている女だとは知らずにかっこいいと感じた。
こっそりと女の写真を撮って帰宅した男は、あることに気づく。
ストーキングをしている彼女とヒーローである女の特徴が一致していたのである。
男はそれに気づいてからというもの、ヒーローの写真を間近で撮りたいと強く願い、それを行動に移していたのであった。
そう丁度先ほどのように…。
人間の愚かさ @irazoku
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