幽閉中に宣戦布告される2

 いい朝だ。

 とても勇者が幽閉されているパーティの一員が迎えるべきとは思えないくらいすばらしいふつうの朝だ。

 このまま工房に行って仕事をしてもいいが、昨日あらかた片付けてしまった。

 もうすこし暖かくなれば、魔法教室の子どもたちに新しい魔法を教える時期だし、やることはたくさんあるがいまは比較的暇だ。

 勇者一行としての旅がどのくらいになるかわからないが、もし侵攻が進んでいるとなると時間がかかる可能性は高い。

 

 まあ、ようはさっさと魔王の現状について調べるだけ調べろ、ということだ。

 だれが考えてもほとんど自明だが、そのほとんどの中に肝心のセレナが入っていなことが問題だった。

 圧倒的に使えないならルーサに冗談ではなく本気で切り捨てて南下することを提案するが、セレナ自身が有用だし、なにより3家からの援助は俺にとっては大事だ。

 ひとりで片付けられるかどうかもわからない。俺は戦闘を知らなさすぎる。

 セレナやルーサやポルカはようはいいところのお坊ちゃまお嬢さまなので、戦闘しているのかは知らないが、一般家庭よりは軍学や帝王学的なものも知っているだろう。


 状況は壊滅的、だが危機的ではない、などとひとりごちてもいいが、認めたくないので止した。


 母さんと父さんは仕事に出かけ、俺は家事を適当に片付けて魔法で湯を沸かす。

 茶を淹れて、窓辺でカップをすすりながら、とりあえずリトルガーデンに飛ぼうかとのびをした。

 瞬間。

  

 ぞわ。

 

 その感覚をそう表現するしかない。

 得体の知れないなにかがドアの前にいる感覚があった。

 物理的にノックをしたが、俺にそんな感知のスキルはないわけで、これは本能と言えた。

 アナライゾンタムを走らせ、ドアの向こうの人物を特定した。オンタム系魔法はこういうとき物理的に怖くないからいい。

 

 結果は明快だった。

 ああ、なるほどそう来るのか。


 俺は警戒マックスでドアを静かに開く。いつでもムヴェロンタムで飛ぶ準備はしている。


「お初にお目にかかる。ナンセイジ以外の名を小生は名乗る気がないが、悪魔王の言うところのラスボスにしてはちょっと強すぎる魔王である。名前はないとしてもよい」


 身なりがいい。

 どこぞの悪魔王とちがって、この世界の衣服であることがわかる手縫い感のある服だが、スーツに近い。

 襟がちゃんとあり、ジャケットとズボンはシックに灰色。ネクタイこそしていないが、すべてがちゃんとしている。

 髪は白髪交じりではあるが、肌の質感がとても白髪が生えているような歳のそれではない。

 

「いきなり攻めてきたんです?」

「短絡的だ。小生はあいさつをしに来ただけだ」

「目的!?」

「愚劣だな。あいさつは社会人の基礎だ。小生も苦手だが、この程度の社会活動はする」

「ラスボス来たら戦いでしょうがよ、ふつう……」

「しばらく戦う気はない。ただ、これより人間は襲う。小生の倫理的にはあまり好感はないがね、パラダイムがちがう世界にいるのだ。これも適応だよ」

「そっちの戦力が足りないってネタは割れてますけどね」

「それは小生の単純な戦闘力の話だろう? 小生は魔族を作り出せるチートがあるようだよ。消耗はするがね、何年も準備期間があったものだから、それなりには整えた」

「あいさつがそれか……」

「小生なりの公平さだ。きみたちとは敵対することになるが、礼節を欠いてはいけない」

「南方諸家の一部までしか侵攻できないだろうってことまで割れてるけど、本当にやるんですか?」

「そんなことまで知っているのか。とてもじゃないが公平性を欠くな、悪魔王というものは。しかし、それが数日内にもたらされる結果だということは知るまい?」

「どうやって!? 領地が襲われてたら気づくだろ? ブラフにしては出来が悪い気がしますねえ」

「きみたち人間が把握できていないこともあるのだよ。小生のチートで生み出せる魔族の上限まではすでに準備してあるのだ。つまり、現状ですでにきみの想定する最大戦力なのだよ、こちらは。支配できる上限の領地も計算して、その近くに魔族の村落を作らせてある。きみがどれほど14年で用意してきたのかは知らないが、7年ほど目的意識を持って取り組んでいた小生とは雲泥の差があるだろうね」

「それは宣戦布告じゃあ……」

「左様。これをもって、宣戦布告とする」

 

 宣戦布告だった。

 こうなるとセレナが幽閉中なのはいかにもマズい。

 どこが落ちるのかはわからないが、ほぼ確実に間に合わない。

 どこまで魔王の影響があるのかさえ、俺たちは把握できていない。


 あいつ、マジでなにしてんだよ。


「長居はしないが、ひとまず招き入れてくれたまえよ。きみにもそのほうが有利であろう?」とナンゼイジ教授は言った。

 

 俺は窓辺のテーブルに教授を通して、あまっていた茶を出してやった。

 なんだこれ、と思う。

 が、害意はなさそうである。

 いや、害意は絶対にあるわけだが、いま、ここに危機はない。

 

「教授、ひとついいですか?」

「なんだね?」

「勇者が投獄されています」

「失礼?」

「勇者が、投獄、されています」

「聞こえてはいるが、小生の脳が認知を拒否している。そして、それはそちらの落ち度ではないか?」

「まったくそのとおりなんだけど、ラスボス的に勇者がいないと困らないです?」

「困りはしない。南方諸家を制圧するだけである」

「だよなあ……なんとかならんもんですかね?」

「今日はあいさつだけだと言ったつもりだが。あと数日でなんとかすればいいのではないかね」

「数日なんだ……。いやー、どうだろ。なんとかなりそうです?」

「繰り返すが、そちらの事情であり、小生の常識においては小生が手心を加える理由にはならない」

「わかるんだけど、どうにかならんかと尋ねてるわけでしてね……」

「だから、対処するのはそちらであろう。小生には関わりない」

「ですよねえ……」

「ただ一般的な予測の範囲で言えば、さきに小生と開戦した場合、セレナ=リトルガーデンが討伐メンバーに加えられることはほぼないであろう」

「そこなんだよね。俺ひとりでやる可能性が出てくるんですよ」

「それはそれで構わないが……。きみは小生をなにか装置のように考えているのかね?」

「敵だって認識はしてますよ。宣戦布告されたし」

「であれば、きみがすることは至極明快だ。セレナ=リトルガーデンを地下牢から出して、さっさと出立するのがよい」


 もっともだった。


「セレナは怖くないんですか? あなたからすれば敵でしょ?」

「慧眼はさすがに小生でも怖いよ。何年か前に対峙したとき、言い知れぬ不気味さはあったからな」

「あれって使われたのわかる? 俺はなんにも感じなかったが……」

「小生は魔王だからかもしれない。ただセレナ=リトルガーデンがなんであれ、戦闘力においてきみが小生の唯一の脅威であることは否定するものではないがね」

「それならこの場でやるのがいちばんいいわけで」

「ジョフスの街を壊滅させていいのであれば、それも有力な選択肢であろう」

「いろいろ賭けてますねえ」

「賭けてはいない。そもそも逃げる手段はいくつか確保してある。その上で、きみにとってはいまこの瞬間も有力な選択肢であるというだけだ。悪は栄えぬ。悪魔王自身がそう告げているだろう?」

「当事者にも言うのそれ!?」

「小生の戦力をすべてきみに開示していることからもわかるが、あれは公平性をなにも加味しないのでね。あれの発言のすべてが高濃度の情報だよ。まあ、そういうわけでできればここは丸く収めてくれると、小生は助かりはする」

「あいさつに来てるわけだしね」

「それは小生の信条であり、きみがそれに則る必要性は感じないがね」

「うーん、わりに合わないあいさつですね」

「そうでもない。情報として収穫はあった」とナンゼイジ教授は言った。「そも、きみは戦闘に関する知識が大きく欠けている。自身がどの程度の力なのかも理解していないし、小生がどの程度の力なのかも理解できていない。勝機はあると見ている」

「ずいぶんな挑発をする……」

「そう思うのであればそれで構わない。一般的に客観的事実の指摘は耳障りが悪いものだ。だれもきみを責める権利はない」

「いちおうですけど、将来的には俺たちは戦うんですよね?」

「無論。小生は魔王である。自らの魂の救済のため、役目は果たさねばならない」

「そもそも教授はなんでそんなことを?」

「魂が救済された状態というものを体験したい。知的好奇心に分類されるであろう。きみも根底ではそうなのではないのか?」

「さあ……俺はいまの生活嫌いじゃないけど」

「小生も寒いことを除けば魔王城の生活には満足しているよ。前世はずいぶん歳をとったからね。体がなんの問題もなく動くということだけでも価値は高い。しかし、それは知的好奇心を抑えるまでには至らない。侵略は行う」


 わりきってんなあ。

 こういうのって説得できないんだよな。

 ほのぼの魔法ライフに俺ほど価値を置いていないというか、それよりもプライオリティの高い価値がある。


 つまり、まあ、戦争だろうと思う。


「目的をいちおうあらためて確認しても?」

「人間領土の簒奪である」

「わかりやすく魔王ですね」

「その過程で勇者一行と戦い、最終的には倒される。そういう役目だ。だが、その勇者一行がセレナ=リトルガーデン率いるきみたちのパーティだという保証はどこにもないのでね。きみたちは世界でいちばん早く、小生の危険性に気づいているにすぎない」

「倒されはするだろうが、俺たちに倒されるとは限らない」

「左様。しかしながら、現段階において世界で敵対している勇者パーティというものがきみたちしかいないので、宣戦布告に参った、というわけだ」

「理路整然としすぎている」

「前世の職業柄かもしれないが、とかく戦うしかないのだよ、我々は」


 それだけ言って茶を飲み干すと、


「それではこれで失礼しよう。予定は変えぬ。きみたちの事情はあろうがね」


 タイムリミットは数日。

 それを越えると世界はワガママなお嬢様をのんびり調査派遣しているような場合ではなくなる。

 世界の危機よりもはやく、セレナを説得して反省したフリをさせなくてはならない。

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