第4話 遭遇

「これからどうしようかな」


 両手に花瓶を持った私は、第四地区中を彷徨いながらそう独りごちた。


 ヒナツキ隊長から頼まれた人探し。

 その相手は顔や名前すら知らない、まったくの初対面である。


 唯一分かっているのは第四地区にいることと、女の子という情報のみ。

 正直、見つかるとは微塵も思っていない。


 花瓶を持ったままじゃ歩きにくいし、一旦基地に帰ろうかと考えたけれど、そうすると文句を言われそうな気がしなくもない。


「気軽に了承するんじゃなかったかも。はぁ」


 気分が憂鬱で、自然と口からため息が漏れる。

 もうこのまま第四地区でテキトーに時間を潰して、夜食前になったら帰ろうかなと考えていた時だった。


 いきなり第四地区中に大きな揺れが発生し、私の足元に大きな亀裂が入った。

 咄嗟にその場から離れようとするけど、既に遅かった。


 亀裂の入った地面から巨大な何かが突き出してきて、私の体を軽々と吹き飛ばした。

 両手に花瓶を持っていた私は上手く受け身を取ることができずに、地面を二、三度転がってしまう。


 背中あたりに少し痛みを感じたけれど、大した怪我じゃない。

 この程度、エボルシッカーならすぐ治る。


 私はすぐさま体を起き上がらせると、何が起こったのか周囲を確認した。


 まず目に入ったのは、地面にできた巨大な穴。

 そのすぐそばに、長い首の下に吸盤を張り巡らせたタコのような触手を持つ、全長五メートルくらいのバケモノが立っていた。


 このバケモノの正体は、エボルシックの末期症状へと至った元人間。エボルシッカーの末路だ。


 状況的に見て、地面の穴はこの末期症状者が這い出てきた際にできたものみたいだ。穴を掘る能力でも持っているんだろうか。


 末期症状者が全身に生えた触手を振り回しながら、「オアァァァァァ」と咆哮する。

 私は両手に持った花瓶を脇道に置くと、意識を集中させて次の言葉を口ずさんだ。


「〈能力半回のうりょくはんかい・再現〉」


 私の左半身が真っ白な光を纏って、輝きを放つ。


これが私の能力、〈再現〉。


 私の体から放出される白い光から、あらゆるものを再現する。

 ただし、再現するには緻密な想像力と思い入れが必要。


 私が今〈再現〉で実際に生み出せるものは、真っ白な光とそれによって形作った刀だけ。

 それしか生み出せないため戦術の自由度は高くないけれど、明確な勝ち方が存在する。


 それは、私の身に纏った白い光を対象に当てることだ。


 白い光に侵蝕された者は動けなくなり、やがて消滅する。


 だけどそうするには、何度か白い光を対象に当てなければならない。

 一撃だけでは体の一部しか侵蝕させることができず、決定打にはならないのだ。


 一度の侵蝕だけでも相手の動きを鈍らせることくらいはできるけど、早期に戦いを終わらせ、被害を最小限に食い止めるには複数回攻撃を当てる必要がある。


 能力が発現した当初は一撃で全てを倒せるほどの威力があったけど、今は能力を〈全開〉にしても、それほどの威力を引き出すことができなくなっている。


 原因は私の気持ちに問題があるのだと、ヒナツキ隊長に言われた。


 エボルシックの能力というのは、本人の意思にかなり影響されるところがある。


 初めて能力を行使した時の私は、妹であるハルちゃんを人殺しにさせたくないという強い意思があった。

 だけど今はそれと同じくらいの強い意思が私にないから、以前のような力を発揮できていないのだとか……。


 地道な戦い方しかできない今の私は、はっきり言って弱い。

 だけど、決して戦えないわけじゃない。


 とにかくタイミングを見計らって堅実に攻撃を当てていけば、勝てる。

 そうやって私は一ヶ月以上も末期症状者を殺してきたのだ。

 今回も、同じことをするだけだ。


 私は光を纏った左腕から、真っ白な刀を生み出した。

 ミナトの刀をイメージして再現した、私のメイン武器だ。


 私は刀を構えると、未だ咆哮を続ける末期症状者へ向けて振り翳そうとした。

 それとほぼ同時に、末期症状者が触手をしならせて近くの建物を破壊しだす。


 その際に飛び散った建物の破片が宙へと浮かび上がり、高速で私のいる方向に飛んできた。


 十中八九、この末期症状者の能力だろう。どうやら穴を掘る能力じゃなかったみたいだ。


 飛んでくる破片に対し私は慌てて刀を振り、白い光を撒き散らして牽制した。

 光に当てられた破片はみるみる勢いをなくしていき、地面に落ちて消滅する。


 そのまま攻撃に転じようとする私だったが、肝心の末期症状者の姿が見当たらなかった。

 きょろきょろと周囲を見渡してみると、建物の屋根上をよじ登る末期症状者の姿を発見する。


 末期症状者はまぶたから突き出た黒い目を忙しなく動かしながら、建物の屋根を伝って何処かへと走り去っていった。


 エボルシックの末期症状者は、周囲にいる者を見境なく襲う習性がある。

 だけどこの末期症状者は、近くにいる私や他の住人を無視して移動していた。

 その行動を不審に思いながらも、私は全速力で末期症状者のことを追いかけた。


「コイツ、見かけによらず速い……っ!」


 エボルシックの病状がステージ2に至り、能力発現の影響で身体能力をあげた私の全速力でも、一向に距離が縮まらない。


 全身が異形と化したステージ5の末期症状者とステージ2の者では、身体能力の差がありすぎるのだ。

 でもその差を覆すほどの力がないと、この仕事は務まらない。


 幸い、こっちには考える頭がある。理性を失った末期症状者にはない、大きなアドバンテージだ。


 考えろ。考えろ。誰の被害も出さずに、速攻で仕留める方法を。

 白い光を射出してもコイツには届かない。なら、どうすれば届く……?


 ふと、私はついさっき見た末期症状の能力を思い出した。


 宙に浮かんだ建物の破片が、高速で飛んでくる光景。

 そこからヒントを得た私は、大きく跳躍して屋根の上に立った。


 手に持った刀の形状を変化させて、長い槍を作り出す。

 肩の筋肉をフル活用して、前方の末期症状者目掛けて投擲した。


 槍は末期症状者が逃げる速度よりも格段に速く飛んでいき、あっという間にその巨体を追い越していった。


 コントロールが甘かったせいで直撃はしなかったけれど、片足を掠めることには成功する。


 あの槍は私の白い光を凝縮した武器だ。体の一部に少しでも当たれば、そこから光が侵蝕していく。


 片足を動かせなくなった末期症状者はその場から派手に転ぶと、体がひっくり返った状態で地面に落っこちた。

 白い光に片足が侵蝕されたせいで、上手く起き上がれないみたいだ。


 それを好機と見た私は即座に刀を生成して、ひっくり返る末期症状者に斬りかかろうとする。


 今度こそ仕留められる。


 そう確信した矢先、末期症状者がひっくり返っていた体を起き上がらせた。

 残った足三本の関節を逆方向に折り曲げて、動けなかった体を無理矢理起こしたのだ。


「な、そんなのアリ!?」


 驚愕しながら刀を振って直線上に白い光を撃ち放つも、あっさりと末期症状者に避けられてしまう。


 末期症状者は体に生えた全触手を使って跳躍すると、近くにあった建物を突き破って中に侵入した。

 その瞬間、複数人の悲鳴が私の耳に届く。


 建物の中に入ると、末期症状者に襲われている三人の男女を目撃した。


 三人とも迫り来る末期症状者と真正面から向き合い、戦う姿勢を取っていた。だけどその顔は恐怖に満ちていて、体が大きく震え上がっている。


 あれはダメだ、戦えない。私が助けなくちゃ。


 地面を蹴って、刀を振る。刀身から白い光を撃ち放ち、末期症状者の胴体を貫いた。

 体の大部分を白い光に染め上げて、末期症状者の動きを止める。


 白い光に侵蝕された末期症状者は、呻き声をあげながらその場に崩れ落ちた。


 ようやく仕留められたことに私は安堵の息を漏らすと、能力を解除して三人の元に駆け寄った。


 三人とも酷く怯えていて、その場にへたり込んでしまっている。

 その姿は収容所に来たばかりの私とよく似ていて、なんだか親近感が湧いてしまった。


「あの、大丈夫ですか。怪我とかしてませんか?」

「う」

「……?」

「後ろ!」


 言われて、後ろを振り返る。すると目前に、無数の木片が宙に浮かぶ


 その現象に見覚えがあった私は、近くで倒れている末期症状者に視線をやる。


 末期症状者は白い光で全身を覆われながらも、ドス黒い目をギラつかせてこちらを睨んでいた。


 ……嘘でしょ。まだ動けるの? 


 末期症状者が最後の悪あがきで能力を行使して、宙に浮かんだ無数の破片を私達に飛ばしてくる。


「〈能力微回のうりょくびかい・再現〉!」


 私は三人を守るように前に出ると、能力を解放した。

 白い光を左半身に纏って刀を生み出そうとするけど、間に合わない。


 一度能力を解除してしまっていたせいで、タイムラグが生じてしまったのだ。


 死んだ。そう思い、私は首元に巻いたマフラーを握り締める。


 だがその時、天井から何かが勢いよく末期症状者の頭部に突き刺さった。


「オァッ」と末期症状者が小さな悲鳴をあげて、動きを止める。

 今度こそ息絶えたのか、真っ白に染まった末期症状者の体が塵となって消え始めた。

 高速で飛んできていた建物の破片は、私の体に当たるすんでのところで地面に落ちる。


 状況が呑み込めずに唖然としていた私の目の前に、末期症状者にトドメを刺した者が現れた。


 サイドテールで括った紫色の髪に、凛々しい目。

 誰もが目を奪われるような美貌を持つ、背の高い少女だった。


 紫髪の少女は細長い棍棒のような物を末期症状者の頭に突き刺しながら、その巨体の上に悠然と立っていた。


 一方私は、紫髪の少女が羽織っている服を見つめて、驚愕に目を見開いた。


 彼女が羽織っていたものは、疾滅統括征異団しつめつとうかつせいいだん第六部隊の隊服だった。


 どうしてその服を着ているのか、困惑する私に少女が無言で視線を寄越してくる。


 末期症状者の体が完全に消滅すると、紫髪の少女は細長い棍棒を手に携えながら、ゆっくりとこちらに迫ってきた。


 妙に威圧感のある目を向けられて、私は萎縮してしまう。


「……油断」

「……っ!?」


 突然、紫髪の少女が私の胸ぐらを掴み上げた。

 私の顔を引き寄せながら、至近距離で睨み付けてくる。


「……油断した。まだちゃんと殺しきれてなかったのに、確認もせず能力を解除して、余所見。その後の対応も遅い。判断力が無さすぎる」


 紫髪の少女は動揺する私の目から視線を落として、私が着ている第六部隊の隊服を見た。


「……そんな中途半端な戦い方しかできないなら、この服を着ている資格なんてない。今すぐ隊を抜けるべき。でないと……」


 紫髪の少女が、再び私を睨み付ける。


「早死にするよ」


 そう言って紫髪の少女は私の隊服を掴む手を離すと、踵を返して颯爽と立ち去っていった。


 脱力して、勢いよく尻餅をついた私は、呆けた顔で彼女の後ろ姿を見つめた。

 

 そして、はたと気付く。


「もしかして、人探しの相手って......」


 私はその場から立ち上がると、急いで紫髪の少女を追いかけた。

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