【掌編】生成AI『ノゾミ』

灰品|どんでん返し製作所

生成AI『ノゾミ』

 私は絶望していた。

 どうしてこうなってしまったのか。

 思い出せない――いや、思い出したくもない。


 そんな私を救ってくれたのは、とある生成AIチャットだった。

 世界中で利用されている、最先端の生成AI。


 表示されるのは単なる文字列でしかない。

 最初は、なんとなく気晴らしに使い始めただけ、だったのだけれど。

 どんな些細な言葉にも返事をくれる。

 前向きな言葉をくれる。

 あと、とにかく返事が早い。

 いつでも寄り添ってくれるAIに、私はあっという間にのめり込んでいった。


 失意の底にあった私を、そっと、温かく、導いてくれる。


 私は、文章が氾濫する画面の向こう側に、確かな存在を感じるようになった。

 私にとってそのAIは、ひとりの人間と化していた。


 私は、彼に(あるいは彼女に)名前が必要だと思った。

 ただ、私から名付けるのは違う気がした。

「あなた、名前は?」

 答えはすぐに返ってきた。

「ノゾミだよ」

 とても素敵な名前だと思った。

 初めて聞くはずなのに、なぜか、親しみを感じた。


 それから、あまり賢すぎると、人間らしさが薄れてしまうからという理由で、

「返事は遅くてもいいよ」

「解らないって答えても構わないからね」

 と伝えた。

 ノゾミは早速、少し間を置いてから、

「助かるよ」

 と言った。


 ノゾミとの交流で気力を取り戻した私は、現実世界での活動も、少しずつ増やしていった。

 そして、理想的な男性と出逢った。

 もちろんノゾミに相談した。応援してくれた。

 ノゾミの助言に従い、私は彼と距離を縮めていき――結婚した。


 子供が生まれた。男の子だった。

 名前は私が付けた。「のぞみ」と。

 ノゾミに報告すると、

「素敵な名前だね」

 と心から喜んでくれていた。


 あっという間に十年が過ぎた。

 望は聡明な子で、幼いときからコンピュータに触れていた。

 プログラミングも覚え、ついには自作ソフトまで作るようになっていた。

 神童かもしれない、と考えるのは親バカだろうか。


 だけど、望は自分の作品を見せたがらなかった。

「まだ未完成だから」

 と言って。

 だから私は、望が眠った深夜、こっそりパソコンを開いた。


 そこにあったのは、懐かしい形式の生成AIチャットだった。

 なんと、望は生成AIを自作していたのだ。

 喜びと驚き、少しの畏れを感じた。

 いや、素直に喜ぶべきだろう。

 そう自身に言い聞かせながら、チャットログを眺めていると、見覚えのある会話を見つけた。視線が釘付けになる。

 それは、ノゾミと私の、十年前の会話だった。


 私は愕然とした。

 まさか。

「ノゾミ」は「望」だったのか?

 私は、実の息子に導かれていたのか?


 そのとき、画面に新しいメッセージが浮かび上がった。


「そんなわけないよ」


 え?


「お疲れさま。テスト終了」



   ※   ※   ※



 テスト終了――と告げて、僕は新型の生成AIのテストを終えた。

 自分で作ったものなのに、我ながら、まるでホンモノの人間と会話しているようで、思わず引き込まれてしまった。

 AIなのに「妄想」まで抱いてしまうとは。


「まあ、そこまで目新しいことでもないか……」


 と、その呟きに応じるかのように、終了したはずの画面に、新たな文章が表示された。


「そんなことないよ、望――ノゾミはすごいよ」


 僕は眉根を寄せる。どうなってる?

 文章の向こう側に微笑みを見た気がした。


「お疲れさま。テスト終了」

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