そして俺たちは勇者セレナの一行になった1

 ナンゼイジ教授が帰ってから、俺は工房に行って、しばらくジョフスには戻れないかもしれないことを告げ(母さんはぶーぶー言っていた)、そのままムヴェロンタムでリトルガーデンの宿屋に飛んだ。


「ポルカ、ルーサ、覚悟は決まってるか?」と俺はあらためて尋ねた。

「決まっている」とポルカはズルいくらい潔く答えたが、ルーサはさすがにそれほど潔くはなかった。

「なにか事情があるんだろうな?」

「とある情報が入った。数日内に魔王軍は南方諸家に侵攻する」

「はあ!? いきなりだな」

「のんびり調査派遣という段じゃなくなった。南方諸家のどこが落ちるのかはわからないが、攻められたところはほぼまちがいなく落ちると思う」

「魔王軍の戦力もわからないのにか?」

「たぶん。そもそも領土のひとつふたつは、俺でも落とせる」

「怖いこと言うなよ。おまえが魔王でした、ってオチはやめてくれよ?」

「それならいま魔法でリトルガーデン落としてるよ」

「たしかに」

「構わない。どのみち戦う気でいる」とポルカはどこまでもカッコいい。


 これは惚れてしまう。


「ポルカ、ハーディーンには戻るか?」

「俺はいい。今回の全権はすでにある」

「カルサーはどうなの?」と俺はルーサに尋ねる。

「俺の立場はセレナはもちろん、ポルカよりもだいぶ低いからな。カルサー本家にはどうこう言える立場にない。ルーサ家ですら親父が現役だから俺に全権はないしな」

「じゃあ、カルサー経由してから南下するか」

「ここから3日はかかるぞ。数日がどのくらいかはわからんが、その時間はあるのか?」

「出発は急ぎたい。でも援助はもらえるだけもらいたい」と俺は包み隠さぬ本音を言った。

「正直すぎる」

「ハーディーン経由なら、多少は援助も期待できるだろう」とポルカが言った。「リトルガーデンで援助は受けられるかは知らないが」

「厳しい感じなの?」

「どうだろうな。セレナがちゃんとできれば、路銀くらいはくれると思うが」とルーサは答えたが、規模は路銀程度と言っているに等しい。

「もうちょっと合同プロジェクトでどかーんってイメージしてたんだけど」と俺は不満を述べる。

「まあ、俺はそのつもりだったよ。調査にしてはまあまあの額を支援してもらう気だった。1、2ヶ月くらいで」

「その時間はないんだよなあ……」

「では行くしかないだろう」とポルカはやはりカッコよく締める。

「とりあえず、ワガママなお嬢さまを説得するか」と俺は仕方なく言った。


 気乗りのしない話ではあった。

 たぶんあいつまだ臭いし。

 

「俺たちもついていけるか?」

「それがいいと俺も思うんだけどさ、リスクが上がるのだけ懸念かな。ムヴェロンタムの悪いところでもあるんだけど、とっさの対応できないんだよね。緊急避難できるのは俺だけ。仲間もいっしょに転送自体はさせられるんだけどね、どうしても瞬間的判断にはラグがある」

「不測の事態でも逃げられるだろうけど、俺らがいたことはバレる?」

「そうだね、それが懸念。3人いたらだれかはほぼ見つかると思う。というか、たぶん視認は全員される。俺ひとりならだれか来ても瞬間的に逃げられると思う」

「じゃあ、1回、バベルバだけで行くか。まだ時間はあるんだよな?」

「べつに今日はセレナが起きてさえいれば何時でもいいわけだからね」

「わかった。ムヴェロンタム自体の魔力消費は問題ないんだよな?」

「昨日はアナライゾンタム使いつつ、やって500いってないくらいかな。今日は牢屋の場所はわかってるからね。ムヴェロンタム1回で行けるし、問題ないよ」

「……なあ、素朴な疑問だが、それって回復しきってるもんなのか? 500って軽く言うけど、1日に回復する魔力量だと破格に思えるが」

「俺の知る限りってことにはなるけど、半分が上限みたいなんだよね。だから1万ちょっと回復してるよ、毎日」

「じゃあまあ、任せる」とルーサは苦笑いした。


 即、牢に飛んだ。

 1回場所を把握しているので、ずいぶん昨日よりは楽だ。

 アナライゾンタムをいちおう牢の外から唱えておくべきだったかとは思ったが、まあ最悪すぐに逃げればいい。


 そして、牢の中で口をあけてぐうぐうと寝ているセレナを見て、俺がいちばん真面目なんじゃないかという実感に至る。

 こいつのために魔力使うのもったいなくね?

 

「おい、起きろ」と俺はばっちいものに触れるように(ようにというかばっちいモノだが)指先だけセレナにふれる。「セレナ。もう時間がない」

「んほォ?」とお姉さんにあるまじき声を出して、突っつかれたセレナは起きる。「おはよう」

「昼過ぎてるけどな」

「毎日……すま……」

「寝るな」

「寝起き悪いんだよう……。……あー……なにか変わったことあった?」

「こっちのセリフだ。風呂にも入れてないってことは、謝ってないな?」

「だってやっぱり話聞いてくれないんだもん」

「もうあきらめろ。多少は納得してなくても従え。大義のために」

「ぐううううううううううううううううううううううう」とセレナはうなっている。


 たぶんこいつにとっては反省するいわれがないことを反省したフリをするということが受け入れがたいのだろう。

 理解自体はできる。

 やってる場合じゃないだろ、というのはもちろん正論だが。


「うえええええええええええええええいやだよおおおおおおおおおおおおおおお」とぐうの音を出し切って号泣に移行している。


 逆にここまで振り切っていると清々しい。


「まず静かにしろ。見つかるだろ」

「だいじょうぶだよ。たまに泣いたり叫んだりしてるからもう来ないよ」

「だれもいなくても……?」

「だって……だっでええええええええええ! あだじわるぐないじゃん! ぐやじいんだもん!」


 もっともだ。

 もっともなのはもっともだが、よく言えばまっすぐすぎる。シンプルに言えば生きていくのが下手すぎる。

 俺が言うのだからまちがいない。


「おまえはいままで慧眼だけで生きてきた。だから、絶対的善悪についてはおまえより精度よく見分けられるやつはおそらくそんなにいない。だが、だれも悪くないときにはその力は無意味だ。魔王を倒すことはおそらく善なのだろうが、おまえが魔王を倒すことがおまえにとっての最善ではないとみんなが思っている。そういうことだ」

「じゃあどうしたらいいのよ!」

「騙せ。出てしまえばこっちのもんだ」

「くうう! ズルいじゃないかそれは!」

「ズルをしろ。俺たち仲間のために、おまえはいまからズルをしろ」

「……んー、きみはいま、わたしを騙そうとしてるね?」


 予想はしていたが、やはり慧眼持ちのこいつを騙すことは難しい。

 理由はどうあれ、騙そうとするということは悪意がないわけがないからだ。

 

「たしかに騙そうとしている。が、すぐにでも出発する必要があるからだ。そして、俺も偉いひとたち同様おまえが討伐することがおまえにとって最善ではないと思っている。だが、俺にとってはおそらく最善だ」

「ええー」とセレナはなぜか照れている。「それってぇ……俺のために尽くせって言ってる?」


 なんだこいつ。


「言ってないが……まあ、半分くらい言ってるか? とにかく利害は一致してるだろ。だから、勇者さま、実家を騙して援助を受けてください」

「言っておくけど、すっっっっっっっっっっっっっっごい嫌だからね! 悪くないのに反省したフリして援助もらうとか!」

「我慢しろ」

「いやだ」

「我慢してくれ。勇者だろ。仲間のために。頼むよ」

「いいよ」

 

 なんだこいつ。


「そこまで頼むならしょうがないね! なにしろわたしはお姉さんだからね!」とセレナは言って、「爺! 爺! ごめーん! 爺呼んでえええええ!」


 ソッコーで牢の外に向かって呼びかけやがった。

 俺がここにいたらマズいだろうが。

 慌ててムヴェロンタムを唱えながら俺は思った。


「戻ったか。どうだった?」と戻ってきた俺にルーサは尋ねる。

「五分五分……? 反省を偽装するというところまでは握れたはず。たぶんだけど」

「……どうやったんだよ、いったい」

「うまくいったかすらわからないから、まだ早いよ」と俺は言った。

「待つしかない」とポルカは言った。「まずはメシを食おう。酒場に行くぞ」


 こいつなんか今日ずっとイケメンムーブしてない?


「いいな」とルーサが言って、俺たちは酒場で夕食をとることにした。


 未成年だが酒場には入れる(場所によっては子どもは来るなと言われることくらいはあるらしいが)。

 俺はやっぱりちょっと金の出どころが気になってはいるが、ルーサもポルカも食べ切れるかわからない量を注文する。


「おまえ飲まないんだっけ?」

「あ、うん。まだ酒はね」


 南方諸家はビールとワインが主流である。

 ルーサとポルカはなみなみとワインをついではカパカパとあけていく。

 大量の料理はだいたい俺が食った。育ち盛りだしね。


 飲み食いをしっかりして、しっかりと日が暮れたころ、しっかりしてない感じでセレナが到着した。

 髪が濡れているから、洗うだけ洗ってろくに乾かさずにやってきたのだろう。


「復活!」と席につくなり酒を注文した。


 こいつはまだ18なはずなので、こういう前世でダメだったことはやはりちょっと気にはなるが、俺がどうこういうことでもないので黙っておく。

 となりにどかりと座ったセレナから微妙にいい匂いがする気もしないでもないが、さっきまでとの落差でそうなっているにちがいない。


「どうにかなったのか?」

「なったからここにいる!」とセレナは嬉しそうに言った。「わたしは勇者だからね! パーティのことをいちばんに考えた」

「そいつはなによりだよ。もう出発できるんだな?」とルーサはあまり信用していない風で言った。

「だいじょうぶ! 体もなまってない! めちゃくちゃトレーニングはしていた」


 汗臭かったのはだいたいそのせいだろうということは言わないでおいた。


「いちおう、明日リトルガーデン卿には会っておいたほうがいいと思う」と俺は言った。

「だいじょうぶだよ! ちゃんと反省したら許してくれたし」

「まあ、資金の話もルートの話もあるしな。いちおう、あいさつしてから行こう」


 やはり、ルーサもどこかで「もしかしたらバックレているかもしれない」という可能性は気にしているはずだ。

 

「しょうがないなー。まあ、難しい話はおいておこう! わたしは今日のこの瞬間をまず楽しまないといけないからね!」

「ようやく冒険に出られそうでなによりだよ」と俺は言った。

「だね! 勇者セレナ一行の伝説はここからはじまるんだよ!」


 いや、すでに充分伝説的だ。

 スタート前に半月も監禁されていた勇者はまずいない。


 しかし、これがたしかに勇者セレナ一行の初日であることは間違いないだろう。


「しかし、髪くらい拭いてこいよ」と俺は言った。


 セレナは結構な量の食べ物と酒を追加で注文して、

 

「んふっふ! 濡れ髪は刺激が強すぎたかな!」と宣った。

「風邪引くぞ」

「ふむ。これ乾かせないの? 魔法で」

「いくらイグロアでも、店内で火を出していい常識は持ち合わせてない」

「じゃあ、外で! おじさん、外の席行っていいー!?」


 仕方がないので、外に移って、簡易ドライヤー的に魔法で火を出して、魔法で風を送ってやった。


「思ったより原始的だったけど、やるねバベルバは。快適だ」

「よく風をコントロールできるもんだな」

「ベトロアは消費魔力すくないから」

「そういう問題か……?」

「何回も強さと方向変えて出すだけだろ?」

「だけのレベルがなあ……」とルーサが呆れているので、基本的にはメジャーではない使い方なのだろう。


 ただべつに難しくもないし、魔力は20も使えば釣りがくるレベルの行為でしかないので、それは使い慣れているかどうかの問題だ。

 難易度とは無関係である。

 

「母さんもよくやってくれたよ」

「ベルベさんも規格外だってだけなんだよ。そんなことするやついないから」


 まあ、こういう常識だなんだというのは旅の途中で適当にすり合わせていけばいいか、と俺は思った。

 なんやかやセレナも満足そうにしているから、よくできました賞みたいなものだ。


「いやー、これ便利だな」とセレナが言った。「毎日やってくれていいよ!」

「今日だけだ」と俺は言った。

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勇者一行には一般常識が通用しない 毛玉 @moja

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