届かない月の行方
ポン太郎
届かない月の行方
今日の月はやけに眩しいな。
僕は少しだけ、目を細める。
夜空に一人、ポツンと浮かぶ満月。
少し、雲が月を隠す。
その景色が、僕にとっては絶景と言えるモノだったことは間違いない。
自分が数億倍美化されたら、あの月になれるのかな。
あの月に、届くかな。
ぼんやりと、月を眺めていた。
眠れない夜を、どうにかして過ごすために。
少しずつ西に向かう月を見ていた。
ぼーっと、何もせずに。
月は輝きを増して、また減って。
繰り返して繰り返して、移動した。
その様子は、少し僕みたいだと感じてしまった。
人によって態度を変えて、ダメだと思ったことをやめられず繰り返し、成長できずにただ歳だけとっていく。
もし、もしもあんな美しい存在になれたらな。
僕はきっと、チヤホヤされるだろう。
そうして人に好かれることを覚えて、それを当たり前と感じ、堕落する。
きっと、今の環境の方が性に合っているんだ。
自分が善人でいるためにも、一人の方がいい。
まず、堕落しきった今の状態からこれ以上堕ちることなんてないだろうから。
僕は人を傷つける言葉を吐いたことがある。
嫌いなものが増えて、溢れていた時のことだ。
友人に自分の人生を追い抜かれた。
人生を賭けて挑んできた小説。
幼少の頃からずっと周りから褒められてきた。
才能があって、君の文章はどの人たちよりも秀でていると。
のぼせ上がった。
僕の方がずっと上手で、ずっと褒められるべきものだと錯覚していた。
友人のことなんて、眼中になかった。
でも、才能も、実力も遥かに相手の方が高みにあった。
そうして、世間で評価され始めたのが友人の小説だった頃。
僕は嫉妬と焦燥感に駆られていた。
自分にだって、いい小説は書ける。
きっと、どんなことをしたって僕の方がいいものが書ける。
勢いで、たくさん書いた。
床に作文用紙が満遍なく散らばり、踏み場がなくなるほど。
失神するまで書いて、起きてまた書く。
そんな生活を続けて書き終えた作品を世に出した。
評価は、酷なものだった。
"下品"、"胸糞悪い"、"重い"、"知性のかけらもない"。
僕は崩れた。
ネットや、どんな記事を見たって、僕の作品は評価されない。
彼女が日に当たっている時、僕は暗闇に沈んでいた。
彼女と同舞台に上がれても、きっと真昼の月のように存在感はないに等しい。
自分だけの小さな舞台で、僕は僕を過大評価していた。
それを、僕は信じれなかった。
プライドが許さなかった。
でも、認めるしかなかった。
書き続けてきた小説、文章。
それが無意味になった今を見て、認めざるを得なくなった。
周りを、友人を、自分を信じられなくなった。
数ヶ月、外に出ない生活が続いた。
布団から出れない。
体は痩せこけ、部屋は汚くなった。
そんな日々に嫌気がさしていた時。
チャイムが鳴った。
誰も来ないはずの家に、何の用だろう。
僕は何も考えず、ドアを開けた。
そこには、秋から冬に変わる頃の景色があった。
扉の前に立っていたのは、白いコートに身を包んだ"かつての"友人だ。
「最近、あなたの噂を聞かなくなって来てみたんだ。すごく痩せてるけど、大丈夫?」
彼女は、まっすぐな瞳をこちらに向けてそう話した。
「大丈夫…?………大丈夫なわけないだろ……。」
溢れてくる言葉と涙。
意思と反して体は震えるばかり。
それが寒さによるものか、悔しさなのか、僕にはわからなかった。
「そっか………なにがあったかさ、少し聞いてもいいかな。」
彼女は優しい声でそう言った。
僕は完全に負けたのだ。
人としても、実力としても、全てにおいて。
でも、あの時味わった屈辱は消えるはずがない。
ミジンコのように小さく、惨めなプライド。
それが、すべての災いを呼んだ。
「お前のせいだよ。全部、全部!!」
少し驚いた彼女は、こう言った。
「え…私、何かしたっけ…?」
無自覚だった。
勝手にライバルと認識して、自分は才能があると舞い上がったこの惨めさよ。
ずっと、敵わない存在と運命で定まっていたのだ。
「ああ、そうだよ。全部お前だ。お前が壊した!僕を!作品を!人生を!!!」
だが、頭でわかっても、本能はとても幼かった。
考えとは分離して、恨み言だけが口から出てくる。
そうして、気づいた時には遅かった。
僕は彼女を泣かせてしまっていたのだ。
「あなたなんて…最低……。勝手じゃない……あなたの!」
乱暴に閉められたドア。
暫しの静寂。
冷たい空気の名残だけが、玄関に残っていた。
膝から、崩れ落ちた。
なんてことをしてしまったんだろうか。
後悔したって、しきれない。
自分がしたことの過ちの大きさを、僕は理解しきれなかった。
目からはまだ、とめどない涙が流れてくる。
初めて気づいた。
本当に大切なものがなくなるとどうなるのかを。
そして、その日から今日で1年が経とうとしてる。
お金も底を尽き、飯もろくすっぽ食べられない。
水も電気も止められ、やがて追い出されるだろう。
そうなる前に、最後にここからの月の眺めを焼き付けたかった。
自分が二度と届かないであろう頂点の地位と、友人という大切な存在に。
二兎を追うもの一兎をも得ず。
この言葉通り、僕は何も得られなかった。
最後に、後悔しない選択をしたかった。
後悔ばかりの人生だからこそ、友人に連絡した。
「あの時はごめん。二度と会うこともないだろうけど、元気で。」
携帯を床に置き、机に遺書を置く。
静かに、そっと縄に手をかける。
それを首に回した。
これで、月に届くかな。
ガクンッ。
「この自殺をテーマにした小説を書いたきっかけなどって、ありますか?」
「そうですね、私の友人が、私とのすれ違いをきっかけに自殺してしまうことがありまして。その友人の人生と、功績をせめて私の小説を通じてたくさんの人に知ってほしいって思ったんです。」
「そうだったんですね…。とても素敵な意思をお持ちですね。」
「いいえ、素敵な意思というのは私に使ってはいけません。本当に素敵なのは、あの人ですから。」
fin
届かない月の行方 ポン太郎 @uri_ponta
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます