勇者の剣の正体

@chest01

第1話

「国王陛下、勇者のつるぎの正体がわかりました!」

 日々、研究に努める宮廷魔術師が謁見の間に飛び込んできた。


「正体? 勇者の剣とはあれだろう。魔族が人間界に侵攻を始めると、何の前触れもなく岩に突き刺さった状態で見つかり、選ばれた者にしか抜けないという、あの剣の総称だろう」


「そうです。歴史を紐解くと、今まで世界には同様のパターンで見つかる勇者の剣が多数存在し、魔族に挑む勇敢な戦士が同じプロセスで手にしてきました」


「それは昔話や伝説で知っている。悪しきモノを倒すと、役目を終えたように大半が砕けてしまうこともな。で、正体というのは何のことなのだ?」


「はい。陛下もご存知の通り、3年前の先の大戦において、勇者が魔王を打ち破りました。そのさいに砕けた剣をサンプルとし、徹底的に研究したのです。その結果、勇者の剣とは」

「勇者の剣とは?」


「なんとキノコの一種だったのです」


「⋯⋯⋯⋯なに言ってんだ、お前。あれはどう見ても剣だろ、岩に突き刺さるくらい硬いし」

「突き刺さっていたのではなく、そこから生えていたのです」

「生えていた?」


「キノコとは、菌糸が集まって大きく形となった、胞子を出す子実体しじつたいのことを言います」

「森に生えてて、煮たり焼いたりして食べられる、毒を持つものも多い、つまりあのキノコだろう」

「それの大変珍しい一種が、我々が勇者の剣と呼ぶものだったというわけです」

「だから、どういうわけ?」


便宜上べんぎじょう、剣キノコと呼びましょう。そのきわめて珍しく特殊な胞子からできた菌糸は、適当な岩のヒビに入ると、地中の鉄分や空気中の魔力などを吸収しながら、剣身と似た子実体を形作っていきます。ですが通常は握りこぶし1つ分ほどの大きさで止まり、色も黒く変色し、剣にはなりません」

「なにか条件があると?」


「その通りです。大気中の邪悪な魔力の濃度が一定値を超えると、つまりそういった魔力を放つ魔族が地上に現れると、急激に成長して「抜群の切れ味と強度を持った立派な剣」に見えるキノコとなるのです。ちなみにこれは、暗黒魔法を用いた環境の魔力濃度変化の実験で確認済みです」


「⋯⋯なるほど。素直に納得できんが、そういうことなのだろう。ところで、大勢が試しても抜けない剣をあっさり抜いてしまう、いわゆる選ばれし者とはなんなのだ?」


「それは、このキノコから出た胞子を吸い込み、特殊な菌に適応できた感染者だと推察されます」

「選ばれし者ってそういうこと? え、感染とか、なんか急に恐い話になってきたんだけど」


「ご安心ください、その胞子は地上の動植物には害はありません。それどころか適応した者は、超人的な身体能力と多くの魔法を覚えられる知力を得られるのです」

「ああ、歴代の勇者が強大な魔王を倒してこられたのは、そういう」


「逆に魔族には害として絶大な効果があり、目の前で鞘から抜くだけでも相手はその胞子にひるむのです」


「まさか、剣を振るたびに出ていた、魔を退しりぞける聖光や霊光と呼ばれる光は」

「光る胞子です」

「えーうそぉ⋯⋯なんだか、今までロマンを感じてた伝説のイメージが全部くつがえされていくんだけど」


「どの伝説も壮大な物語ですから、お気持ちはお察しいたします。ちなみに、大量の胞子をまき終えると剣キノコは崩れます。これが魔王との戦いを終えると砕けるエピソードの由来かと」


「伝説の戦士たちはキノコ振って戦ってたのか、なんだかなあ⋯⋯知りたくなかったなあ」

「いえその、まあそうおっしゃらずに。研究のなかで、我が国の国益となる発見もあったのです」

「ほう、なんだ」

「これまでの実験のデータから、剣キノコの栽培方法が分かったのです」


 数年後。

 剣キノコこと、勇者の剣が各地で栽培されるようになった。

 人工栽培のものはこれまでの勇者の剣より品質が落ち、能力向上の効果や魔族への有効性もわずか。

 だが武器としてはなかなか強く扱いやすいため、それなりの値段はするが愛用者は増えた。


 栽培のノウハウが増えると、環境や与えた魔力により、個々に形状や色彩が異なることが分かった。

 水の魔力なら波のような刃文が浮かび、炎の魔力なら火柱を思わせる剣身が形作られる。

 これにより、美術品的な価値を見出みいだされ、やがては品評会が開かれるまでになった。


 またごく少数だが、剣としての形を失い、崩れて柔らかくなったものを調理し、珍味のキノコ料理として味わう好事家も現れた。


 一方、この様子を見た魔族らは、

「今までの魔王たちを倒した勇者の剣を大勢の人間が持ってる⋯⋯え、こわっ、近寄らんとこ」

 と人間界に侵攻しないようになった。


 魔族の侵略がなくなり、世界は平和になった。

 だがそのためであろう。

 それ以来、勇者の剣のは見なくなってしまったという。

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