第3話
そんなお茶会という名の女子会から、時間は進む。
あれからいろいろありました。
卒業されるレッドキャップ・バノック先輩から告白されてお断りしたり。
「愛人は無理でーす!」
ネッシー嬢とリトルグレイくんが、ついにお付き合いをしだしたり。おめでとう!
クラス替えで同じ組になった、モスマン・グレービー伯爵令息とトランコ・プレッツェル伯爵令息と仲良くなったり。
もちろん、婚約者のいる淑女として適切な距離を保った友人関係ですことよ。
モフォンゴ侯爵令息からの贈り物が、10対0で赤になったり。
100%赤っ!
とまあ、いろいろあったけれど今宵は王宮での夜会です。
格式高い王宮の夜会には年齢制限があるので、今日が初参加です。
ドキドキワクワクしています。
婚約者のモフォンゴ侯爵令息にエスコートされて会場に入り、緊張しながら陛下のお言葉を聞き、歓談の時間になりました。
見知った顔の一団で会場の隅に固まっちゃうのは仕方ないね。初めての王宮の夜会に圧倒されちゃったからね。緊張してるし。仕方ない、仕方ない。
「エッティのドレス、すごく素敵ね」
ピンク色のふんわりとしたドレスは、エッティの婚約者の髪色の金糸で刺繍されて甘さと可愛らしさの中にエレガントが光っている。おっとり癒し系のエッティによく似合っている。胸に輝くジュエリーは婚約者さんの瞳の色。私の褒め言葉に、エッティは花がほころぶように微笑んだ。
「ルーのドレスも素敵! ルーの雰囲気にピッタリ!」
ルーのドレスは、ブルー系。もちろん婚約者さんの瞳の色。ドレスの刺繍は銀糸、婚約者さんの髪の色。ジュエリーは、これまた婚約者さんの髪色からダイヤモンドがキラキラと輝いている。大人っぽいルーに、よく似合っている。さすが!
私の褒め言葉に照れたルーは、あわや飲み物をこぼすところでした。こんなところでドジっ娘を発動するなんて。おいしいわ。かわいいわ。
さて、親友2人の装いにほっこりした私のいで立ちですが……、真っ赤です。
ええ、ええ、全身真っ赤ですよ。
ドレス、赤。一応、婚約者の髪色の銀糸の刺繍が入っているけど赤。
ジュエリー、赤。婚約者からの今宵のための贈り物のドゥミ・パリュール。ネックレスとピアスと髪飾り。すべて赤い宝石。
まあ、似合ってるんだけどね。悔しいけど赤い色、似あっちゃうのよね。
でもまあ、婚約者から贈られたとはいえ婚約者のとは違う色を全身に纏っていると、ヒソヒソされたりこんな風に絡まれたりするのよね。というのが今ここ。
レッドキャップ先輩に絶賛絡まれ中。レッドキャップ先輩の婚約者さんに激睨まれ中。般若よりも怖い鬼の形相です。美人が睨むと怖さ倍増だね。
「レッドキャップ・バノック先輩、お久しぶりです。どうやら、お酒を召し上がりすぎているようですね。その件につきましては、はっきりお断り申し上げたはずです」
務めて冷静に対応しようとするけど、レッドキャップ先輩はだいぶ酔っているようで「愛人」「おもしれー女」「愛人」「俺のものになれ」などを繰り返すばかり。お隣のレッドキャップ先輩の婚約者さんの顔がヤバイくらいに歪んでいく。
モスマン・グレービー伯爵令息とトランコ・プレッツェル伯爵令息が、私たち女性陣をかばおうとしてくれているけれどうまくいかない。
なにせここは王宮の夜会。身分差が物を言う。
レッドキャップ先輩は、今はあんな醜態をさらしているけれど侯爵令息ですからね。こんな時に、同じ身分のモフォンゴ侯爵令息が席を外しているというタイミングの悪さ。
一触即発。レッドキャップ先輩の手が伸びてくる。もう無理。絶体絶命! と思った瞬間。
少し離れた場所にモフォンゴ侯爵令息の姿が目に入った。
「チュパカブラ、たすけて」
私の言葉が聞こえたわけではないでしょう。こちらの異常事態に気づいたのか、彼は目を見開いてすぐさま人の波を縫うように素早くこちらに移動してきました。
そして、テーブルに飾られていた白い百合の花を手に取ると、後ろからレッドキャップ先輩の髪に挿して耳元で何事かをささやきました。
とたんに、レッドキャップ先輩は膝から頽れて力をなくしたようです。まるで、糸の切れた操り人形です。
レッドキャップ先輩の隣にいた婚約者さんは、先輩の醜態に呆れたのか姿を消していました。
こちらで起きていた小さな揉め事に気づいた周囲の騒ぎが大きくなってきました。
モフォンゴ侯爵令息の指示で、私たちは会場のさらに隅に移動します。
力が抜けて立てないレッドキャップ先輩は、モスマン・グレービー伯爵令息とトランコ・プレッツェル伯爵令息が肩を貸して支えています。
どうにか会場の隅っこに移動して、レッドキャップ先輩を椅子に座らせ水を飲ませたら先輩は正気に戻りました。
先輩は平謝りで私たちに謝罪してくれたので許します。寛容も淑女のたしなみ、なんちゃって。先輩が本気じゃなかったことは、知っているのでね。学生時代のじゃれあいの再現に、お酒が悪い影響を及ぼしたのでしょう。たぶん。
それより、さっきからモフォンゴ侯爵令息が私をすごく心配してくれるのです。モフォンゴ侯爵令息のせいじゃないのに、「離れていてごめんね」「危険な目に遭わせてしまって不甲斐ない」「どこにも怪我はない?」「もう離れないからね」などと怒涛の勢いで気遣ってくれます。過保護です。
「名前、呼んでくれて嬉しかった。もう一度、呼んで」
聞こえてたのーーー!!
顔面国宝の美の暴力が、至近距離で手を握りながら微笑むものだから、私は、私は
「チュ、パ……カブ、……ラ」
がんばった。がんばったよ。吹き出さずに言えたよ。
人間、笑いよりも照れがうわまわるとできるものだね。
その後、どうしたって?
満面の笑みのチュパカブラに抱きしめられました。
私の顔は、ドレスと同じくらい真っ赤になっていることでしょう。
エッティとルー、それに他の人たちの生温い視線が気恥ずかしい。
正直、この婚約がこれからどうなるかはわからない。
それでも今は、名前を呼んだだけでこんなに喜んでくれる彼の気持ちを信じたい。
赤みを増していく頬を隠すように、私はチュパカブラの胸に顔をうずめた。
◇◇◇
王宮の夜会会場の隅にひっそりと飾られている真実を映す鏡。
そこには異様な一団が映っていた。
ピンクのドレスを着た白い毛むくじゃら。
青いドレスを着た黒い毛むくじゃらには、狼のような耳が生えていた。
巨大な蛾。象のような長い鼻を持つ白い毛むくじゃら。
椅子に座った醜い妖精の紅い帽子には白い百合の花が飾られている。
真っ赤なドレスを着た黒髪の不気味な女。
その女を抱きしめている不気味な生物。
背中にトゲ状の突起が並んだ灰色から深緑色の皮膚。
真っ赤な瞳が鏡を見て、嬉しそうに目を細めた。
婚約者の名前がおかしくて瀕死 @159roman
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