第4話 神様登場
「で! 何でその姿なの?」
私は広げられた焼き菓子を頬張りながら、本題に戻した。
「ああ、父さん、一回死んだだろ? そのあと魂みたいな状態になってさ。目の前に神様がいたんだ」
お父さんは、さっきまでの砕けた雰囲気から一転して、真剣な顔で話し始める。
「いきなりスケールでかい話きたね……でも、ここに私がいる時点で、もう何でもアリな気がしてきた」
「で、その神様に聞かれたんだよ」
――場面は、お父さんの回想。
神様は、元の姿のお父さんの両耳にそっと手を添えながら、穏やかな声で言った。
『どうせなら、君の思う“カッコいい姿”で転生しよう。さあ、その顔を思い浮かべて』
・・・
「それで父さん、咄嗟に思い浮かんだイケメンが、みなもの部屋のあのポスターのキャラしかなくてね……それがそのまま反映されちゃったわけ」
「よりによって、私の推しなんだよなぁ……」
「まあ、もう慣れたけどね。その時についでに“神の加護”も授かって――あ!」
お父さんは紅茶のカップをソーサーにカチャンと戻し、そのまま勢いよく立ち上がった。
「ど、どうしたの?」
「神の加護! みなもにも受けさせないと、三日以内に死んじゃう。こっちに来たらすぐ神様のところへ連れて来いって言われてたんだ!」
「ちょっと! そんな大事なこと忘れないで!? お菓子食べてる場合じゃないでしょ!」
文句を言いつつも、出された焼き菓子はちゃっかり全部口に放り込んだ。
だってこのクッキー、本気で美味しいんだもん。
「そうだね……少し下がって。開くから」
「開くって何が?」
お父さんはそう言うと、何もない空間を指でなぞった。
次の瞬間、空間がザクリと裂けるように開いた。
「さあ、入って!」
「なにこれ……こわっ!」
お父さんが先にその裂け目へ入り、私は手を引かれるまま後を追う。
――シュゥゥ……
一瞬、世界が全面銀色に染まり、その奥から別の景色がものすごい速さで近づいてくる。
この時点でもう酔いそうになったので、私は思わず目をつぶった。
・・・
・・
・
「着いたよ。神の間だ!」
恐る恐る目を開けると、そこは別世界だった。
中央には大きな銀色の噴水。
床一面は眩しいほど真っ白で、壁らしいものはない。
ただただ白い空間が果てしなく続いている。
「うわぁ……すっごい綺麗な場所……」
思わず床の端の方へ歩いていきそうになったところで、お父さんに肩を掴まれた。
「あまり端には行かないで。見た目通り、本当に壁がないんだ。万が一落ちたら、もう二度とこちらには戻れない」
「え、それ普通に怖いんだけど……!」
私は慌ててお父さんのそばへ戻る。
「こっちに“神の間”がある。足元、ちゃんと見て歩くんだよ」
お父さんの指さす先には、宙に浮いたまま固定されている階段があり、その上には大きな真っ白の門扉が構えていた。
「行くよ」
「あ、ちょっと待って! 心の準備が……」
“今から神様に会いに行く”と思うと、さすがに緊張してくる。
「大丈夫。神様は、いい人だよ。神様がいなかったら、父さんはここまで来られなかった。みなもを呼ぶことだって出来なかった」
お父さんは私の肩をぽん、と叩きながら笑う。
「そ、そうなんだ……!」
そんな会話をしながら階段をのぼり、門扉の前へと辿り着いた。
「よし、入るよ」
――キィィ……
お父さんがそう言った瞬間、触れてもいないのに門扉がゆっくりと開き始めた。
その向こうから、誰かがこちらへ走ってくる。
「シンセ! 会いたかったよ!」
扉が開ききったと同時に、ツンツンヘアーで綺麗な銀髪の青年が、お父さんに飛びついた。
(なにこの人……イケメン……!)
「ちょ、神様! この前会ったばかりでしょう」
お父さんは驚いたように言いながらも、青年をそっと降ろす。
どうやら、この人が“神様”らしい。
「え、この人が神様!?」
思っていた“神様像”からあまりにもかけ離れていて、つい声が出た。
見た目は、お父さん(変身後)と同い年くらい。
パッと見は、大学生の男友達同士って感じだ。
それにしても……この銀髪の綺麗さ。
私の中の「神様=髪が長くてローブ」みたいなイメージは、派手に砕け散った。
「そう。この方が“神のアラキファ様”だ」
お父さんは、まるで友達を紹介するかのように、さらっと言う。
紹介されたアラキファ様は、むっと頬をふくらませ、お父さんの顔にぐっと近づいた。
「シンセ! “様”はいらないって言ってるだろ?」
……なんか彼女みたいな言い方なんだけど。
お父さんは少し身を引いて、両手を前に突き出した。
「いや、でも……神様を呼び捨てはさすがに……」
「いいんだって! シンセは特別なんだよ!」
アラキファ様は大声でそう言い、腕を組んで不満げな表情を見せる。
「むしろ、“様”なんてまた付けたら、神の加護の話は――」
「いや、それは困る!」
お父さんは慌ててアラキファ様に詰め寄った。
「わかったよ、アラキファ。慣れないけど……頑張るよ」
「分かればいいんだよ、シンセ!」
アラキファ様は一転して嬉しそうな笑顔になり、お父さんと肩を組んだ。
(あぁ〜……目の保養……)
しかし、その直後に我に返る。
(いや待て。あれ、お父さんと神様なんだよな……?)
なんとも言えない感情が胸に広がった。
・・・
――神の加護とは。
この世界へ“外から”やってきた者が、生きていくために必須の加護。
それを受けないと、こちらの世界では三日と保たずに死んでしまうらしい。
加護を受けると、身体の組織がこの世界用に完全に作り変えられる。
その影響で、基本的には元の世界に戻ることはできなくなる。
本来はただの“変換処理”なのだが……
神様の采配次第で、一つだけ“チート能力”のようなものを付与してもらえる――らしい。
「じゃあ、その紙に欲しい能力を一つ書いてね」
七夕の短冊みたいな紙と羽ペンを渡される。
私の中で欲しい能力は、もう決まっていた。
迷うことなく、さらさらと書き込む。
「はい、書いた! そういえば、お父さんは何をお願いしたの?」
そうだ。お父さんも最初にここへ来た時、同じように能力をもらったはずだ。
「父さんは……“人を護る力が欲しい”って頼んだよ。護っても自分だけ死なないように、ってね」
お父さんは少しだけ表情を曇らせ、拳をぎゅっと握りしめた。
「そう! それで僕は授けたんだ。“勇者”の能力を! 素晴らしい澄んだ心の持ち主。たった一つしかないこの力は、シンセにこそ相応しいと思ったんだ」
アラキファ様が、どや顔で割り込んでくる。
その表情は、尊敬と誇らしさが入り混じったものだった。
「あはは。大袈裟だよ」
「お父さん……」
私を庇って死んだことを、きっと今も悔いているのだろう。
“勇者の能力”なんて想像もつかないけれど、すごい力なんだろうな――お父さん、やっぱりすごい。
「でもね。能力をもらっても、ちゃんと開花できるかは自分次第なんだ。無茶な願いはやめておきなさい。父さんもかなり苦労したからね」
「う、うん……」
(今からでも書き直したほうがいいかな……)
そう考え始めたところで――
「じゃあ、預かるね」
「あっ……!」
アラキファ様に、紙をさっと取られてしまった。
「なになに……“イケメンからちやほやされて、モテモテになりたい”」
アラキファ様は淡々と読み上げた。
顔は……完全な無表情。
「ちょっ!! 読み上げないでぇぇーー!!」
私は反射的に顔を覆った。
こんなことなら、お父さんの能力なんて聞かなきゃよかった!
「あはは。みなもらしいなぁ」
お父さんは、楽しそうに笑っている。
(でも、これが私の本音なんだからしょうがない!)
異世界に来てまで、自分に嘘ついてどうするの。
多少図々しいくらいがちょうどいいはず!
でも――この願い、却下とか……あるのかな。
不安になって、そっとアラキファ様の顔を伺う。
「……ふむ。完全に意向に沿えるかは分からないけど」
アラキファ様は無表情のままそう言った。
さっきまで喜怒哀楽が激しかった人とは思えない落ち着きようだ。
「本当!? やった!」
「じゃあシンセ、儀式を始めるから、噴水のあたりで待っててねっ!」
アラキファ様はくるりと表情を変え、さっきまでの無邪気な神様モードに戻る。
「分かったよ、アラキファ。じゃあみなも、頑張るんだよ」
「うん!」
お父さんは門の外へと戻っていった。
その背中を見送って、再びアラキファ様の方へ顔を向けると――
さっきまでとは別人みたいな、不機嫌そうな表情になっていた。
「あの……アラキファ?」
恐る恐る声をかける。
「何を呼び捨てにしている。アラキファ様と呼べ、メス豚が」
「!?」
あまりにも冷たい声に、一瞬、意味が理解できなかった。
でも、どう聞いても悪口だよね今の。
とにかく、“様をつけろ”という部分だけは理解できたので、改めて口を開く。
「あの、すみません。アラキファ様」
アラキファ様は私の方を見もせず、私の書いた紙をじっと見つめている。
「気安く僕の名を呼ぶな。頭が高いぞ」
(えぇぇ……)
「くそ……こいつがいるせいでシンセは……」
ぎゅっと紙を握りしめ、何かぶつぶつ言っている。
(さっきまでの神様とキャラ違いすぎない!? 別人格とかじゃないよね!?)
「あ、あの……アラキファ様。加護をお願いしたいのですが……」
このままでは私、普通に死ぬ。
怖くても頼むしかない。
「断る。さっさと視界から消えろ」
アラキファ様は、私の紙をポイッと捨てた。
「そんな!? 加護がないと、私、本当に死んじゃうのに!」
私は慌てて紙を拾う。破れてはいないが、しわくちゃだ。
「シンセ以外が死のうと知ったことか。むしろ貴様が消えれば……フフフ」
不気味な笑みまで浮かべるアラキファ様。
(勝手すぎるにも程があるでしょ!!)
「さっきまで、“いいよ”って言ってたじゃん!」
思わず声を張り上げると、アラキファ様は冷ややかな視線を向けてきた。
「気が変わった。僕にメリットがなさすぎる。貴様の心は、見たことがないほど煩悩まみれだ……真っ直ぐで澄んだシンセの心を見習ってほしいね」
(いや、恋する乙女の煩悩くらい許してよ!!)
とはさすがに言えない。
でも、このまま言われっぱなしも腹が立つ。
……メリット、か。
「メリット……あるよ」
「は? これ以上僕を苛立たせたいのか?」
アラキファ様はあからさまにイラついた顔をしている。
「お父さんのこと、色々知ってるよ? 一番好きな食べ物とかさ」
そう言った瞬間、アラキファ様の表情がぴたりと変わった。
――ガタッ!
「何だと……?」
(近い近い近い!! 食いつき方えぐい!!)
「ちゃんと神の加護をしてくれたら、色々教えてあげる。好きな色とか、好きなタイプとか、なんでも」
そう言うと、アラキファ様の顔が、さらにぐいっと近づいてきた。
さっきまでの冷たい目ではなく、真剣そのものの目だ。
「……なんでも?」
「う……うん」
近い。顔が良い。心臓に悪い。
でも――どうやら勝負には勝ったっぽい。
「おい、こっちへ来い」
「え? うん……」
アラキファ様に言われるまま、私はその後ろをついていった。
次の更新予定
父が死んだと思ったら異世界で勇者になってたので、引っ越して一緒に暮らすことになりました。 鳩夜(HATOYA) @TOYA_notte
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