秋刀魚の剣
石畑サン輔
秋刀魚の剣
冴浦桜士郎、齢十七にして人生の退屈を知った。
「進路なんて……決められるわけないだろ」
提出期限が今日までの進路希望用紙をくしゃくしゃに丸める。
ゴミのように、ズボンのポケットへ無造作にしまった。
放課後。学校の屋上に俺は立っている。
正確に言うと、設けられたフェンスの向こう側だ。
高いな。想像していたよりも怖い。
でもその怖さに見合った、悪くない景色だ。
両腕を広げて、晩秋の風を学ランで浴びる。
校庭を集団で走る生徒たち、ファイトオーという掛け声が遠く聞こえてくる。
ここからは住宅街と道路、土地の全体を一望できた。
まるでこの星の所有者になったようだ。
このまま落ちても、意外と後悔はしない気がする。
「なにをしている」
「うわっと!?」
不意に声がかけられてびくっとした。
咄嗟に後ろへのけぞり、フェンスをガッと掴んだ。
心臓が跳ねるってこんな感じか……。
声がした方を見ると、さらにびっくり。
「――サンマ?」
秋の味覚の代表といえば、胴の細長いあのサンマだ。
それが宙にプカプカと浮いて、こちらを見ていた。
魚眼ってやつで正面も見れたりするのかな?
このスリムなサンマは、俺の方を向いてるけど。
「サンマではない。蒼常獄炎断絶真王無窮練魔剣マルリウスだ」
長ったらしい名乗りをあげたサンマ。
表情も口の動きもないのに、どうやって喋っているんだ。
「名前ながっ。いや、どう見てもサンマじゃん。しかもなぜか浮いてるし」
「それよりも貴様、ここでなにをしている?」
お前のことより俺かよ。
なにをしているかって聞かれるとそりゃあ――。
「……身を投げようか、考えてたとこだよ」
「ほう、では今すぐにやめろ」
魚特有の変わらない顔で言ってきた。
「自ら命を捨てることほど無意味なものはない。ましてや未来ある若者が、未来を創る学舎でなどとな」
「なんだお前……俺を説教するためにきたのか?」
「違う。我は貴様に用があってきたのだ」
偉そうな口調だが、声質は若干高くて奇妙だ。
サンマのくせに、ちょっと威厳があるのがなんか腹立つ。
「用? サンマが俺になんの用が?」
「まずは引き返したらどうだ。それから話をしてやろう」
確かにここで会話するのは落ち着かない。
非常に癪だが、コイツの言う通りにフェンスの内側へ戻った。
サンマは空中浮遊で俺の方へ近づいてくる。
「で、なんだよ」
「貴様の名は?」
「……冴浦桜士郎」
コイツ、名前も知らないのに訪ねてきたのかよ……。
「ではオウシロウ。なぜ自殺を試みようとしてたのか、我に話せ」
「はあ?」
何を聞いてくるかと思えば、自殺の理由って。
「それ聞いてどうするわけ? なんか意味ある?」
「オウシロウよ、今は意味を求めるな。思うまま口にするがいい」
人生相談のつもりなのか? サンマのくせに。
「……思うまま、ねぇ」
サンマ相手に、人間の俺の悩みなんてわかるはずない。
真面目に話すとか馬鹿馬鹿しい。
でも、なぜだろう。
話せる気がする。
口が重くならないのは、相手がサンマだからこそなのかもしれない。
「別に死にたいってわけじゃない。ただ……」
日々の生活を振り返る。
空にある雲を眺めて、言葉を探す。
「最近嫌なことが続いてさ、俺の人生つまんないって感じたんだ。全部どうでもよくなって、気づいたらここにきてた」
「ふむ」
サンマはひとつ頷く代わりに、空中でゆらりと揺れた。
その動きは静かだが、不思議と話を聞いている感じが伝わってくる。
「嫌なこととは、たとえばなんだ?」
「スマホ落として画面割れたり、勉強してた範囲が間違っててテストで酷い点数取ったとか。……あと、好きな娘に告ってフラれた」
「……なんだと?」
自分で言っていて虚しい気持ちになってしまうな。
「将来の目標も見据えられないし、この退屈が終わらないならいっそのこと、って思ったんだ」
「オウシロウ……それは極端な考え方だな」
サンマはゆっくりとこちらの周りを旋回する。
「自分の思い通りに現実が進まないというのはよくあることだ。辛いこと、挫折することもあろう」
「うわっ」
いきなりびゅんと加速して、サンマの頭が俺の頬をついた。
「だが貴様のそれは、悲観するにはあまりに小さく、くだらない。」
「……おい」
「世の中には貴様より不幸な人間なんぞ何万といる。その程度の不運で済んでいる自分を、幸運だと思うほうがいい」
正論だ。
ぐうの音も出ないほどの、どストレートなやつ。
でも——言われて嫌な気はしなかった。
自分の弱さを肯定されるより、こうやって叩かれた方が楽な時もあるんだな。
「どんなに小さくても、積み重なっていくとでかくなるんだよ。今にも崩れそうな山に、お前は気にせず負担かけれるのか?」
「その隣に新しく山を作ればよかろう。一つの基準に囚われてはならん、いくらでもやり直しはきく」
やり直し、か。
「要するに、気にするだけ無駄なのだ。これからの人生でイヤというほど失敗を経験するのだからな」
「……そうか」
小さく息が漏れる。
胸のつかえが、ほんの少しだけ取れた。
「だが、行動力は見上げたものだ。自殺を褒めているのではないぞ、思い立ったことを即実行しようとする精神をだ」
「それはどうも」
複雑な気分だな。
限界だ、って考えなしにした行動を褒められるなんて。
「オウシロウはその点で適任と判断した。退屈なのだろう? 我が貴様に非日常をくれてやろう」
「は、なんだよそれ――」
その時、校舎全体が大きく震えた。
ドォンッ、と地面の奥底まで震わせるような衝撃が走った。
屋上のフェンスがかすかに揺れ、俺の肩も反射的に跳ねる。
「今のは……爆発?」
「来たか。現状維持を嫌悪するのなら我についてこい」
サンマが鋭く尾びれを振った。
細長い身体がふわりと浮き上がり、屋上の端へ滑るように進む。
ついてこいって意味がわからない、どうすればいい。
俺は命を蔑ろにして、もうなんでもいいと割り切ったからここにいる。
……現状維持を嫌悪する、か
「おいサンマ、どこいく気だよ!」
意を決してサンマを追いかけた。
屋上を出て階段を降りる。
「サンマではないと言っているだろう、我は蒼常獄炎断――」
「長いんだよ縮めろ! いちいち覚えていられるか!」
「……仕方ない、マルリウスで構わん」
よし、諦めたな。
マルリウスも言い慣れない気がするけど。
「待てッ、そっちはやばいぞ!」
三階に降りると声がかけられる。
顔を青ざめた生徒がすれ違い様に警告してきた。
他の生徒たちも、恐ろしいものを見たような顔をして階段を登っている。
屋上に避難してきているということは、下の階で何か起きたのか。
「やばいって、なにが?」
「バケモンだよ! 最近ウワサのやつ、うちの学校にも出たってよ! 死にたくなきゃ逃げるぞ!」
「ほう、ウワサになっているのか」
「……このサンマが見えてない?」
どんな状況でも、宙に浮くサンマには誰も反応しない。
俺だけに見えているってことか……?
まあいい。ウワサは知らないが、とりあえずバケモンとやらがこの学校に現れたらしい。
「いくぞ。様子を見るに、出現したのはおそらく一階だろう」
「……」
「あ、おい!?」
制止する声を無視して、マルリウスの後を追う。
一階。長い廊下に立つ。
「ほれ、あれを見ろ」
「……なんだ?」
奥の教室になにかがいる。
蛇のように体が反った魚だ。
何本もの触手が体から出てウネウネ動き、六本の足が不気味に床を鳴らす。
その形を見た瞬間、背筋がぞわっとした。
「あれは“苦境サラシ”。自らの感情に耐えられなくなった、哀れな怪物だ」
「うえぇ……」
すごく気味が悪いぞ。
特に触手と足、鳥肌が立つ見た目だ。
「苦境サラシとは、置かれた環境や身に起こった不幸によって心が侵食され、限界を迎えた者のこと」
『ザ……ギョー……給、少……死……』
うめき声みたいなのが聞こえてくる。
「過度な負の感情の起伏は、苦境サラシに変異するトリガーになりやすい。先ほどのオウシロウのようにな」
「え、俺もああなってたかもしれないって?」
「その通りだ」
いやだなあ、死ぬより無理。
あんな姿に成り果てるなんて、考えたくもない末路だ。
あれは襲ってくるのか?
幸い、苦境サラシ? はこっちに気づいてないみたいだけど。
「……どうするんだ?」
「ヤツを倒して、心を解放するのだ」
実にわかりやすいな。よくそれで俺を選抜したもんだ。
見ろよこの平和的ボディを、戦闘力なんてカケラも――。
「お」
「うむ、我らに気づいたようだな」
苦境サラシの顔がギュンッと俺たちへ向いた。
ガタガタと体を揺らし、すべての触手の先が刃物みたいに鋭くなって――。
俺めがけて一斉に撃ち出された。
「あっっぶねぇ!?」
反射的に近くの教室へ飛び込む。
振り返ると、さっきまで俺がいた場所の壁に触手が深く突き刺さっていた。
触手は壁を崩しながら、ずるりと元の方向へ引いていく。
「気をつけろ、油断すれば簡単に殺られるぞ」
「先に言えよ!」
何食わぬ顔でマルリウスは注意を促してくる。
壁が貫通してるんだぞ、俺だったら串刺しだろうが……!
「生を実感したであろう? 貴様は我に言われずとも、死なないために自ら動いた。命を捨ててはいけないという理解と、何事にも臆さず行動するその心……」
マルリウスは、座り込んだ俺に近づいてきた。
「今のオウシロウであれば、我を使う資格がある」
「使う資格?」
「我は剣だ。剣は斬るために存在し、斬るには担い手が必要なのだ。わかるな?」
そういえばコイツ、このナリで魔剣なんだっけ。
長ったらしい名前の最後に付いていたような。
なるほど。とても剣には見えないが、きっとすごい力を秘めているんだろう。
俺は立ち上がってマルリウスと向き合う。
「……わかった、やってみる」
「そうか。ならば手順を……っと何をしている!?」
マルリウスのしっぽあたりをガシッと掴んで、再び廊下へ躍り出た。
剣道の授業でやったような、拙くもそれっぽい構えをとって苦境サラシと対峙する。
「うおおおおお!!」
「ま、待たぬか! 直に掴むのではない!」
いいや任せろ。
バケモノ退治はゲームでシュミレーション済みだ!
固い床を蹴って走り出す。
あの触手に注意するんだ、上手く捌いてみせ……?
「げっ」
なんか触手増えたな。
六本くらいだった気がするけど、今俺の目には触手が倍以上になったように見える。
「ぐあっ!? やっぱ無理だこれ!」
「この馬鹿者が話を聞け、流れというものがあるのだ!」
流石に多すぎるッ!
天井から雨が降るように触手が襲ってきた。
情けないが苦境サラシに背を向け、間一髪でまた教室に逃げ込んだ。
マルリウスを手から離して、教壇の後ろに隠れる。
「よいか、今の我は鞘の状態……つまり刀身を抜いていないということ。これから抜剣する手順を踏むぞ」
表情はないのに怒ってる感じがするな。
大人しく頷くと、マルリウスは言った。
「我の名を呼べ!」
「は、なまえ? えーっと――」
マルリウス、と呼ぼうとしたが遮られた。
「蒼常獄炎断絶真王無窮練魔剣マルリウスだ! 復唱せよ!」
「フルネームかよ! そ、そうじょうごくえん……だからなげぇって!」
「すべての名には意味があるのだ、大事な場面での省略は許さん! さあ紡ぐがいい、我の名を!」
その時、一本の触手がニュッと教室の窓から現れた。
『謝……ジュギ……』
カッ――! と赤い光が放たれた。
熱くてまぶしい。物騒なレーザービームだった。
「ぐぉえ――」
次の瞬間、小さな爆発が起きた。
机や椅子は派手に吹き飛んで、俺もそのまま巻き込まれた。
「いっ、てぇ……」
「早く立て! 死ぬぞ!」
なんでお前は無事なんだよ。
透明人間ならぬ、透明魚なのか。
それを口に出す気力も今ので削がれたな……。
『クラ……宿……テイシ……』
音のした方を見ると、苦境サラシが律儀に教室の入り口から巨体を捩じ込んでいるのが見えた。
そいつが俺に触手を伸ばしてくる。
抵抗はできない。足に気持ち悪い感触。
反転した世界が見える。
一本の触手で持ち上げられるほど、俺の体重って軽かったっけ。
教室を一回りして、足から触手が離れた。
この浮遊感、俺は宙に投げられたんだ。
次の瞬間……頭に強い衝撃が走った。
この衝撃が、霞がかかっていた記憶を掘り起こした。
早くに日が落ちた秋の帰り道。
退屈な授業。クリア目前に中断したゲーム。落とした瞬間のスマホ。
昨日の晩飯。好きだったあの娘の笑う表情。
走馬灯というやつか?
それにしてはあまりに小さい、瞬間的な場面ばかりだ。
でもそれらは確かに俺という存在を作っていて、必要不可欠な日常なんだ。
「――」
目を開けると、曇天の空が広がっていた。
ここは、校舎の裏庭?
多分頭から教室の窓を突き破ったんだろうな。
同時に意識も飛んだから、予想でしかないけど。
「っ……! あ、血だ」
体を半分起こしたら、頭から赤いのが流れてきた。
めまいと吐き気も……。
「無事か?」
横を見ると、マルリウスが浮かんでいた。
この状態が無事なわけないだろ。
よく生きていたもんだと褒めてくれ。
「さあ、我の名を高らかに叫べ」
「……」
俺は黙って、空をもう一度見上げた。
じんじんと痛む頭で思考を加速させる。
こんな目に遭うまではいい。
問題は、戦って何になるのかということだ。
ヒロインがいて、その娘を助けるために戦うのが俺の中での理想だ。
でもみんな避難した後だ。このまま逃げたって文句を言う奴はいないんだ。
ただ……それはいつもの俺だ。
立ち向かわなければ、俺という存在は変われない。
変わらなければ。
屋上から飛び降りようとしたこれまでの自分と決別し、別の存在にならないといけない。
「現状維持は一番嫌いだ。だから……」
この退屈な日常を仕方なく守る。
それくらいの気持ちで戦うのがちょうどいい。
フラつきながらも立ち上がった。
そして無意識に、かつなめらかにその名前を並べた。
「蒼常獄炎断絶真王無窮練魔剣、マルリウス」
断片的だったけど、思い出したんだ。
このサンマの名前は――ゲームで出てきた単語の羅列だった。
マルリウスの目の色が変わる。
周りをくるりと泳ぎ、マルリウスは口を開けた。
俺の右腕を飲み込み、歯を尖らせて噛みついてきた。
「いっっ……たくない?」
「我と貴様は表裏一体。迷える者の道を切り拓く刃――“苦境超え”として、今この刀身を預けよう」
マルリウスの体が、蒼く照り出した。
しっぽの部分が変形していき、大きな銀色の刃になった。
「なんだこりゃ……」
俺の右腕と接続したような感覚だ。
自由に動かせる気がする。不自由なく、違和感なんてないくらい自然なつながりだった。
「血を流された分の反撃を要求する。なに、簡単だ。奴を三枚おろしにしてやると常に考えて動け」
「それ考えてないのと同じだろ」
剣と化した右腕から力が流れてくる。変な気分だが、悪くない。
死ぬ一歩手前の状態から、なんとか動けそうな体調まで回復している。
『受……ゴウレ……』
目線の先に苦境サラシが見えた。
その姿を捉えたまま、トントンと体を弾ませてみる。
足に力を込めた。
地面を数回蹴り、突き破った窓へ。
「お――っと」
ジャンプしたら、教室に戻れた。
体が軽い……おかけで上手く着地もできた。
そして、黒板前に居座る苦境サラシと対峙する。
「誰先生なんだろ」
坂田か、それとも桃山かな。
普通にしているように見えて、案外辛い思いをしていたらしい。
『セキ……立……死』
鋭くなった触手が俺を狙って発射される。
さっきよりも遅い、躱せる。
向かってきた数本の触手を、右腕の剣で切り裂く。
恐ろしい切れ味、間違っても自分を切りつけちゃダメだ。
残りの触手を後ろに跳んで避け、トンッと壁に足をつける。
「斬っても大丈夫なんだろうな?」
「案ずるな、魚体を斬れば人間に戻る」
それを聞いて、勢いよく壁を蹴った。
魔剣を構え、苦境サラシに迫る。
スピードに任せた、大振りの横薙ぎ。
奴の胴体部分に、盛大な切り口をつけた。
『ギ……! タイキ……死……助……』
苦境サラシは緑色の血を流して暴れる。
教室の扉を破壊して、また廊下に飛び出していく。
額に汗と血が滴る。
それでも気にせず、魔剣を携えて俺も廊下に出た。
奴は目線の直線上にいる、背を向け無防備だ。
「ここで必殺技を伝授する。高速移動をしながら、通り様に斬る技。名を――」
「迅光魔穿、だろ?」
「む……なぜそれを?」
マルリウスが言う前に必殺技を言い当ててみせた。
俺の周りに風が纏わり始める。
「お前の正体、なんとなくわかったよ」
左手で相手との距離を把握し、魔剣を振りかぶる。
風に乗るかのように、地面を優しく蹴った。
触手からあの赤いレーザービームが放たれる。
だが遅い。それよりも速く駆け抜ける。
一閃。まさしく高速斬り。
苦境サラシの逃げようとした先に着地する。
いとも容易く捌かれた苦境サラシは、命が奪われ脱力し、そのまま倒れた。
「マルリウス、お前は俺から生まれた存在なんだろ? 俺も、苦境サラシの中間みたいなもんなのかもな」
右腕の魔剣に語りかけた。
振り返り、苦境サラシの残骸を眺める。
「漢字の多様がありすぎてやめたゲームで、お前みたいな性格のキャラがいたのも思い出した。その声はどことなく、好きだったあの娘に似てる気がする」
「……」
どれも乗り越えられなかった苦境だ。
それが形となって、俺の前に現れてしまったのかもしれない。
沈黙するマルリウス。
そういえば、もう一つ思い当たることがあった。
「……昨日の夕飯はサンマだった。あんまり好きじゃないから半分くらい残したんだ」
自分にしか見えない奇妙な魚。
マルリウスは、俺から分かれた苦境サラシだったりするのか?
「越えられなかった失敗があるからこそ、未来の成功が光り輝くのだ。その未来を見るためにも、残りの人生を捨ててはならんぞ。いいな?」
「ああ、肝に銘じとくよ」
頷くと、マルリウスが元の魚の姿に戻った。
右腕はいつも通り動く。噛みつかれた歯形も消えた。
「――あれ、ここで何を……?」
ドロドロと苦境サラシの残骸が溶けて、中から人が出てきた。
というか、うちのクラスの担任だった。
「さ、冴浦くん? どうしたんだその怪我!?」
まあ、傷だらけで血だらけだし、そりゃ驚く――って。
「……あ! 忘れてた、進路希望」
先生の顔を見てふと思い至った。
ポケットに丸めた紙を広げる。進路希望調査、今日までだから一応出しておくか。
……いや、出す必要もないな。
「先生、将来のやりたいこと、決めたよ」
「は、はあ……?」
率直に決めた考えを、考えずに話す。
どっと疲れたせいなのかはわからない。
「俺は――剣士になりたい」
白紙の紙を先生に突き出した。
血で汚れた手で力強く。
「今を生きるための動機は、これくらいがちょうどいい」
将来なんて見据えられない。
だからひとまずは、このサンマの魔剣で、苦境サラシを解放する剣士になりたいと思う。
突拍子のない目標でもいいんだ。
前の俺に戻らないために、いつ崩しても構わない山を隣に作ることにした。
秋刀魚の剣 石畑サン輔 @Yoooohh
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