第3話 第四部隊

 その後も私は、ニトさんに手を引っ張られながら根掘り葉掘りと質問攻めに遭った。


 歳はいくつだとか、どうしてマフラーしてるのとか。スリーサイズはどうだとか。

 かなりセンシティブな内容まで聞かれて、気が滅入りそうになった。


 疲れ果てて逃げることを完全に諦めていた時のこと。

 突然ニトさんが足を止めて、前方を指差した。


「着いたよ。ここがウチの家」


 それは、どこか既視感のある二階建ての一軒家だった。

 黄一色に塗装された外壁を見上げて、私はぽつんと呟く。


「もしかして此処、第四部隊の基地ですか?」

「そだよー。綺麗でしょ」


 第四部隊基地の周辺はレンガのようなものでできた巨大な柵に覆われていて、正面には鉄製の門扉が備え付けられていた。

 なんだか貴族が住んでいそうなお屋敷みたいで、驚きを隠せない。


 此処本当に収容所?


 ニトさんが門扉を開け、私を第四部隊基地の敷地内へと引きずり込んでくる。

 そこで私が見たものは、たくさんの花達だった。


 基地へと続く一本道以外の全ての敷地に、何百何千と多種多様な花たちが植えられている。

 もしかしてこれが、ハルちゃんの言っていた庭園?


 そのあまりに幻想的な光景に見惚れていると、ニトさんが話しだす。


「此処の花は、第四部隊みんなで育ててるんだ。ちゃんとお手入れしないと隊長拗ねちゃうから」

「たしか第四部隊の隊長は花が好きなんですよね」

「よく知ってるね。そだよー。ウチの隊長は無類の花好きなんだ。花があればみんなの心が穏やかになれるって思っててね、だから第四地区のそこら中に花を植えて育ててるの」

「でも、収容所には太陽がないですよね。どうやって育ててるんですか」

「この花達は隊長が作った花だから特別なの。太陽がなくても育つし、絶対に散らない」


 そんなこと、ありえるんだろうか。

 いや、実際に目の前で大量の花が元気よく咲いているのだから信じるしかない。


 此処は収容所。地上の常識と違うことがあって当たり前の世界なのだ。


 考えるのやめて、咲き誇る花の庭園をぼんやりと見つめる。

 すると、その中に溶け込む人影を発見する。


 黄色い隊服を身に纏った、赤髪の女性だった。

 その女性は庭園に座り込み、専用のハサミを使って花の手入れをしている。

 こちらに背を向けているせいで、顔は見えない。


「おーい隊長! ただいまー!」


 私と同様、赤髪の女性に気づいたニトさんが、満面の笑みを浮かべながら大声を発した。

 それに反応した赤髪髪の女性が、立ち上がってこちらに振り向く。


 スレンダーな体つきに、それに合った小さな顔。

 気品のある佇まいから、童話に出てくるお姫様かと思ってしまう。


 何より目を惹かれるのは彼女の両目。黄色い瞳が花の形になっていて、目の中で回転しながら爛々と輝いていた。

 もしかしてこの目、エボルシックによる異形化の影響なのかな。


 花の目を持つ女性は私達の姿を見て気さくに微笑むと、穏やかな足取りでこちらに近付いてきた。


「おかえりなさいニト。そちらのお客様は?」

「ウチが拾ってきた! 超可愛いでしょ?」

「拾ってきた……? はぁ……そうやって可愛い子を見つけたらすぐ手を出すのはやめなさいと前にも言ったでしょう。忘れたのですか?」

「わ、忘れてないよ? でも」

「でも?」


 赤髪の女性がニトさんに圧のある笑顔を向ける。

 するとニトさんは頭に生えた猫耳をぺたんと下ろし、私の後ろに隠れて縮こまってしまった。


「ご、ごめんなさい隊長」

「謝る相手が違いますよ、ニト。私の部下がご迷惑をお掛けしました」


 私に対して頭を下げる赤髪の女性。それに続いて、ニトさんまでも頭を下げだす。


「ニトに何かされませんでしたか? 口付けされたり、服を脱がされたり、胸を揉まれたり」

「そこまでは……ってちょっと待ってください。この人普段そんなことしてるんですか?」


 後ろに隠れているニトさんを見やる。ニトさんは動揺しているのか、「にゃはは」と苦笑いを浮かべながら目を泳がせていた。


 ……うわぁ、完全に痴女じゃん。


「この子はアナタのように可愛い方を見つけると、すぐ発情してしまうんです。しつけてはいるんですが、中々直らなくて」

「躾けって……」

「きょ、今日は我慢したもん! それに、この子を連れてきたのは私情だけじゃないんだよ? ほら、服装見て!」


 ニトさんが私の体を押して、赤髪の女性と向き合わせてくる。

 赤髪の女性は至近距離で私の身なりを一瞥すると、カクンと小さな首を傾けだした。


「その隊服、第六部隊のものですよね。もしかして貴方が、第六部隊に新しく入隊された方ですか?」


 私が頷くと、赤髪の女性は花の目を輝かせて朗らかな笑みを浮かべだした。


「やっぱりそうなんですね。まあ、嬉しい! 私、ずっとアナタに会いたかったんです!」

「え、どうして?」

「以前、収容所中を舞っていた白い光と花達は、アナタの能力で生み出されたものと聞いています。あの時に咲いていた花は、とても綺麗でした」

「ああ、あの時の……」


 赤髪の女性が言っているのは、恐らく私がハルちゃんを手にかけた時のことだろう。

 そういえばあの時は、第四地区付近で戦っていたっけ。


「花がお好きなんですか?」

「いや私は……ただ、妹が見たいって言ってて。だから絶対に見せたいと思って、がむしゃらに……」


 言葉に詰まる私を見て何かを察したのか、赤髪の女性は少し悲しげに眉を下げた。

 その後、すぐに朗らかな笑みを浮かべ直す。


「妹さんのこと、愛してらっしゃるんですね」

「はい。世界一愛してます」

「なるほど。あの花たちは、アナタの妹さんへの愛が詰まったものだったんですね。だからあんなに、綺麗だったんでしょう。素敵です」


 私の手を取り、感嘆の声をあげる赤髪の女性。

 彼女の言葉に胸を打たれた私は、つい涙腺が緩んでしまう。

 何この人、めっちゃ良い人じゃん。


「そういえば、自己紹介がまだでしたね。私、疾滅統括征異団しつめつとうかつせいいだん第四部隊隊長を務めています、花枝はなえだシノと申します」

「柊木ミルカです」

「ミルカさん、ですね。あの、いきなりで申し訳ないのですが、私とお友達になってくれませんか?」


 シノ隊長が上目遣いになりながら、私に顔を近付けてくる。


「私、花が大好きなんです。花の話なら一日中お話しができるくらい。ですからぜひ、貴方と花のお話しがしたいです」

「え、でも私全然花に詳しくないですよ」

「これから花を知って、好きになってもらえればそれで構いません。勿論、アナタのこともよく知りたいですし、私のこともよく知っていただけると嬉しいです」

「あー! 隊長が口説いてる! 駄目だよ隊長! ミルカはウチのものだよ! そんで隊長もウチのもの!」


 ニトさんが頰を膨らませながら、私とシノ隊長の間に入り込んでくる。

 私、いつの間にこの人のものになったんだろう……?


「というかウチの話がまだ終わってないよ! ほら隊長、ミルカは第六部隊でしょ! この前言ってたじゃんに花を渡したいって。この子に預かってもらいなよ!」

「なるほど、そういうことでしたか。私のためにありがとう、ニト」

「うへへ、もっと褒めてー」

「はいはい。ですがそれだけの理由で無理に人を連れてきてはいけませんよ。次からは絶対にしないように」

「はーい」


 困り顔を浮かべて、シノ隊長がニトさんの頭を撫でる。

 ニトさんはとろけた表情を浮かべながら、嬉しそうに体をくねらせていた。


 一方、話についていけなかった私は、首を傾げ固まっていた。

 シズクって誰? 預かるってなんで?


「ミルカさん、良かったら基地までついて来てくれませんか?」


 シノ隊長にそう言われて、私は訳が分からないまま同意してしまった。

 ニトさんの頭を撫で続けるシノ隊長に連れられて、第四部隊基地の中へお邪魔する。


 外観と違って、基地の中は第六部隊のものとさほど変わらなかった。

 まあ建物の構造は同じなのだから当たり前か。


「第四部隊って他にもいるんですか?」

「ニト以外にもあと四人所属しています。今はみなさん仕事でいませんが」


 ということは、第四部隊は六人構成か。第六部隊より一人多い。


「できればミルカさんにみなさんのことも紹介したかったのですが、仕方ありません。今回は私達だけでおもてなしさせていただきます」

「あ、そのことなんですけど……実は私やらなきゃいけないことがあって。そのために第四地区に来たんです。だからそんなに長居はしていられないといいますか」

「まあ、そうだったんですね。どのような用事でしょうか? 私に手伝えることであればなんでもおっしゃってください」

「あー、いやそれは大丈夫です」


なにせ私自身、用事の内容をよく理解していないのだ。

 そんなことを出会ったばかりの相手に手伝わせるのは申し訳ない。


 私がやんわりと断ると、シノ隊長は残念そうに肩を落とした。


「すみません、用があるとは知らずに引き留めてしまって。ご迷惑でしたよね?」

「言い出せなかった私が悪いんで、気にしないでください。それよりも、何か私に頼みたいことがあるんですよね? それを聞いたら帰りますから」

「いいんですか?」

「私にできることであれば。無理難題なことなら流石に断らせてもらいますけど」

「……では、すみません。お言葉に甘えさせていただきます」


 シノ隊長はそう言うと、リビングの奥へとむかった。

 それから何分か経って、小さな花瓶に入った花を両手に持って戻ってくる。


「これを、シズクさんに渡してもらえないでしょうか。この花はアスターと言って、シズクさんのお気に入りでして」


 シノ隊長が、私の目の前に花を差し出してくる。

 だけど私は、それをすぐに受け取ろうとはしなかった。


「……あの、さっきから思ってたんですけど、シズクさんって誰のことですか?」


尋ねると、シノ隊長とニトさんはお互いに顔を見合わせて、目を瞬かせた。


「もしかしてミルカさんは、まだシズクさんに会えてないんですか?」

「その人に会ったこともないですし、名前も今初めて聞きました」

「そう、なんですね。最近見かけませんから、てっきりもうそちらに帰られたのかと思っていたのですが……」

「えっとつまり、シズクさん? っていう人にその花を渡してほしいんですよね? だったらすみません、私その人のこと全然知らないので力になれそうにないと思います」

「いえ、そんなことはないはずです。少なくとも私が持っているよりかは、ミルカさんに預かっていただく方が渡せる可能性は高いかと」

「え、でも会ったことないんですよ? 私」

「大丈夫です。きっとすぐに会えると思いますよ。勿論、無理に預かっていただく必要はありませんので、断っていただいても構いません」


 悩んだ末、私はシノ隊長の頼み事を了承することにした。

 だけどシズクさんという人に花を渡す保証はせず、あくまで預かるだけという形でだ。


 私の了承に、シノ隊長はとても喜んでくれた。


「一つはミルカさんの分です。今日出会えた記念に受け取っていただけると嬉しいです」


 そう言ってシノ隊長から差し出された二つの花瓶を、私はおずおずと受け取る。


「この花は私の“能力”から生み出したものなので、私が生きている限り絶対に散ることはありません。安心して、お部屋のどこかに飾ってください」

「ありがとうございます」


 私はシノ隊長にお辞儀すると、花瓶を持って第四部隊基地を出た。

 庭園を歩き、門扉をくぐり抜ける。


 その際に一旦立ち止まり、いつの間にか私の身体に纏わり付いていたニトさんをジト目で睨んだ。


「あの、もしかしてついてくる気ですか?」

「ん、そうだけど? 言ったじゃん、後でウチが手伝ってあげるって」

「えぇ……」


 正直、ありがた迷惑であった。

 この痴女さんといると、ナニをされるか分かったものじゃないからだ。


「こらニト。これ以上ミルカさんに迷惑をかけてはいけませんよ」


 シノ隊長がニトさんの首根っこを掴み、私の体から引き剥がした。

 扱い方が完全に猫である。


「それではミルカさん、またお会いしましょう。その時こそは、たくさん花のお話をしましょうね」

「うぅ……。またねミルカ」


 名残惜しそうなニトさんと満面の笑みのシノ隊長に見送られながら、私はその場を去る。


「……そういえば、他の部隊の人と出会ったのこれが初めてかも」


 とそんなことを考えながら、アテのない人探しを再開した。

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