限界オタクの異世界推し活動 ~最弱勇者を生かすために、私は今日も手段を選ばない~

藤野シン

第1話推しのいない世界

 ——目をくらませるような光が、視界いっぱいに広がった。


「おはようございます」


 どこからともなく声が響く。


「……まだ起こさないでよ……」


 布団をかぶろうとした瞬間、もう一度声が落ちてきた。


「おはようございます」


「だから起こさないでって——はっ!?」


 私は飛び起きた。

 そうだ、今日は“最推し”のアイドルグループ《最強ズ》の解散ライブ!

 最強ドームに行く予定だったじゃん!


 慌ててスマホを探す——が、いつもの場所にない。


 目を開き、周囲を見渡す。

 そこは真っ白な部屋だった。


「……え? ここどこ?」


 混乱する私の視線の先に、ひとりの男が立っていた。

 頭には天使の輪っか。


「ここはあの世とこの世の境目です」


「え、どういうこと!? なんで私の部屋にいるの!? てかドッキリ?」


 疑問を投げつける私に、天使は淡々と告げた。


「あなたは死んだのです」


 その瞬間——すべてを思い出した。

 そうだ、私は最強ドームへ向かう途中、トラックにはねられて——


「じゃあ本当に私、死んだの……?」


「はい。ですがあなたの死は“想定されていませんでした”」


「……は?」


 彼は眉間を押さえ、ため息をついた。


「あなたは横断歩道にいた小学生を、居眠り運転のトラックから救いました。本来なら小学生が死ぬはずでしたが、あなたが身代わりになってしまった。天界史上初の“運命の入れ替わり”です。現在、大混乱中ですよ。まったく……なんてことをしてくれたんですか」


「なんてことって、人助けしたのにひどくない!?」


 思わずむっとする。

 すると、天使は言い直すように肩をすくめた。


「協議の結果——あなたを生き返らせることになりました」


「生き返る!? ほんとに!?」


「はい。ただし元の世界ではありません」


「……え?」


「あなたの世界でいう“異世界”に転生してもらいます」


「ちょっと待って! 私まだ最強ズの解散ライブ見てないんだけど!?

 ライブ見るまでは死ねないって心に決めてたのに……!」


 抗議の声もむなしく、意識がふっと途切れる。



 気がつくと、私は草原に倒れていた。


「……嘘でしょ。あの天使、本当に転生させやがった……」


 最強ズのヒトシは? タケルは?

 私の推しはどうなるの!?


 混乱の中、目の前に“透明なモニター”が現れた。


《ステータス画面》


「は? なにこれ……」


《私はあなたの解説役、守護天使です。これはあなたの能力を数値化したものです》


 機械音声のような声が響く。


 力、魔力、体力……ずらりと並んだ数値を見て、私は固まった。


 全部、9999。


「……え、これ全部カンストしてない!?」


  少しずつ力が湧いてきた。

 どうやら私は死んだあと、この世界でチートを、あの天使男から与えられたらしい。


 前世では、運動も勉強もどこにでもいる普通のレベルだった。

 だけど今は——何でもできる気がする。いや、本当に最強なのかもしれない。


 だが、まずは 人を見つけなければ。

 もしかしたら、この世界では全ての人がステータスカンスト、なんて可能性も……?

 いや、そんな事あるわけ……と思いつつ、確かめてみないと安心できない。


「守護天使、近くに街はある?」


『最短で125キロ先にあります』


「いや遠すぎるわ! なんでこんな人里離れた場所に転生させたのよ!? あの天使男、絶対に適当だったでしょ……!」


 私が文句を言っていると、守護天使が落ち着いた声で提案してきた。


『移動スキルを使用しますか?』


「なにそれ!?」


『移動を高速化する魔法を使用できます』


「面白そう! 使ってみる!」


 守護天使が呪文を口にする。


『移動魔法——座標転換、発動』


 周囲に小さな魔法陣がいくつも浮かび、私の体がふわりと浮いた。

 次の瞬間、猛スピードで空を飛んでいた。風圧も重力も感じない。


「すごーーーーい!」


 興奮しながら下を見下ろすと、見渡す限りの大地が広がり、絶景が遠ざかっていく。


『10秒後に到着します』


 そうアナウンスされ、気づけば街の姿が見えていた。

 うすうす分かってはいたけど……やっぱり剣と魔法の世界だ。街並みはまるでゲームの中みたいだった。


 街の城壁の前で、私はふわりと着地した。

 目が回り、軽く膝をつく。だがすぐに意識を取り戻した。


 ——槍が目の前に突きつけられていたからである。


「(***¥¥####)」


 何を言っているか全くわからない。

 すると守護天使が冷静に告げた。


『自動翻訳を開始します』


 次の瞬間、言葉がはっきり聞こえた。


「貴様、何者だ!」


「やば……そりゃ、いきなり空から来たら警戒されるよね……」


 私はそっと兵士から背を向け、こそこそと守護天使に相談する。


「どうしよう。このままじゃ捕まる……」


『物質創造魔法を使用しますか?』


「なにそれ!? 今は何でもいい! 助けて!」


 私の前に小さな魔法陣が現れ、“ピキピキ”と音を立てながら何かが出てくる。

 丸められた紙だった。


『これを兵士に渡してください』


「わかった!」


 紙を兵士に突き出す。


「こ、これを渡しに来たの!」


 まゆをひそめながら紙を取った兵士は、しぶしぶ中身を開く。

 その瞬間、兵士の顔色が変わった。


「……すぐ戻る!」


 走り去り、すぐに戻ってくると、さっきとは別人のように丁寧な態度で敬礼した。


「大変失礼いたしました。カイル伯のお知り合いでしたか」


 兵士たちは慌てて槍を引き、門を開ける。


 私は門をくぐりながら、守護天使に問いかける。


「なにしたの?」


『少し、貴族の紹介状を偽造いたしました』


「……とんでもない事をやってない?」


 街に入ると、人々がこちらをジロジロ見る。

 自分の服を見下ろす。


——現代のパーカー姿だった。


「そりゃ見られるわ……まず服買わなきゃ」


 剣のマーク、盾のマーク、服のマークなどの看板が並んでいる。

 文字がないのは、識字率が低いからだろうか。


 服の店に入ると、職人風の無愛想な男が迎えた。


「いらっしゃい」


「あの、服を買いたくて……」


 男は値踏みするように私を見て、口を開く。


「金はあるのかい?」


 ……そうだった。私、お金がない。


『金貨を創造魔法で作り出しますか?』


「それはダメ! 経済壊しそう!」


 私は店を飛び出した。


「どうしよう……稼がないと……」


『この世界では“物を売り、対価として金貨を得る”のが一般的です。

 創造魔法で金貨を生むことも可能ですが、それを望まない場合、次の方法があります。


 1. 値打ちのある物を創造して売る

 2. 他人から金銭を盗む

 3. 冒険者ギルドに加入し、依頼を受けて報酬を得る』


「1は市場を壊しそう。2は論外。……つまり3だね」


 なんだかワクワクしてきた。


「冒険者ギルドってどんなところ?」


『依頼者から金銭を受け取り、冒険者に依頼を発注する組織です』


「なるほど、バイト斡旋所みたいなものか。行く!」


『右を向いて10メートル先、左です』


「ありがとう……何から何までお世話になりっぱなしだな」


 ギルドに入ると、酒場を兼ねているのか騒がしく活気がある。


「どうすればいいの?」


『まず受付で登録を行い、その後依頼を受けましょう』


 受付へ向かう。


「あの、登録をしたいんですけど」


 女性は優しく微笑み、用紙を差し出してきた。


「こちらに名前と出身地を記入してください」


 ……あ、この世界の文字読めない。


「守護天使、お願い!」


 すると手が勝手に動き、見たこともない文字がさらさらと書かれていく。


 書類を渡すと、受付嬢は眉をひそめた。


「あの……出身地に“日本”と書かれていますが、どこでしょう?」


「やば……癖で書いちゃった……!」


「あ、あの……すごく遠いところです……」


 受付嬢は一瞬ぽかんとしたが、すぐ理解した。


「……訳ありなんですね。わかりました」


 日本の役所よりずっと対応が柔らかいじゃん。


 カードを受け取り、念押しされる。


「絶対になくさないでくださいね」


「は、はい!」


 こうして私は、冒険者としての第一歩を踏み出した。

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