第3話 肉体強化と天の声を携えて

 声が聞こえた。何処を見ても、俺に話し掛けたと思われる人物はいない。だが、その通りだとも思った。ジャングルには、何が待ち受けているか分からない。何にしろ、後5分程でホールを出ないと射殺されてしまう。


 死にそうになった時、火事場の馬鹿力状態で得た力が、俺に必要な能力かもしれない……。自分にそう言い聞かせて、意を決してホールを出た。


「何でこんな時に、俺はスーツで革靴なんだか……」


 自嘲して、寂しさや孤独感を紛らわしながら、草木の陰に隠れつつ慎重に進んだ。


 しばらくすると、前方から悲鳴と激しい打撃音や走る足音が聞こえて来た。嫌過ぎる……ジャングルは広い。視野を自分から狭くせずに、あんな場所は迂回しよう。


 そんな事を考え、体を進行方向から90度変えると、ギャピッ!? 短い断末魔と共に、ホールでステータスウィンドウを出していた日本人の小太りの青年が、頭を吹き飛ばされた状態で俺の前に飛んで来た。


「……ヴッゥゥゥッ!?」


 胃の内容物が、逆流しそうなところを我慢。強引に飲み込み、喉が焼ける痛みで涙目になって視界が揺れた。


 木にピッタリと体を付け、隙間から何が起こっているのかを覗いた。


 血や汚物で汚れた棍棒を持った、身長150センチ程の人型で緑色の化け物が、逃げ惑う人々の頭めがけてフルスイングをしていた。


 映画やマンガのファンタジーに疎い俺でも知っている。アレは、ゴブリンとかいうヤツだ……胃の内容物が、また上がって来そうなのをグッと我慢。視界に入っている4匹が、逆を見るタイミングを計った。


(………今ッ!)


 4匹のゴブリンが俺に後頭部を見せてる間に、俺は迂回しようと決めていた方向に全力ダッシュ。木の根に何度も足を取られながら、必死に走った。


 人生で5本、いや3本の指に入るカッコ悪さ。涙やヨダレを垂らし、走るフォームは滅茶苦茶。これだけ踠いているんだから、生き延びさせてくれ! そんな利己的な考えを持って、とにかく走った。


 俺の目の前に、沢山の走る人が見えて来た。皆、必死に逃走していた。森の木々が切れる……景色が変わると思った瞬間、ブォンッ! と音が鳴り、前を走っていた人間は、粉々に吹き飛ばされた。そして俺は風圧で転がり、しこたま地面に体を打ち付けた。


 ……そして現在。豚頭の怪物……そうだ、アレはオークとか言うんだっけか。体の何処が、痛いか分からないくらいに全部痛い。


 ここに来るまでの過程を思い出し尽くした。俺、死ぬのかな……?


『ダメに決まっているでしょう! 雅彦は、私の仇を討ってくれるんでしょ!?』


 声が聞こえるのが、俺の能力……? ハズレじゃないか、完全に……。


『ハズレは失礼ね! 貴方は、力を得られるわ! これは、この声は、私からのサービスみたいなモノよ。立って! 雅彦!』


(分かったよ……! 里中莉子ッ!)


「肉体……強化……!」


 切れて血の味がする唇を必死に動かし、俺は呪文を唱える様に言葉を紡いだ。


 血が止まり、スーツがはち切れんばかりのパンプアップ。俺はオークに向かって、飛び蹴りを繰り出す。


「オラァッ!」


「フゴォッ!?」


 欲を言えば転倒させたかったが、よろめかせただけでも今は充分。オークの脇を擦り抜けて俺は平原をひたすら走り、3メートル程の崖下に小さな川を発見。壁際に隠れながら、ハンカチを濡らして血や汚れを拭き取り、口をすすいだ。


「はぁ……はぁ……ふぅー。何とか生き延びた……」


 体が萎んでいつもの俺に戻ると、ドッと疲労が襲った。


『私の事は無視?』


「忘れてないよ。莉子、その……」


『ええ。殺されたわ。貴方の相棒を辞めさせられた後に、天王寺昭久からね』


「俺のクビを切った役員か……心当たりは?」


『ありまくりよ。貴方もでしょ?』


「だな。しかし、よく……何と言うか、魂を残せたというか……どういう状態だ、ソレは?」


『殺される間際に、死んだら異世界へ意識がはっきりした魂を送れます様にって願ったわ。何か魔法的な力で、どうにかなるかなぁと思ってさ……』


「殺される間際に、そんな事を……精神強いなぁ……。でも、俺が来なかったら無駄になるところだったんじゃ?」


『そこは、私の相棒だから来るでしょ。事実、貴方は天王寺にクビを切られて、ここに来ているんだから。だから、殺される事を心配してたわ』


「そっか。莉子……?」


『ん?』


「お前が、こんな事になってるなんて、何も調べもせずに……すまなかった」


『そんな殊勝な心掛けなら、生き残って仇を討ってよ?』


「悪霊じゃ……ないよな?」


『秒で失礼になるわね? まぁ良いわ。悪霊かどうかは、貴方自身が確かめなさい。落ち着いたら、行きましょうか?』


「ああ……果たして、俺と莉子は生き残れるのでしょうか?」


『フフッ。誰に言ってるの?』


「俺達を、見守ってくれてるかもしれない誰かにさ」


『成程ね。私達の活躍を期待してね!』


 こうしてソーホーにより、異世界に落とされた俺こと戸田雅彦と、天の声みたいな里中莉子の異世界サバイバルが始まる……。


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ソーホー マロッシマロッシ @maro5963

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