◆蚊の幽霊◆
茶房の幽霊店主
第1話 それは、蚊の幽霊?
※(店主と友人の体験談です)
※(プライバシー保護のため地域・固有名詞などは伏せています)
※※※※※
夏の盛り、仕事の締め切りに追われていました。
二度目の引っ越し先の住まいは山の近くで、公園からクマゼミのけたたましい叫び声が、部屋の中まで届いてくるほどでした。
水田も近いので、夜はカエルの鳴き声が響きます。
これだけ自然に囲まれていると当然、蚊もいます。
空気の入れ替えで開け放つ窓を網戸にしていても、人の出入りがあれば衣服にくっついて 部屋へ侵入してくるのです。
Nちゃんは長年、店主のお手伝いをしてくれているメンバーのひとりです。
集中し始めるとまったく話さなくなる店主を横目に、買ってきたおやつをバクバク食べていました。
『あ。蚊が入ってきてる!』
『……蚊?』
足の裏を入念に洗ってアルコール消毒をすると蚊は寄ってこなくなりますが、今は汗ばんでいます。刺されてはたまらないので、顔を上げて蚊を探しました。
白い壁の前を飛んでいるのを発見し、素早く近づいて両手のひらで挟んで仕留めます。
縞模様のヤブ蚊をウェットティッシュで拭き取っていると、
『今、店主の手からすり抜けて飛んでいきました』
『………いや、ちゃんと仕留めてる。他にもいる?』
『こっちに飛んできた!』
Nちゃんは蚊を追い払っているようですが、虫らしきものは見えません。
『どこかにいっちゃいました』
『蚊よけのスプレーをしておくね』
部屋の四隅へスプレーすると蚊がいなくなります。
便利な時代になったものです。
※※※※※※
休憩を終えて、今回の締め切りも乗り越えました。
その後、蚊のことはすっかり忘れていたのですが、
Nちゃんが仕事場へ来るたび『蚊がいますよ!』と言い、探すのですが見当たらないのです。
もしかして、≪飛蚊症≫?
Nちゃんは眼科で検査を受けましたが、特に視力や眼病などの問題は見つかりませんでした。
『わたしの視力は両目とも1.2でした!』との報告でした。
その後、約半年後の十二月まで何回も、見えない蚊を追い払っている姿を見て心配になっていたのですが、
『本当に蚊なの?ホコリとかではなく?』
『蚊の姿をしていますって!なんか半透明というか薄いですけど』
※※※※※
Nちゃんが言うには、その蚊(?)は店主に叩き潰されてから なぜか手をすり抜け、薄灰色の姿で仕事場を彷徨っているようで、腕や体にとまって血を吸うような動作をしているとか。
『かゆくならないの?』
『かゆくはないですね。何を吸っているんだろう?』
謎すぎます。
店主にその“蚊”は見えないのです。
しかし、来客者の中には見える人も稀にいるようで、
『こんな時期に蚊がいるんですか?周りが田んぼだと虫も元気なんですね』
などと言われることもあり、 果たしてこれは“蚊の幽霊”なのか……?
Nちゃんの考察では
『自分が〇んでいることに気が付いていないのでは?』
という感じなのですが、昆虫なのにそんな意識があるのでしょうか?
『店主もたまに吸われていますよ』
『えぇ!?それは嫌だわ』
体がありませんから血が吸えるはずがないので、いったい何を糧にして活動しているのか。
季節は冬に変わり、十二月になっていましたし、実害がないとは言え、いい加減消えてくれないかしら? と思っていました。
友人と集まってクリスマス会をしていた時はまだいたそうで、しかし、年末を越えて新年を迎えることはなく、“やぶ蚊の幽霊”はどこかへ消えていったようです。
※※※※※
※(ここからは【蚊の幽霊】の考察です)
店主の手で確実に叩き潰された六月の“やぶ蚊”。
この蚊が実体を持たず約半年間、12月末頃までいたというのは“見える人にしか、見えていない”状態でした。
そして、店主はその蚊を見ることはありませんでした。
目撃者がNちゃんだけなら、それもそれで怖いのですが、状況を知らない来客も“蚊”を見ていたのが驚きです。
そもそも人間に〇された昆虫がすべて“幽霊”になっていたら、とんでもない数になると思いますので、残留するための何かしら条件があるのかもしれません。
これについて解説できそうな方がおられましたら、ご一報くださいませ。
◆蚊の幽霊◆ 茶房の幽霊店主 @tearoom_phantom
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