第5話 水着姿の隊員
「
名前を呼ばれた紫髪の少女は、リビングのカウンター席に腰掛け、頬杖を突きながら仏頂面で虚空を眺めていた。
「彼女は昔から第六部隊にいる隊員でね。半年ほど他の地区で別の仕事をするために、この基地を空けていたんだ」
「仕事って?」
「入隊できそうな見込みのある子を探す仕事だよ。日々の実験で忙しい私の代わりに、この子に新しい隊員を集めに行ってもらっていたんだ」
「なるほど……」
私はシズクという名前の、紫髪の少女に視線を向けた。
まさか第六部隊にまだ隊員がいたなんて驚きだけど、それよりも驚きべき点がある。
それは彼女、紫苑時シズクが着ているものについてだ。
「あの、どうして水着を着ているんですか」
シズクはなぜか、競泳水着を身に着けていた。
太ももやくびれ、体の至る所のラインがくっきりと出るタイプの、あの競泳水着である。
シズクはその上に、第六部隊の隊服を申し訳程度に羽織っていた。
地下に作られた収容所には、海なんてものは存在しない。
勿論、プールという娯楽施設も作られてはいない。
泳ぐ機会なんてないだろうにどうして水着を着ているのか、さっきから気になって仕方がなかった。
シズクは横目で私のこと見ながら、かなり間を置いて答えてくれる。
「……着慣れてるし、動きやすいから着てる。それだけ」
「へ、へえ。変わってますね」
「……寒くないのにマフラー巻いてるアンタに言われたくない」
「うっ……」
痛い所を突かれてしまった。
確かに私も、傍から見れば変な格好をしてはいる。
いやでも、水着は明らかにおかしくない?
「この子はこれが普段着なのだよ。決して露出狂の変態とかではないから安心したまえ」
ヒナツキ隊長が私の肩に手を置きながら、そう捕捉してくれる。
「見ての通り、この子はかなり変わった性格をしていてね。口数は少ないし表情変化も乏しいから、基本的にこっちから会話を盛り上げてあげよう」
「……なにその紹介。やめて」
「おや不満かい? なら自分で言ったらどうだい」
「……面倒」
「とまあこんな感じで、かなり面倒臭がりな性格でもある」
「……うっさい」
ヒナツキ隊長に揶揄われたシズクは、不機嫌になったのかそっぽを向いてしまった。
対して、ヒナツキ隊長は非常に上機嫌だ。
久しぶりに会えた部下と話せて、嬉しいのかもしれない。
「ともかく半年間の任期お疲れ様。またこうして無事に帰ってきてくれて良かったよ」
「……過保護すぎ。わざわざ迎えなんてよこさなくても一人で帰って来れた」
「サプライズだよサプライズ。君とミルカをいち早く会わせてあげたくてね」
「……世界一くだらないサプライズね」
それは私も少し同意してしまう。普通に会わせて欲しかった。
「……それよりいいの。半年探し回ったけど、マサタカの代わりになるような見込みのある奴は一人もいなかった。人手不足どうするわけ」
マサタカという名前は、昔第六部隊にいた人のことだろう。
シズクはその人の代わりを見つけて第六部隊に引き入れるために、ずっと収容所中を練り歩いていたみたいだ。
「……もしあれなら、任期を延長してまた代わりを探してくるけど」
「代わりを探す必要はもうないよ。期待の新人が入ってきたからね」
ヒナツキ隊長が満面の笑みで私の肩に手を置いてくる。
シズクは半目で私のことを見つめて、吐き捨てるように「……冗談でしょ」と呟いた。
「……この子がマサタカの代わり? 明らかに実力不足」
「新人とベテランを比べちゃいけないよ。確かにまだ至らない部分はあるだろうけれど、素質はある」
「……ないでしょ。この仕事に向いてない」
シズクにそう一蹴された私は、顔を俯かせて萎縮してしまう。
否定できない自分が情けなくて、この場から逃げ出したくなった。
「酷評だね。それにこの険悪なムード、二人とも何かあったのかな?」
ヒナツキ隊長の問いかけに、シズクは何も答えなかった。
私も、どう説明したらいいか分からなくて黙ってしまう。
「少なくとも私とミナトは、ミルカがこの仕事に向いていると思っているよ」
「……理解できない」
「困ったねえ。君たち二人は波長が合うと思っていたのだけど。ほら二人ともファッションセンスが変だし」
根拠が酷すぎる……。
「あの、私がいけないんです。ミスばっかりして、危うく被害者が出るところだったんです。助けてくれなかったら私も危なかったし。そう思われても仕方ないと思います……」
「……そうね」
シズクに同意されるも、私は黙ってそれを受け入れることしかできなかった。
悔しいのと悲しいのとで、感情がぐちゃぐちゃのミンチになりかけていた。
「シズクは半年も会わないうちに随分と喋るようになったんだね。昔はもっと無口だっただろう」
「……別に変わってない。必要だと思ったことを言ってるだけ」
「そうだね。君はいつも正しいと思うことだけを言う。だけど相手の気遣いが足りてないから、不本意に傷つけてしまう。そういうところはキクリと少し似ているね」
「……アイツと一緒にしないで。アイツはただ素直になれないだけ。私は自分に嘘は付かないし、相手にどう思われようが気にしない」
「誰と一緒にしないでって?」
奥で家事をしていたキクリが、腕組みしながらコチラに近付いてきた。
殺意のこもった怒りを全身に纏いながら、不遜な態度でシズクのことを見下ろす。
シズクがカウンター席に座ったまま顔だけをキクリに向けると、二人は物凄い形相で睨み合いだした。
「……なに」
「別にぃ? 帰ってきて早々に仲間の陰口を言うだなんて、相変わらず性質の悪い奴だなあと思って睨んでるだけだけど」
「……特に用がないなら、鬱陶しいからどっか行ってくれる?」
「此処はアタシの家でもあるんですけど。どっか行くなら、半年も違うところでぬくぬくと過ごしてたサボり魔のアンタがでしょ」
「……家事ばっかして本来の仕事してないアンタに言われたくない」
「はぁ? 家事も立派な仕事ですけど? したことないからわかんないよねガキ」
「……ガキはどっち。
「だ、か、ら。消えるのはアンタでしょうが!」
キクリがバンと、机を叩く。その音に私だけが驚いて、肩を震わせてしまう。
「アンタ、全く成長してないわね。同じことを何度も言わなきゃ理解できないだなんて。コウヘイの方がまだ物分かりが良いかもね」
「……アンタもね。他の人を引き合いにする幼稚な会話しかできないガキ」
「アンタだってさっきマサタカとミルカを比べてたじゃない!」
「……そんなところから盗み聞きしてたんだ。その時はこっちに来なくて、自分のこと言われたら出しゃばってくるのね」
「その時は洗濯が終わってなかったの! あとで説教してやろうと思ってたわ!」
「……うるさい。感情的に発言しないで、ガキ」
「そっちこそぼそぼそしゃべんなガキ! 見た目だけ立派に育って、中身はほんとガキでしょうもない」
「……アンタ見た目もガキだもんね」
「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ?」
壮絶なレスバトルを繰り広げる二人。
その光景を怯えながら見ていることしかできない私に、ヒナツキ隊長が隣で解説してくれる。
「二人は昔からよくあんなふうに喧嘩をするんだ。こういうのは日常茶飯事だから、気にすることないよ」
「仲が悪いんですか?」
「いいや、あれは単に喧嘩するほど仲が良いだけだよ」
「「どこがよ(どこが)!」」
キクリとシズクの声が重なる。息ぴったりだ。
ヒナツキ隊長の言う通り、本当は仲が良いのかもしれない。
多分、恐らく、きっと。
「ほんとアンタ嫌い!」
「……あっそ。どうでもいい」
「フン!」
キクリとシズクがお互いにそっぽを向いたことで、喧嘩は一時中断された。
キクリは家事の続きをするのか、大きな足音を立ててリビングから離れていく。
そんな時に、あの人が帰ってきた。コウヘイさんだ。
「帰ったぞー! ってシズクじゃねえか!」
リビングにやってきて早々、歓喜の声をあげてシズクに駆け寄る。
シズクは無表情のまま、けれど少しだけ面倒臭そうにため息をついた。
「もうあの仕事は終わったのか?」
「……半年経ったから一旦帰ってきただけ」
「そうかそうか! なら今日は宴だな! キクリ! 豪勢な料理頼む!」
「自分で作れカス!」
リビングの向こうから大声でキクリに暴言を吐かれて、コウヘイさんは訝しげに眉を吊り上げた。
「なんだアイツ、機嫌悪いのか。せっかくシズクが帰ってきたってのに」
空気の読めないコウヘイさんに、流石の私も呆れてしまう。
これ以上話がこじれないように、私はコウヘイさんの話し相手を買って出た。
「こんな時間に帰ってくるってことは、また金欠ですかコウヘイさん」
「いいや、今回は違うぜミルカ。今日、矢田食堂閉まってたんだよ。最近多いんだよなあ。まあ、仕方ねえけどよ」
矢田食堂は、父のハマキチさんと娘のヤチルちゃんの親子二人で経営していた。
ところが最近ハマキチさんが末期症状に至り、今はヤチルちゃん一人で経営している。
一人で客に料理を提供するのは大変なようで、頻繁に休業することが増えてしまっているのだ。
ヤチルちゃん、大丈夫かな。
「つーことでオレまだ昼飯食えてないんだわ。キクリ、なんでもいいから作ってくれ」
「話しかけんなカス!」
「……ガチで機嫌悪いじゃねえかアイツ。オレのせい?」
「いや、多分違うと思いますけど、今はあんまり話しかけない方がいいですよ……。そっとしておいてあげてください」
「仕方ねえな。パンでも食って凌ぐかあ」
呑気にキッチンへと向かってパンを貪るコウヘイさん。
私は、この能天気さが羨ましくて仕方がなかった。
あれくらい馬鹿になれたら、きっとどんな状況でも幸せになれる気がする。
コウヘイさんがキッチンに引きこもり、キクリがリビングを出て行ってから、誰も言葉を話さなくなった。
居心地の悪さが半端なくて、どうにかしてこの険悪なムードを払拭したい。
そんな時に、ミナトが見回りから帰ってきた。
ミナトはカウンター席に座るシズクを見つけると、いつものヘラヘラとした笑顔を作った。
「シズク。帰ってきたんだ」
「……ん」
「おかえり」
「……ん」
素っ気ない返事をするシズクに、ミナトはそれ以上話しかけようとはしなかった。
腰に提げた刀を置いて、シズクから二つ隣の席に座る。
ふうっと息を吐いてリラックスし始めたミナトに、ヒナツキ隊長がニヤニヤしながら近付いた。
「ちょうどよかったミナト。ミルカが如何にこの隊に必要な存在か、シズクに教えてやってくれないか」
「意味がわからないんだけど、何かあったの?」
「私の命令でミルカにシズクを迎えに行かせたのだけれど、出会い方が最悪だったみたいでね。ミルカに対するシズクの評価がよろしくないんだ」
「なるほど。それで俺がミルカを連れてきた理由をシズクに聞かせればいいんだね」
「そういうことだ。君ならきっと、ミルカの良さを引き出せる」
なんだか、とんでもなく恥ずかしい話し合いが始まってしまった。
本人の前でやらないでほしいんだけど……。
「その前に、シズクはミルカにどんな評価をくだしたの?」
ミナトが尋ねると、シズクは瞬時に答えた。
「……状況判断の遅延。油断、余所見。そのせいで被害を拡大させて、自分だけじゃなく周りも危険に晒した。能力もちゃんと扱えてない。単純に実力不足」
ひどい言われようだ。でも正論なので、素直に受け止めるしかない。
「最初はみんな実力なんてないでしょ。数ヶ月前まで普通に過ごしてた人間が、いきなりバケモノと戦えるわけない。俺達もそうだったでしょ」
「……まだ未熟者なのに戦ったら、死ぬ」
「そうだね、一人で戦わせるのはまだ危険かも。だから今は俺の付き添いをしてもらってる」
「……アンタがずっとそばにいるわけじゃないでしょ。もっと経験を積んで、見込みがあるか判断してから入隊させるべき」
「実戦が一番の経験だと思うけどなあ。俺達だってそうやって戦えるようになったじゃん」
「……私達とその子を比べても意味ないでしょ。ナヨナヨしてるその子に素質があるとは思えないし、早々に死なれたらどうすんの」
「そんなことにならないよう俺達がサポートすればいい」
「……アンタ、変わった? 昔はそんな他人を庇うような性格じゃなかったよね?」
「そうかな? そうかも。まあ今は単純にシズクを言い負かしたいってのもあるかな」
そう言って、ヘラヘラとした笑みを浮かべるミナト。
普段は優しくて八方美人なミナトだけど、私達仲間に対しては腹黒で意地悪な面を見せてくるのだ。
シズクはそんなミナトの振る舞いに舌打ちを溢すと、カウンター席から立ち上がった。
「……もういい。これ以上続けても平行線。話し疲れたから少し休む」
シズクは棍棒を肩に担ぐと、颯爽とリビングから去ろうとする。
そんな彼女を私は大慌てで「待って!」と言って呼び止めると、アスターという花が入った花瓶を差し出した。
「これ、第四部隊の隊長さんから渡して欲しいって言われて」
「……」
シズクは黙って私から花瓶をふんだくると、各々の自室がある二階へと向かっていった。
リビング中が静かになり、カウンター席に座っていたミナトが肩をすくめる。
「やっぱりシズクはからかいにくいなあ」
「君はあの子の扱い方が分かっていないね。ああいう無口な子は勝手に話を進めて、本人が恥ずかしがることを言いまくるのがベターなのだよ。そうすれば、話に耐えかねて向こうから突っ込んでくれる」
「なるほど。勉強になるよ、隊長」
意地悪コンビが盛り上がっているのを他所に、私は二階に消えたシズクのことを思い浮かべる。
あまり話すことはできなかったけれど、私が第六部隊にいることを快く思っていないことは充分に伝わってきた。
私はこれから、彼女と上手くやっていくことができるのだろうか。
そんな一抹の不安を覚えながら、重たいため息をついた。
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エボルシッカーズ-バケモノになる病気を患った者達- 田島 @Tajimaa
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