捨て猫を拾ったら、なぜか高嶺の花が通い妻になりました。

ROM

第1話 雨の日の出会い

 その日は朝から雨だった。


 鈍色にびいろの空から絶え間なく雨粒が降り注ぎ、傘をバチバチと強く叩く。五月にしては肌寒さを感じる風が、頬を撫でながら吹き抜けた。


「……だる」


 今日一日だけで何度呟いたかわからない愚痴がこぼれる。


 放課後だというのに、解放感よりも不快感の方がまさって仕方がない。今の天気のように陰鬱な気分で家路を歩く俺の横を、カラフルな長靴を履いた小学生たちが楽しそうに駆け抜けていった。


 まったく、無邪気でうらやましい限りだ。俺もあんな風になれれば、この雨すら楽しむことができるだろうか……まぁ、高校に入って一年と少しの十六歳男子にアレは無理だけど。主に絵面が。


 とはいえ、あと五分も歩けば我が家に着くし、無理に雨を楽しむ必要もない。さっさと帰って、読みかけの本でも読んでしまおう。俺は少しだけ歩く足を速め――


「――ん?」


 視界の隅に、違和感を感じて立ち止まる。そこにあるのは、うちからほど近くそこそこ広い公園。


 普段なら近所の子どもやママ友たちが集まって賑々にぎにぎしい場所だが、こんな天気なのでほとんど人気ひとけがない。そう、


「あれって……」


 名前は知らないが、滑り台やジャングルジムなど様々な遊具が一つになった大きな遊具。雨宿りをするにはちょうど良さげなその場所に、鮮やかな赤の傘が立てかけてある。そして、その隣にしゃがみこむ一人の少女。


 一応はクラスメイトなので、知っている人物ではある。だが、知人と呼べるかは微妙なところだ。なにせ、まともに会話をした記憶が……というか、向こうが俺を認識しているかどうかも怪しい。


 なので、わざわざ声をかける必要は全くない。ただの通りすがりとして、真っ直ぐ帰宅するのが正解だ。


「……はぁ」


 だというのに、俺の足は彼女のいる方へと向かう。遊具の側まで来たところで、ようやく彼女の視線が俺をとらえた。雨の音で足音に気付かなかったのだろう、目を見開いて驚きの表情を浮かべている。


 俺は彼女を落ち着かせるように、ゆっくりと話しかけ――


「あ、あの……!」


 ……緊張で声がうわずった。


          ◇


 彼女――佐柳月さなぎるなは、学校一の美少女だ。


 クールビューティーという言葉がピッタリな涼やかな美貌。絹のような長い黒髪に、細すぎないスラッとした体型。それでいて文武両道、品行方正。おまけに良いところのお嬢様だという噂まである。

 

 そんな高性能ハイスペックを超えて最高性能ハイエンドな彼女だ。当たり前だが、めちゃくちゃモテる。校内のみならず、他校も含めた男子どもから告白されまくっているらしい。


 ……とはいえ、結果は死屍累々。玉砕覚悟のフツメンから自信満々のイケメンに至るまで、全員漏れなく例外なくバッサリ斬り捨てられているようだ。難攻不落の佐柳さんを射止めるなら財閥の御曹司とかじゃないと無理かも、と話していたのは近くの席の女子グループだったか。


 ゆえに――高嶺の花。


 少なくとも、独りで本ばかり読んでいる俺とは違う世界の人間だ。佐柳さんが物語の主人公ヒロインだとすれば、俺はさしずめモブF。モブの中でもさらに空気で、背景と同化してフェードアウトしていく存在でしかないのだろう。


「…………」

「…………」


 だから今、警戒心バリバリの目で見られているのも仕方がないことだ。仕方がないとは思うけど、精神的にクるので手加減して欲しい。


「……何か御用ですか」


 視線と同じく、いや、それ以上にとげとげしい口調で問いかけられる。俺の絹豆腐並みのメンタルが粉微塵こなみじんになりかけたが、ギリギリ耐えた。


「あの、俺は怪しい者じゃ……いや、違っ、あ、違わないんだけど」


 やばい、自分でもわかるくらいに超怪しい。佐柳さんの目もますます細められてるし。美人から睨まれると圧がすごい。


「確か同じクラスの夏目さん、ですよね」

「え? あ、そう、そうです。同じクラスの夏目です。……俺のこと、知ってたんですね」

「一応、クラスメイトですから。話したことはないと思いますけど」

「あ、はい。ですね」


 俺のことを認識していたのは驚きだったが、クラスメイトと知ってなお警戒心が解ける様子はない。むしろトゲが増してきている感まである。


 まぁクラスメイトとはいえ、話したこともない男がいきなり話しかけてくればこうなるか。同じクラスどころか、他校の知らない男子生徒からも言い寄られたりしてるわけだし。


 ……あれ、俺もそのカテゴリーとして認識されてる? 俺は身のほど知らず系のモブ男子ではないぞ。


「……何か用があって話しかけてきたんじゃないんですか?」


 しまった! 考えごとをしている間に、明らかに不機嫌になっている!


「えっと、いや、その……」


 緊張やら焦りやらで、しどろもどろになってしまう。コミュニケーション能力ゼロのぼっちが、柄にもないことをするんじゃなかった。


 別に親しくなろうとか、下心があって話しかけたわけじゃないんだ。端的に最低限で用件を済ませてしまおう。


「……それ」

「え?」


 佐柳さんのスレンダーな体躯に反して、豊かな胸元に向けて指をさす。……決してセクハラをしているわけではなく、彼女が胸元に抱いているものに対してだ。


 そこに挟まれるようにして身を震わせているのは――


「みー」


 一匹の子猫だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

捨て猫を拾ったら、なぜか高嶺の花が通い妻になりました。 ROM @dotROM

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画